虚構13 人間と魔族の祭り
魔族領の中央都市「ルナリス」では、年に一度の「境界祭」が開催されていた。
人間と魔族の文化が交錯する、唯一の公認された大イベントだ。
表向きは「平和の象徴」として、両種族の上層部が後援する。
実際は、交易の活性化と、魔王の脅威を「忘れさせない」ための巧妙な演出だ。
広場は色とりどりの提灯と魔法の光球で照らされ、屋台の煙が甘く立ち上る。
人間の焼き菓子、魔族の香辛料漬け肉、両種族の楽団が交互に演奏する。
誰もが笑い、踊り、酒を酌み交わす。
ここでは、種族の壁など、ほとんど存在しない。
十七歳の魔族の少女、ミラは、友達の輪の中で手を叩いていた。
紫がかった髪をリボンでまとめ、角に小さな鈴を付けている。
彼女の隣には、人間の観光客の少年、ユウト。
十八歳、初めての魔族領訪問で、興奮を隠せない。
ミラ(目を輝かせて):
「見て見て、ユウト! あそこ、魔族の火舞だよ! 炎の精霊を召喚して踊るんだよ。人間の花火よりずっときれいでしょ?」
ユウト(スマホで撮影しながら):
「すげぇ……! これ、完全に本物の魔法だよな。俺の村じゃ、こんなの見たことない。人間の祭りって、ただの花火と屋台ばっかりでさ」
ミラの友達、魔族の少年フラットが笑いながら割り込む。
フラット:
「人間の祭りも面白いって聞いたよ。去年来た観光客が、言ってた。
『人間の音楽はリズムが速くて、踊りたくなる』って。今夜は人間のバンドも出るんだろ?
楽しみだな」
ユウトは頷き、ミラに目を向ける。
ユウト:
「ミラ、ありがとう。お前がガイドしてくれてなかったら、こんなに楽しめなかったよ。魔族領って、もっと怖いと思ってた」
ミラ(少し照れながら):
「怖いって……魔王軍のニュースばっかり見てるからでしょ?あれ、報道局の宣伝みたいなもんだよ。実際、みんな普通に暮らしてる。
人間と魔族、どっちも同じ。ただ、角があるか、ないかだけ」
広場では、両種族の子供たちが一緒に輪になって遊んでいる。
人間の子供が魔法の光球を追いかけ、魔族の子供が人間の凧を揚げる。
屋台では、魔族の老婆が人間の串焼きを「これ、味が濃くてうまい!」と褒め、人間の商人が魔族の幻惑香を「これ、恋人にあげたら最高だぜ」と勧める。
文化は混ざり、笑顔が溢れる。
ここでは、誰も「魔王」を口にしない。
誰も、戦争を思い出さない。
だが、その空気を切り裂くように、突然、大型スクリーンが点灯した。
広場の中央に設置された、巨大な魔法投影装置。
祭りの主催者側が、ニュースを流すためのものだ。
音量が上がり、キャスターの声が響く。
「速報です! 本日、西部国境付近で魔王軍の接近を確認しました。我が軍は即時対応を開始しておりますが、国民の皆様は引き続き警戒を。魔王の脅威は、決して終わることはありません……」
画面には、いつもの派手な映像。
魔王軍の黒い影が荒野を進み、爆発が起こる。
再現映像のクオリティは完璧で、血糊の飛び散りまで細かく描かれている。
広場の喧騒が、一瞬止まる。
人々が顔を見合わせる。
ミラ(小さく呟く):
「……またか」
ユウト(画面を見て、顔をしかめる):
「今、こんな時に……祭りの最中なのに」
フラット(肩をすくめて):
「いつものことだよ。報道局、視聴率取りたいんだろ。祭りが盛り上がってる時こそ、脅威を思い出させる。そうしないと、みんな忘れちゃうから」
ミラはスクリーンを見上げ、ため息をついた。
彼女は知っている。
学校で習った「魔王の守護」は、本当は経済を回すための嘘だということを。
友達の中には、薄々気づいている者もいる。
でも、誰も声を上げない。
なぜなら、魔王の脅威がなくなったら、この祭りさえ、なくなってしまうかもしれないから。
ユウト(ミラに目を向けて):
「ミラ……お前は、魔王のニュース、信じてる?」
ミラ(少し考えてから、笑顔で):
「信じてるよ。だって、信じないと……
この世界、成り立たないもん」
彼女の言葉は、冗談めかしている。
だが、目には、微かな影がある。
ユウトも、それを感じ取った。
人間の少年は、スマホのカメラを下ろし、ミラの手を軽く握った。
ユウト:
「俺も……信じるよ。ここに来て、わかった。
魔王がいなくても、こんなに楽しいのに、
みんなが『魔王がいないと困る』って思ってる。皮肉だよな」
フラット(酒を一口飲んで):
「皮肉だよ。人間と魔族が、一緒に笑って、踊って、文化を混ぜて楽しんでる。なのに、ニュース一つで、みんな『脅威』を思い出す。
本当は、誰も戦争なんて望んでないのにさ」
広場では、音楽が再開した。
人間のバンドが演奏するアップテンポの曲に、魔族の楽団がドラムで合わせてくる。
人々が再び踊り始める。
子供たちが笑い、恋人たちが抱き合う。
スクリーンのニュースは、徐々に小さくなり、提灯の光に溶けていく。
ミラ(ユウトに微笑んで):
「今夜だけは、忘れようよ。魔王のこと、勇者のこと、全部。ただ、祭りを楽しもう」
ユウトは頷いた。
二人は輪の中に入り、手を繋いで踊り始めた。
周りの人々も、次第に笑顔を取り戻す。
人間と魔族が、肩を並べて。
文化が混ざり、境界が溶ける。
だが、その下には、
誰も触れたくない真実が、静かに息づいている。
誰もが、同じ空気を吸っている。
誰もが、同じ祭りを楽しんでいる。
そして、
誰もが、
ニュースの影を、
心の奥で恐れている。
祭りの夜は、
美しく、
残酷に、
続いていく。




