虚構10 株価と死者
王都の中心部、高層ビルの最上階。
軍需企業「アイアン・フォージ社」の本社オフィスは、ガラス張りの壁から街を見下ろすように設計されていた。
二十八歳のエドワード・ヴァルドは、社長室の革張りの椅子に深く腰を沈め、複数の画面を睨んでいた。
彼は会社の御曹司。
父親が築いた帝国を継ぐ者。
金髪をオールバックにし、仕立ての良いスーツを纏い、腕には高価な時計。
すべてが、彼の地位を象徴している。
画面の一つは、株価ボード。
リアルタイムで数字が跳ね上がる。
もう一つは、ニュースフィード。
「西部国境で魔王軍との激戦! 死者二十名以上!」
という見出しが、赤く点滅している。
映像は、いつものように派手だ。
爆発の炎、剣戟の火花、魔王軍の黒い影。
もちろん、エドワードは知っている。
あれが放送局のスタジオで撮られた再現映像の寄せ集めだということを。
だが、そんなことは関係ない。
重要なのは、市場の反応だ。
「株価、十五パーセント上昇……いいぞ、もっと行け」
エドワードは独り言のように呟き、コーヒーを一口飲んだ。
局地戦のニュースが流れるたび、株価は跳ねる。
投資家たちが「魔王の脅威」を恐れ、軍需株を買う。
アイアン・フォージ社は、王国最大の武器メーカー。
剣、鎧、魔法砲弾――すべてを生産する。
今日のニュースで、新たな契約が舞い込むはずだ。
軍からの緊急発注。
工場はフル稼働。
利益は倍増。
ドアがノックされ、秘書が入ってきた。
三十代の女性、きびきびとした動き。
「社長、株主からの問い合わせが殺到しています。局地戦の影響で、株価が過去最高を更新しました。お祝いのメッセージも」
エドワードは微笑んだ。
「伝えておけ。魔王の脅威がある限り、我々は繁栄する、とな」
秘書が退出した後、エドワードは窓辺に立ち、街を見下ろした。
下界では、人々が忙しく行き交う。
誰もが、魔王の影に怯えながら、
その影のおかげで飯を食っている。
エドワードの父親がよく言っていた言葉を思い出す。
「戦争はビジネスだ。死者は数字。株価は命綱」
父親は今、引退して田舎の屋敷で悠々自適。
エドワードはそれを継いだ。
疑問など、持ったことはない。
いや、持てなかった。
この世界で生きるために。
夕方、会社を後にしたエドワードは、家族の邸宅に戻った。
王都郊外の豪邸。
庭園には噴水が流れ、使用人たちが静かに働いている。
ダイニングルームで、夕食の準備が整っていた。
母親は旅行中。
父親は不在。
残るは、妹のリアだけ。
リアは二十二歳。
大学で歴史を専攻する、聡明な女性。
黒髪をポニーテールにし、眼鏡をかけた姿は、兄とは対照的に素朴だ。
彼女はテーブルに着くなり、ニュースの話題を振ってきた。
「今日の局地戦、二十人以上死んだって。
また作り物の映像でしょ?いつまでこんな茶番を続けるの?」
エドワードはフォークを止めた。
「茶番? リア、言葉を選べ。あれは現実だ。
死者は出ている。本物の局地戦だよ」
リアは嘲るように笑った。
「本物? 管理された衝突でしょ。両種族の上層部が決めた、死者の数まで調整されたお芝居。エドワード兄さんの会社が儲かるための」
エドワードの顔が引きつった。
「何を言ってる。うちの会社は、王国を守ってるんだ。魔王軍の脅威からな」
リアは立ち上がり、テーブルに手を叩いた。
「脅威?魔王なんて、本当にいるの? ニュースの影はスタジオで作ったホログラムでしょ!
今日の株価、十五パーセント上がったって聞いたわ。死者が二十人出たおかげで、エドワード兄さんのポケットが膨らむ。気持ち悪いわよ、そんな世界」
エドワードは声を荒げた。
「黙れ、リア! お前は知らないんだ。
この会社がどれだけ雇用を生んでるか。
何千人もの家族を養ってるか。魔王がいなくなったら、どうなる? 三十年前の『勝利実験』を知ってるだろ。偽の魔王討伐ニュースで経済が崩壊した。失業、暴動、飢餓。お前は歴史を勉強してるはずだ。あの時の教訓を忘れたのか?」
リアの目が鋭くなった。
「知ってるわよ。だからこそ、反戦活動してるの。今日もデモに行ってきた。『魔王の嘘を暴け』ってプラカード持って。エドワード兄さんみたいな連中が、戦争を維持してるから、みんな苦しむのよ」
エドワードは椅子を蹴って立ち上がった。
「反戦活動? お前のせいで、株価が揺らぐんだ! 投資家が不安になる。家族の会社を潰す気か?」
リアは涙目で兄を睨んだ。
「家族? この家は、金でできてるの? 死者を数字に変えて、株価を上げるのが家族の絆? 兄さん、昔は違ったわよ。子供の頃、村で魔王の話を聞いて、怖がってた。今は、魔王のおかげで笑ってる。変わったのは、エドワード兄さんよ」
エドワードは言葉に詰まった。
子供の頃の記憶。
村の広場で、ニュースの画面を見上げ、魔王の影に震えた日々。
今は、その影が会社の利益を生む。
変わったのは、自分だ。
だが、認めたくない。
「リア……お前は理想論者だ。現実を見ろ。魔王がいない世界は、誰も望まない。失業、貧困、混乱。三十年前の教訓だ」
リアは部屋を出て行きながら、振り向いた。
「三十年前は実験だった。今は、永遠の嘘よ。
いつか、勇者が本物の真実を暴くわ。その時、エドワード兄さんの会社はどうなる?」
ドアが閉まる音が響いた。
エドワードは一人、テーブルに座り直した。
ワインを注ぎ、一気に飲み干した。
窓の外、夜の街灯が揺れている。
遠くの空に、今日も黒い煙が上がっている。
本物の死者の煙か。
それとも、株価を上げるための、演出の残像か。
エドワードは株価ボードのアプリを開いた。
まだ上昇中。
だが、心の中では、妹の言葉が棘のように刺さっていた。
世代の違い。
兄は現実を生き、妹は理想を追う。
だが、どちらも、魔王の影に縛られている。
誰もが、同じ空気を吸っている。
誰もが、同じ利益と葛藤を抱えている。
そして、
株価は、
死者の数だけ上がる。




