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ルカとカヤト

 乳白色の夜明けが、部屋に残る闇をゆっくりと溶かしていく。

 差し込んだ日の光に、ルカはようやく瞼を開いた。


「ようやく、起きたか。ほら、顔洗ってこい」

 

既に身支度を整えたカヤトがルカに出発準備を済ませるように催促する。

叱るでもなく、急かすでもない、落ち着いた声。


朝の慌ただしい空気の中、ずっと気になっていたことを口にした。


「……オーダーリロジアの支部って、どこにあるんですか」

「ラード共和国の首都ノーイだ。俺たちの足でも、着くのは夕方だな」


首都。

その言葉だけで、胸の奥が少しざわつく。

生まれてこのかた、一度も村から出たことがないルカにとって全く未知の場所。

少しの緊張と好奇心がルカの心に渦巻く。


「よし、全員揃ったな」

「このまま、ノーイに向かうわけだがルカ」


隊員たちを見渡したカヤトが、ふとルカを見る。


「え……あ、はい」


ルカは、いきなり名を呼ばれて思わず背筋が伸びる。

自分がこの人たちにしっかりとついて行けるのだろうか。

そんな不安が、喉の奥に引っかかっていた。


「お前は、俺たちが交代で背負って走る」

「まずは、俺からだ」


 それは命令でも、提案でもない。

 当然のこととして行われる判断だった。


 言葉を継ぐ間もなく、カヤトは膝を折り、しゃがみ込んだ。

 背中を向けるその仕草に、拒む余地はなかった。


「……お、お願いします」


ルカは、恐る恐る背中にしがみつく。

振り落とされないよう、必死に服を掴んだ。


「舌を噛まないよう、口は閉じておけ」

「わかりました」


次の瞬間、世界が跳ねた。

一行は、まるで風のように駆け出していた。


風が耳元を叩き、身体が浮いているように感じる。

景色が線となり、色だけを残して後方へ流れていく。


速い。

考える余裕などないほどに。

目を回しそうになりながらも、背中越しに感じる体温が、不思議と怖さを和らげていた。


どれほど走ったのか分からない。

気づけば日が傾き、空が緋色に染まっている。


「到着したよ」


落ち着き優し気な口調。

ローグの声で、ルカは目を覚ます。

いつの間にか背負う者が変わっていたらしい。

眠ってしまっていたことに、少しだけ気恥ずかしさを覚えながら地面に降りる。


「……これが、首都……」


ルカは、驚きのあまり啞然とした。

立ち尽くしたまま、ルカは首を巡らす。

途切れることのない人の流れと、見上げても終わりの見えない建物群。

音も、匂いも、すべてが違った。

自分の住んでた村との違いに空いた口が塞がらない。


「これから、支部に行くことになるけどちゃんとついてきてね」

「はい」


ルカは、カヤトを先頭とした列の最後尾。ローグの背を目印にした。

夕暮れどきで賑わう商店街、慌ただしく準備を始める店々。

全てが新鮮でルカの興味をそそる。

しかし、立ち止まることはできない。


やがて街の中央に位置する巨大な建物がルカの眼前に姿を現す。

威圧感を放つその真ん中にオーダーリロジアの正義・秩序の紋章が存在を主張していた。


 オーダーリロジア支部。


「……すごい……」


言葉が、自然と漏れた。

その雄大な面持ちが、幼い胸にも伝わってくる。


「さてと、ルカの手続きは俺とローグでやっておく各自解散だ」


部下たちが去るの見届けカヤトとローグはルカを連れて扉をくぐった。

正面玄関から続く廊下は、白い外套で埋め尽くされている。


「隊員の人が……いっぱい……」

「そんなに珍しいものか」

「僕の村には5人くらいしかいなかったから」


ルカは、眼を輝かせる。

さも、あたりまえの光景だというカヤト。

ここにいる全員が日々、正義と秩序のため戦っている。

そう思うとルカの心は、自然と高ぶった。


「当然だよ、何たってここは世界に4つしかないオーダーリロジアの支部なんだからね」


共に歩くローグが誇らしげに言う。

なんてことのない内容の会話を続け、歩くこと数分。

事務室と記載されている部屋にたどり着く。


「入るぞ」


カヤトが一声かけ扉を開いた。中は、事務仕事に追われて慌ただしい。

手の空いている事務員の女性が3人に気づいてこちらにやってくる。


「どうされました」

「子供を保護しました、引き取り手を探しています」


ローグと事務員の会話。

難しい言葉が多く、ルカには少しだけしか理解できない。

自らの去就、想像がつかない未来。

心の中の拭き切れぬ影が雨雲のように広がった。


やがて会話が終わりローグがこちらに視線を移す。

ローグは、ルカに分かりやすいように短くまとめる。


「君の親族確認には、一晩かかる」

「今日は、ここに止まってもらうことになった」


ルカは、いきなりのことで頭が混乱する。胸に苦しい浪が打ち寄せこわばった。

無意識のうちにルカは、隣に立つカヤトのズボンの裾をぎゅっと握る。


小さな力を感じたカヤトは、ルカの頭に手を置き微笑んだ。


「大丈夫だ、必ず見つかるさ」

「今晩は、俺が側にいてやる」


ルカのこわばっていた緊張が静かにほどける。

ルカは、支部で宿泊することになる。食事、入浴を済ませ床に入った。

薄暗い天井を見つめ想いに耽る。


(僕は、どうなるんだろうカヤトさんはああいってくれたけど)


今まで親族にあったことが全くない。

その記憶から、自分が誰かに引き取られることはないだろうとルカは、思った。


「確認の結果、親族不明」

「国の孤児院で預かることになります」


天涯孤独、分かりきっていたはずの結果。

それでも、胸の奥に沈んでいく重さは、覚悟していたものよりずっと重たい。

ルカは、俯き拳を握る。そうしていないと己の中の大切なものが消えていきそうだった。

その沈黙を破ったのは、カヤトだった。


「……引き取るって形でも、問題ないんだな」


静寂の中、カヤトの声が落ちる。

その一言に、事務員が一瞬、言葉を失う。

制度、手続き、時間。そうしたものが頭をよぎっているのが、表情だけで分かった。

ルカは、無意識に息を止めていた。

何かが決まる気配だけが、重く漂う。


次の瞬間。


「なら、俺が引き取る」


あまりにも自然な声。

だからこそ、誰も反応できない。


空気が止まり、時間が引き伸ばされたように感じる。


カヤトは膝をつき、ルカと目線を合す。

その動作に、迷いはない。


「どうだ、ルカ」


一呼吸置いて、続ける。


「俺と一緒に来るか」


問いかけは、選択だった。

拒否する自由も、黙る権利も、すべて含んだ言葉。


ルカの胸の中で、何かがはっきりと形を持った。

恐怖でも、不安でもない。


――この人の側にいたい。


それだけだった。


「……行きたい」


声は小さかったが、確かで力強い。


一瞬、カヤトの目が細まる。

そして、ほんのわずかに口元が緩んだ。


「そうか、ありがとう」


カヤトは、短くそれだけ言って立ち上がる。


支部を出ると、街は昼の顔をしていた。

人々の声、店の匂い、陽の光。すべてが、昨日よりも少しだけ鮮やかに見える。


ルカは、カヤトの手を握っていた。

離されることはないと、もう分かっているのに。


ルカが、カヤトの顔を見上げる。


「あの……」


「ん?」


「どうして、僕を引き取ってくれたんですか」


しばらく、返事はなかった。

歩きながら、カヤトは空を見上げる。


「俺も独りだ」


その言葉には、説明がなかった。

だが、重さだけは伝わってくる。


「家が広すぎてな」


冗談めいた言い方だったが、笑えなかった。

その横顔に、一瞬だけ深い影が差す。


けれど、次の瞬間。


「とりあえず、これからよろしくなルカ」


光が戻る。


「はい!よろしくお願いしますカヤトさん」


ルカは、はっきりと頷いた。

胸いっぱいに息を吸い込み、今までで一番大きな声で答える。

幼い少年が、はち切れない笑みを浮かべて。

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