表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

世界の色

教室の空気は、わずかに張りつめていた。

朝の光のなか、机の上に一枚ずつ配られていく――《理象紙りしょうし》。


無色透明の薄片は、光を受けてもきらめかず、影もつくらない。

ただ、そこに存在するだけの薄い紙。


まだ何者にもなっていない世界の欠片。


「はーい、みんな聞いてください。今から“理術の属性判定”をしまーす」


教壇に立つ若い女性教師が、やわらかな声で告げた。

幼い子どもに語りかけるような、はっきりとした口調。


教室のあちこちで小さなざわめきが起こる。

期待と不安が入り混じり、落ち着かない空気を生んでいた。


黒髪に碧い瞳の少年、ルカ。

草食動物を思わせる穏やかな面差しの彼は、机上の《理象紙》をじっと見つめた。


使い方は、もう聞いている。


(指に唾をつけて……だったよね)


こっそり指先をなめ、紙の中央に触れる。

色が現れるのを、息を詰めて待った――そのとき。


「おい、ルカ」


声に顔を上げるより早く、隣の席から一枚の紙が突き出される。

ユウが身を乗り出し、真っ赤に染まった理象紙を誇らしげに掲げていた。


「俺は、炎だったぜ!」


「ルカくん、私は鋼属性よ」


前の席のハルが振り向く。結った髪が揺れ、手元の紙は銀色に輝いていた。


「俺は、将来《理術秩序機関オーダーリロジア》に入るんだ!!」


「ルカくんは、何属性だったの?」


二人の視線を受け、ルカは自分の紙へ目を戻す。


――色が、ついていた。


淡く、しかしはっきりとした灰色。


 ルカは瞬きをした。

透明だったはずの紙が、まるで曇ったガラスのように染まっている。


「……え、灰色なんだけど?」


少し首を傾げ、小さくつぶやく。


 その小さな声に、近くにいた教師が気づく。


「あら、ルカくん。見えたんですね」


 教師はしゃがみ込み、優しく説明を始める。


「その色は“邪属性”と呼ばれています。名前は少し物騒ですけれど、悪いものではないので安心してください」


一拍置いて、微笑む。


「《理術秩序機関オーダーリロジア》で活躍している隊員には、邪属性の人が多いんですよ」


教室の空気がわずかに揺れる。 


「理術の属性は炎や水などたくさんあって、家族の血筋のどれかが現れます。お父さんやお母さんと同じとは限りません」


「先生、属性が二つある人はいるんですか」


生徒からの質問。


「いいえ。属性は一人につき必ず一つで、二つ以上持つことはありませんよ」


穏やかな声が続く。


「珍しい属性でも、日常生活で困ることはほとんどありません。理術は、この世界で絶対に必要というものでもないんです」


 教師は手を広げ、子どもたちを見渡した。


「属性が何であっても、あなたたちは皆、大切な生徒ですよ」


 ユウは胸を張り、赤く染まった自分の紙を誇らしげに見せていた。

 ハルは銀色の紙を、楽しそうに揺らしている。


 ルカは、灰色の《理象紙》を静かに机の上に戻した。

 まだ、その意味をよく理解できないまま。

 ただ胸の奥に、冷たいものがひとしずく落ちていく。


 夕方の風は、少しだけ冷たい。

すれ違う農夫たちから、ほのかに土の匂いが漂う。

校舎を出てからしばらく、ルカは無言で歩き続ける。


 石畳を踏むたび、靴底が軽く音を立てる。

 その規則正しさが、頭の中の考えを逆に散らしていく。


(……灰色、か)


 胸の奥で、同じ言葉を何度も転がす。

 《理象紙りしょうし》に浮かんだ、あの色。


 炎でも、水でも、風でもなかった。

 はっきりした色が広がるわけでもなく、

 ただ、濁ったような、曖昧な灰色。


 ユウやハルが自分の属性を覗き込んできた時、

 ルカは笑おうとしたけれど、うまくいかなかった。


(邪属性……って言ってたな)


先生の声は、優しかった。

怖がらせないように、気をつけた口調。

そのことを思い出し、少しだけ気持ちが安らいだ。


しかし、自身に宿った不可思議な力に対する不安を拭えたわけではない。

灰色に染まった夕空を見上げ、そっと歩調を早めた。


「ただいま」


「おかえり、ルカ」


家に帰ると、母は台所で夕食の支度をしていた。

煮込まれている料理から立ちのぼる湯気が、部屋をやさしく包んでいる。


野菜の甘い匂いが、冷えた体をゆっくりと温めた。

木の床は昼のぬくもりをわずかに残し、足裏へ返してくる。


鞄を下ろし、ルカは今日の出来事をぽつぽつと話した。

《理象紙》のこと、学校のこと、そして自分の色。


「灰色だったんだ」


 母は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに微笑んだ。


「そう。珍しいけど……別に気にすることじゃないわね」


スープを椀によそり、静かに語った。 


「お父さんも同じ属性だったそうよ。理術を使うことはなかったけれど、畑を耕して、家族を守ってくれた」


父は、ルカが物心つく前に亡くなっている。

その力について、母も詳しくは知らない。


湯気の向こうで、母は懐かしそうに細めた目。


「属性なんてね、その人を決めるものじゃないの」

「だから、ルカもルカのままでいいのよ」


そう言って差し出された湯気の立つ木製の椀を、ルカは両手で受け取った。

ほんのりと照らされた食卓。


灰色の意味は、まだわからない。

けれど、いつもと変わらない夜が、確かにそこにあった。

静かで、あたたかい世界。何気ない日常。


 ――今は、それだけで十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ