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しんぶんしぶ  作者: 氷星凪
第二章
7/26

第0.5話:碁、ただ、単調ではなく

 体を激しく叩かれる感覚。だが、その力強さと裏腹に体に伝わってくる痛みはほとんどない。睡方は微睡みの中、無い眉毛を顰めるようにして唸り声を上げながら、徐々に頭の中の霧が薄くなっていく感覚に身を委ねる。聞き覚えのある幼さの残った高い声が、反響し。

「ちょっと起きて! 起きてってば!」

 睡方はなぜ九華の声が響いているのか、疑問に持ちながらゆっくりと目を開ける。彼の視界に映った声の主は、九華……ではなく、いや人間ですらない、滑らかな肌の異形。それが自分の体を揺らしている事実に受け入れきれず、睡方は飛び起きると勢いよく後退り、部屋の壁に背中をぶつける。

「う、うわああぁぁぁ! な……なんだお前……!」

 部屋の隅に移動したことで、自分のいる場所がよく見えた。壁にかかる大量のお守り。床に敷き詰められた畳の上に、これまた多種多様な人形が場所を占めている。そう、そこは取材に行った雨宮風句二の家の一室に酷似していた。

 しかし、()()()()だけでその場所ではない。そう分かる要因は、色だった。目に映る物、床、天井、壁、それら全てが真っ白だった。それも、ただの白色ではなく、まるで元々あった色を抜かれたような。

「なんだ、ってそれは……お互い様でしょ……」

 話し出したその異形に、睡方は指を指したつもりだった。だが、そうやって自分の意思で上げた腕は人間らしい肉付きのある腕なんかではなく、それはまるで細長く伸ばした粘土のようだった。

 一瞬、目の前のやつのことなんか無視して動きが止まる。彼は両手、胴体、両足の順に、ゆっくりと自分の体を久しぶりに鑑賞した。その表面は目の前の異形と同じくすんだ白地に黒マーブル模様の肌。その白は、使い込まれたぬいぐるみのような綺麗とは言えない色だった。節々に染まる靄を模した黒色は、体の中を何者かが蠢くような、そんな本能的な気味悪さが引っ付いている感覚が呼び起こされるようで。

 指はなく、手であろうその先端は丸くなっており、それが双葉のように二つに分かれてパクパクと動いた。さながら料理で使うようなミトンが一番イメージに近い。触ってみると、まるで反発の少ないスクイーズのように沈んでは戻るクッション性を感じられ。

 それは手だけではなく、全身もそうだった。上半身は手のひらで握れるほどの細さに伸びた粘土がそのままかさのような顔にくっついており、その上半身にこれまたもっと細く伸ばした粘土のような四肢が接着剤で貼り付けたみたいに繋がっている。

 腕や足には関節が無く、それゆえか、決まった場所なく曲げることが出来る。先端だけ曲げるとかあるいは足の付け根部分で大きく足全体を曲げるとかそんな芸当も可能になっており、睡方は自分の全身を触るのに夢中になっていた。

「な、なんだよこれ……! 俺の体、どうなっちまったんだよ……!」

「それは、こっちが聞きたいわよ……全く」

 目の前の異形が、ぶっきらぼうな口調で喋る。腰に両手を当てる、その姿。そこまで来てやっと睡方は、先ほどから聞こえていた既視感のある声とリンクした。

「え……お前、もしかして……九華?」

「いかにも、ね。ほら、これ」

 そう言って、彼女がその手の先端を双葉のように上下に小さく開く。そこに握られていたのは、以前新聞部が四人で分けたお守りの木片だった。

「あ……それ、お守り? じゃあ、本当に……」

「あんたも持ってるんじゃない?ほら」

 彼女が指差すから、睡方も自分の手を開けてみる。いつもとはどこか違う感触で開くまでに少し苦戦したが、確かに右手には自分の分のお守りの破片が握られていた。手に握られたそれを見たから、彼女は彼を起こしたのだと言う。きちんと確認はしていないが、喋り方からもう彼女は自分が睡方だと分かったようで、その真っ白な畳の上に膝(かどうかは詳細には分からないが)を崩し、肩を落とした。

「本当に……世界って、滅亡したのかな……」

「え?」

 消え入りそうな声で、儚げに呟く。睡方は、一瞬耳を疑う。世界の滅亡、もしかして、予言? でも、それは七月三十日のはずじゃ。

「ねえ、あんたはさ。あの、光見た? ほら、このお守り四つに分けた日の夜」

 睡方は記憶を辿る。あの日は確かそう、会議の途中でちょっと喧嘩みたいになって、で、いつも通り家に帰って自分の部屋でゲームをした。そうしたら、突然外から轟音がして。気づいたら、窓から光が差し込んで。

「……見たかも。家にいたから、はっきりとじゃないけど」

「……そっか。実はさ、」

 彼女は、あの日預言者の雨宮風句二からメッセージが来た旨を話してくれた。予言が早まった、今日がその日になったという文面。そして、取材中彼が語ったようにあの日世界全体は光に包まれた。嫌な繋がり方だった。

「え、じゃあ、本当に滅亡……したのか……?」

「……分かんない」

 自分の両手を見て、景色を見て、彼女を見て、睡方は軽くパニックに陥る。もう、世界は無い? 自分達の通っていた学校、四人で集まっていた新聞部の部室、ゲームをで埋め尽くされた唯一の休息場所である自分の部屋、家族、友達。それら、全てが無くなった……。そんなの、嘘だ。

「そ……それなら、なんで俺らは生きてて、こんな気持ち悪い格好をしてるんだよ! それにここは一体どこなんだ! 預言者の家に似てるけど、視界が全部真っ白だし! なぁ、教えてくれよ!? 俺達は一体、」

 気づけば、彼女の肩を掴んで揺らしていた。必死に問いかける睡方の腕を彼女は勢いよく掴み、振り解くと。

「分かんないよ! 何も……」

 そのつんざくような声で、睡方は腕に入れていた力をゆっくりと抜く。正気に戻り、震える九華に、ごめん、と小さく言うと、無力感からその真っ白な畳に体をもたれた。彼女は体を縮こませると、腕で膝を抱えるようにして体育座りを行い、顔を踞らせた。

「私だって……帰りたいよ……」

 啜り泣く彼女の声が、こだまする。睡方は床の畳だけに目を映しながら、ただひたすらに自分の状況について考えても考えても思いつかない、という何とも無意味な時間を過ごした。

 ひとしきり泣いた後だろうか、九華は顔を上げる。無い鼻を啜る音。彼女が顎で指したのは、先ほどからいびきをかいている自分達と同じ姿の異形だった。

「とりあえず、そこで寝てるこの人も、起こそう」

「……うん。なんとなく、誰か分かる気がする……」

 寝ているのか、横たわるその異生物は体全体を膨らませては縮ませるという一連を何度も繰り返していた。うーん、と唸り声を上げながら、寝返りを行っているその姿。

 九華と睡方、二人がかりで叩き起こすと、柔らかな喋り声で、おはよう、と発したので、それがすぐに由依であることが分かった。案の定といった感じで目を見合わせた二人の隙を見て、彼女は二度寝しようとしたがそれは間も無く阻止された。

 由依を完全に起こすと、廊下の奥から足音が聞こえてきた。部屋に姿を現したのは、自分達と同じ肌、四肢、胴体、頭の形をした人型の ──もう異生物と呼ぶのは疲れるので、消去法で── 想汰だった。そのかさのような頭の真ん中辺りを、手でクイっと上げるようにしてから彼は話す。

「みんな、起きたようだな。ちょっと見せたいものがあるから付いてきてくれ。まあ、僕が用意したものでは無いけど」

 やけに冷静だったため、九華が不思議に思って質問攻めをしたが、結局は彼が自分達より少し早く起きて興味本位に周りを探索していたということしか分からなかった。「見せたいものがある」、その一言に導かれるようにして三人は彼の後ろに付いていき、部屋を出て廊下を歩き出した。

 途中、洗面所に寄り、まだ見ていなかった自分の体を睡方は確認した。お腹に口があるというのは流石に驚きだったが、そんな時でも由依は、ジャンプした時にくしゃみしたらバク転が出来るかもしれない、なんて言っていて、九華は本気で困惑していた。

 再び先頭を歩く想汰の後ろに三人が続く。どこもかしこも真っ白な廊下を歩き、彼は真っ白なドアの前に立つ。引き手に手をかけ、こちら側に一瞬振り向いてから扉を開けると。

 その瞬間、外から家の中に大量の白いオーブ、白い胞子、そんなのが入り混じった空気が一斉に入り込んできた。

 それらの小さな生物未満の浮遊物体が風と共に体を撫でてくる。どこか少し粉っぽいという、初めての空気の感触。そんな空気を体に受けながら、四人は家の外へと歩を進める。

 そして、そこに広がっていたのは────。



 白。いや。

 白と聞いて、一番それから遠い白色。世界を埋め尽くすそれは、白銀なんてお世辞になってしまうほど燻んでいて。

 灰白色(かいはくしょく)の石灰岩が連なったような、平坦ではないというには凹凸が弱く、平坦だというには滑らかでない地面が地平線の彼方まで続く。そこに咲く花も、そこに立つ文明の象徴も、領土を示すどこかの国旗も、一切無かった。

 地面の岩のような物質の表面には、所々細かい穴がびっしりと開いている所があり、昔教科書で見た風化穴がそれに当てはまるような表現だと感じた。

 上を見上げる。空も例外なくどこまでも灰白色一色で固定されているようだ。雲が全く流れておらず、色のムラすら無いその自然から逸脱した情景は、まるで頭の上を一枚の大きな紙で蓋をされているような変な閉塞感を感じられた。

 降り注ぎ、漂うのは、何らかの白い胞子や、実体のあるオーブ。霧とは違って視界には小さな個体のように映るため、地面に当たっては小さく弾け、体に当たっても小さく弾け、それがとにかく無数に落ちてそうなるものだから、景色が五月蝿くてしょうがない。

 対照的に ──いや、広がる情景からすれば、順当に、なのかもしれないが、 ── ここら一帯、恐ろしいほど音がしない。人間はもちろん、血の通った生物がいる気配すら皆無だ。それに、自分達が歩くのにもこのクッション性の肌のおかげか岩の衝撃を吸収し、電気自動車も驚く程の静音化を実現している。

「なんなのよここ……」

 九華は呆然として、信じられないと言った様子で人間時代に目があった部分を必死に擦っている。由依はそんな雄大さを前にしてその場にあぐらをかいて座り、両手を広げて全身で世界を味わっていた。どこか遠くを見ている想汰を前に、睡方は遥か遠くまで続く景色を前に呟く。

「これが、見せたかったもの……」

「そうだ。だが、これだけではない。後ろを見てくれ」

 その合図で、三人が後ろを向く。地平線の広がる灰白色の地面。そこに唯一、聳えるそれは。睡方達が目を覚まし、今まさに扉を開けて出てきた場所。

 その古ぼけた家屋の外装には真っ白な壁に真っ白なツルが巻き付いていた。睡方は確信した。そこが間違いなく、あの日取材に訪れた雨宮風句二の家だと。

 何も無い、無さすぎる世界にとって、それは異質だった。想汰は自分達の視界とその家屋の間に入り、腕を組んだ状態でこちらをまっすぐと見て。

「一つ、思ったんだ。僕らの持つお守りとやら、これは元々この家にあったものだ。それが何らかのサインに応じて、元の場所へと戻ろうとした。そしてそれを持つ僕らもその回帰の動きに巻き込まれた……」

「……サイン、あ」

 隣で話を聞いていた九華が思いついたように、顎に乗せていた手を他者へと向ける。

「想汰。由依さん。あの日、光を見なかった? ほら、お守りを渡した日」

「光……。うーん、あ、見えたかも! 料理の支度してたら、急にドンって音したから外見に行ったら」

「轟音。空からの光。僕も、確かに見た。……まさか、もしかしてそれが」

 九華はあの日、風句二からメッセージが来た旨を二人に話した。想汰はそれを聞き、重々しく声を口に出し。

「予言が……現実になった……?」

 九華は反論しようと、身を前へと乗り出した。だが、点と点を線で繋げていくにつれてそれが形になっていくような気がしたのか、否定まで口に出すことは出来ていなかった。睡方も同じような感覚を味わい、それは珍しく想汰もだった。打ちひしがれたように肩を落とし、俯きながら何か一人でぶつぶつと唱えている。そんな彼の姿を見て、ずっと座っていた由依は伸びをすると、全身を左右に振って。

「ねえさあー、理論詰めもいいけどとりあえず歩かない?ほら、せっかくこんな広いところ歩ける機会ないよ? このまま歩いて学校まで行っちゃったりしてさー」

「いや、もうちょっと待ってくれ。一旦、この問題について考えさせてほしい」

 想汰は顎に手を置いて顔を俯かせたまま、その真っ白な家屋の方へと歩いて行った。由依の静止する声を聞かず、進んでいく彼を見て、彼女は睡方と九華の方を向いて、ほっぺを膨らませた。仕方なく三人で想汰の後を追い、彼がドアの引き手に手をかけたと分かると。

 次の瞬間だった。彼が触った場所が、粉となって風に消えていったのだ。そのままみるみる扉全体が消えていき、家は案の定バランスを崩すと、全てがドミノ倒しのようにそれはそれは綺麗に崩れていった。静かすぎるこの世界に、その真っ白な木材がひしめいて倒れる音は大きなスパイスとなり、最終的には瓦礫の山がそこには残った。

 呆然と立ち尽くす想汰にスキップをしながら近づき、彼の肩に手を乗せた由依は何も無いはずののっぺりとした顔に、したり顔を浮かべているようで。

「神様が、行けって言ってるんだよ。にひひ」

 スキップをしながら来た道を戻るようにして、三人をすれ違っていく彼女の言葉の余韻で想汰は再び肩を落とした。そんな彼に九華は近づいて、見上げるようにして言う。

「見つけに行くわよ」

「……何を」

「あの、預言者のおじさん」

「なぜだ」

「私、信じたくない。本当に世界が滅亡しただなんて、やっぱりそんなの現実的じゃない。だから、あのおじさんとっ捕まえて話聞くのよ。そして、絶対私達がいた現実世界に戻る……だから、協力してほしい」

 彼女の言葉に少し沈黙を続ける想汰。顔のかさに、瓦礫によって舞った白い煙の玉のようなものが積み重なって。その真っ白な瓦礫も徐々に一つ一つが粉に分解していき、段々と地面に馴染んでいく。また一つ世界は平らになり、彼はそんな新世界で呟いた。

「捕まえるって、どうやって」

「私達がこうやって生きているように、おじさんも恐らく姿を変えて生きているはず。現実世界にあった彼の家が存在しているなら、この白い世界が現実とリンクしていたとしたら、」

 睡方が口を挟む。

「この世界にも……晴滝中や自分達の家があるかもしれない、ってことか?」

 そうよ、と言わんばかりの彼女の視線。睡方はとにかく現実世界が恋しかった。少しでも面影を感じたかった。だからこそ、語られた希望はいくら信用性が無くても嬉しく思えてしまった。

 想汰は沈黙を続ける。彼の横顔は淡白で、滑らかで、白と黒のマーブルが渦巻いている。返答をする気配がないため、睡方は興味以上の意味を持たない、つまりただ純粋な好奇心のみで生まれた質問を、なんとなく彼にしてみた。

「儘波君はさ、世界が滅亡したと思う?」

「……なんで今、そんなことを聞くんだ」

 睡方はじっと立ち尽くす彼の隣で、自分の後頭部を手で撫でながら言う。

「なんか、信じたくなさそうにしてたから。……そういうの好きなもんだと思ってた」

「空想は、空想だから好きなんだ。あんまり派手なことされると反応に困る」

 無愛想な言い草で言葉を口からぼとぼとと落とすと、彼は振り返って歩き出した。もう大分遠くなった由依の背中をゆっくりと追うように。

「部長」

「え?」

「その考え、乗ってみる。探しに行くんだろ、どうせまた真実とやらを」

 こちらに背を向けていたからか、表情は見えなかった。そもそも顔がついていない四人の表情など相互に読み取れるはずはないのだが、睡方はこれまでの付き合いからなんとなくそれが分かってしまうようで、九華との目配せから、彼女も、そして他二人も恐らく分かるような、そんな気がした。

「あと、君達は僕のことを今気の毒に思ってるかもしれないけど。それ、するだけ損だよ」

 強がりな口調のまま進み行く彼に、睡方と九華は目を合わせた。彼女は両手に腰を当てて胸を張りながら先を行く。

「聞いてなかったけど、もちろんあんたも協力してね。あと、この前逃げた罰として今度から未開拓の場所にはまず、あんたを行かせるようにするから」

 こちらを向かずに手を振りながら、悠々と語るその乱暴な口調。睡方は突然の要求に、困惑と怒りを募らせながら、彼女の後を追う。

「は!? ちょっと待てよ! そんなの、勝手に決めんなって!」

「そりゃ、勝手に決めるわよ。だって、あんただし」

「あぁもう! ……背が小さいくせにいつも態度だけはでかいんだよな」

「ちょっと? 聞こえてるんだけど!」

 小声のつもりだったが、彼女がそのお腹の大きな口を激しく開閉して反論してきたので、睡方は逃げるように地平線へと続く二人の背中へと駆けた。獣のように追ってくる九華。堂々と行進する想汰。軽々とステップを踏む由依。

 この灰白色に染まった世界に点在する、白黒入り混じった四人。止まることを知らず、また再びその足を動き出すようにして。

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