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しんぶんしぶ  作者: 氷星凪
第三章
22/26

第4話①:四劫

「うわぁ……でっけぇ……」


 社の入り口付近。隣でそれを見上げ、思わず声を漏らす睡方に九華は視線を映す。タプに乗って別行動をしていた二人に事情を話し、こちらに連れてくるまでにせり上がった土地の一部が地面に落ちてくる現象はもう無くなっていた。

 安全が確保された状態だから、ここにタプを置いていっても心配することも無い。九華は今までの社の経験から、タプを連れて行けないことは分かっていたが、今回はなんだかそれがやけに寂しく感じた。


 少し意外だったのは、由依がこの大きな社にそこまで反応を見せなかったことだ。正直、今ではもう慣れたけど地面からこんな巨塔が出てきた時には、流石にこれが一個人の家だなんて思えなかったし、今もまだ信じられない。

 それなのに、彼女は一目見た時から落ち着きを見せていた。こんなものを見たら、一番最初にはしゃぎそうなものなのに。それどころか。


「想っち……。本当に、行くの?」


 社の結界を四人で越え、想汰が扉の前で一呼吸置いた時のことだった。まるで、何かを知っているような口ぶり。少し視線を上げると、彼は振り返らないまま。


「……ああ。別にそんな、引っ張るようなものでもないしな」


「……そっか」


 彼が立っているのはそれはそれは大きな両開きの扉の前で、建物全体が灰白色だから分かりづらいが、扉の表面には絢爛な薔薇の模様が彫られていた。さながら宮殿のような様相に、九華は体を強張らせる。

 当の想汰はというと、不気味なほど落ち着いていた。初めてこの社を視界に入れた時も、そうだった。日常生活が理不尽にも終わらせられ、無理やり異世界に連れ込まれたと思ったら、四人の誰かが神様にならなければいけない。そんな環境にいるような人間は普通、我が家の存在を目にしただけでどこか心に来るものがあるはずだ。実際、自分も睡方もそうだったから。


 なのに、彼は冷静さを欠かなかった。むしろそれが更に増して、彼の体には冷静さしか無いような状態に思えた。彼は驚くほど軽々しく、仰々しい扉の取っ手に手を伸ばす。そしてそのまま流れるように腕を引き、開いた扉の先に入っていく。振り返って「いいよ」とだけ言って、彼は粛々と歩き出した。追って、三人も。


 飛び込んできた光景に、九華は思わず面食らう。全面が灰白色、だけど表面は滑らかな床、壁、天井。恐らく元は大理石だったのだろうと感じられる素材感。足先から冷たさが伝わってくる。

 何よりも広い。視界の先に見える壁の突き当たりには、恐らくエレベーターであろうそれが三つ立ち並んでいる。その上はガラス張りになっており、外の見応えのない創界の空がよく見えた。


 入り口から突き当たりまでの奥行きの長さは推定で恐らく五十メートルで、横幅は更にそれの一・五倍ほどある。すっと五十メートルが出てきたことに、初めて大嫌いな体育に感謝しながらも、余りの広さに彼女は天を仰ぐ。そしてまた、その天井の高さに驚いた。ここにいる四人を縦に積んだとしても、最上部に手が触れることはないだろう。

 広々とした長方形の敷地の中心には、石で作られた大きな円形のオブジェクト。人が座れるほどの高さで、その真ん中には小さな噴水が上品に水を流している。こんなの街中でも見たことない。


「こっちだ」


 想汰が先導を切り、四人は歩を進めていく。方面は、突き当たりにあるエレベーター。まっすぐと前を見て歩く彼に対し、九華含め三人は周囲を見渡すことをやめられなかった。

 噴水があったり、そもそも、エレベーターが三つもあったりする時点でここは本当に彼の家なのか、と彼女の中で徐々に疑問が膨らんでいく。進むにつれてその疑念を更に深めさせるように、道の両脇にとある物が見えてきた。


 彼女達を出迎えるように、ずらっと隊列を組んでいたのは大量のセキュリティゲートだった。いわゆる都心の会社にある、入社をする際に社員証などをかざして、勤怠の確認や文字通りオフィスのセキュリティを確保するというもの。警備員の人件費節約といったメリットもあるため、ここ数十年で非常に普及率が高まっている。

 そして、その近くのカウンターには石化した女性が座っているのを発見した。言うなれば、受付の人のよう。それに気づいてから、その幾つも並んだゲートの先にも広がる、無数の部屋が遅れて目に入ってきた。


 中心に据えるガラス張りの部屋。透けて見える部屋の中には円型の長机を囲むように、大量の石化した人間が座っていた。表情は細かく読み取れないが、ネクタイやジャケットの特徴などからスーツを着ていることが分かると、全員の視界の先が部屋の壁のホワイトボードに向かっていることもすぐに理解出来た。

 まさしく、そこは会議室だった。そしてその隣のまた別のガラス張りの部屋では、同じく石化した人々が今度は列になって座っており、自身のデスクに置いてあるPCをいじったり、体を伸ばしたりしている状態で固まっている。ここまでのヒントを貰って一つ、やっと自分の中で確定した。ここは、どこかの会社だ。


 だがなぜ、今まで家を表してきた社が突然……。歩みを進めながらもオフィスに目を凝らし続ける九華。石化しているのに今も動き続けているように見える、労働者のエネルギーの高さに内心狼狽えながらも観察を行なっていると、遠くに見えるオフィスの壁にどこか見覚えのあるロゴを発見する。ロゴの右に続く文字列を、そのまま目で追って。


「アリノミヤ・コンサルティング・グループ……」


 頭の中の引き出しを開ける。この文字列、テレビでも記事でもよく目にも、耳にもした。ゆえに、その喉の突っかかりは意外なほど早く取れた。


「有ノ宮グループ……って! ベンチャーから立ち上がったのにも関わらず、今では日系コンサルタントで売上一位の座を欲しいがままにしている大企業じゃない!」


 後ろを歩いていた睡方からのふてぶてしい声が聞こえてくる。


「……えっ? にっけい、こんさる? って……何だよそれ」


「簡単に言えば、クライアントの企業の事業の手助けをする業種のことよ。一概にコンサルタントと言っても種類は沢山あるんだけど……」


「うーん……。よく分からんけど、とりあえずすごい稼いでいる大きい会社ってことだよな」


 今度は九華が彼の言い草に首を傾げつつも、ひとまず飲み込む。腕を硬く組みながら、先頭で淡々と足を動かす想太の背中に向かって。


「重要なのは、私達が今そこにいるってことよ。想太、一体どういうことなの? ここは本当にあんたの家?」


 彼は着実にエレベーターへと近づきながら、先ほどまでずっとまっすぐだった目線をゆっくりとオフィスの方へ向けた。それでも彼女の方を振り返るまではせず。


「言っただろ、ここは僕の家だよ。ただ、一階から五階がオフィスなだけだ。それより上の階が本当の家さ」


 吐き捨てるように語るのが、やはり彼女の心をどうにも満たさない。家と会社が繋がっているという事実、それもこんな大企業のオフィスと。

 こちらに目を合わせようとしない彼の姿勢にももう慣れたと思っていたが、それは間違いだったようだった。たった数メートル先にいるだけなのに、どこまでも遠くにいて掴めない感覚。全身に迸る。

 

「……あんた、何者なの? グループの社長は社名通り、有ノ宮の名を冠する有ノ宮洋一。でもあんたは儘波、」


「待て」


 急に声に芯が入る。彼女は思わず口をつぐんで、肩をすくませてしまう。彼は足を止めていた。気づいたら先ほどまで目的地だったエレベーターはもう既に目の前にあり、彼は傍にあるボタンを慣れた手つきで押す。

 

「物語で一番重要なのは、情報の出しどころだ。作者の都合で急にどかどかと設定や場面風景を開示されると、こちらも冷める。まるで、他人事のように」


 駆動音と呼べないほど静音化されたエレベーターが、上部のデジタル表示が切り替わることによって降りてきているのが分かる。十階から九階、八、七、六……。


「今からは、僕が語り部だ。だから、自分のことは自分の口から全て語る。いや、語らせてほしい」


 音も立てずにその扉は滑らかに開いた。デジタルの一階の表示が、普段ではあり得ない視認性の悪い白色になっていて若干の気持ち悪さを感じる。想太が中に入り、続いて彼女も入ろうとした時。睡方はしきりに後ろを見ながら呟いた。


「な、なあ。いいのか九華? あそこにいる奴らに手をかざさなくて」


 やっと言えた、というような澱んだ口調だった。彼女は振り返り、確かにオフィスの奥に見えるその群衆の存在を再び大きなものとして認識する。今まではそうだった、社にいる石像に手をかざすと記憶が思い起こされ、それを書き記すことが儀式の完了へと繋がる。

 だが、今回は余りにも人が多すぎる。ただでさえ広大なオフィスが両脇に存在し、更にそれが五階まである。一人一人行っていたらそれで期日に達してしまうほどの分量だ。


「その必要はないよ」


 想太は凛としてこちらを見据えていた。もう既にエレベーターの中の階数ボタンを押しているようで、意図とは違うのだろうが、やはりどこか吐き捨てるような口ぶりだった。


「今までの傾向からして、恐らく儀式の対象はその社の主の身内だ。だからわざわざ彼らに君達が関わる必要はない。社長である僕の父は、上の階にいる」


 腑に落ちた。もちろん理論としては。でも、心の底の自分が簡単に頷こうとはしない。九華は視界の端で、近くにいる石像となった受付の人を捉えながら。


「一応、試させて」


「なぜだ」


「分かってる。あんたの理論にも賛成、だけどやっぱり結局は自分の目で見ないと落ち着かないの。もしもの時のために、あんたも付いてきて。四人いないと儀式は出来ないから」


「はぁ……。部長は相変わらずだな……」


 頭を抱えながらの彼の声は、先ほどよりも近くに聴こえた。彼はわざわざエレベーターを降り、四人が再びエントランスに集まる。

 ひとりでに上がっていったエレベーターを背に、九華はその受付の石像へと近づく。四人揃って緊張感ある雰囲気で手をかざしたものの、結局は何も起きることは無かった。

 無意味。まあ、そうだった。彼は顔色ひとつ変えずに、また彼女達をエレベーターの前へと戻した。今度は揃って乗り込み、そのどこか冷たさの残る箱の中が上がっていくのを揺れと共に感じる。


 彼女は押し黙っていた。彼女だけではない、どことなく気まずいような空気が流れていて全員がパネルの中のデジタル数字を注視する。今度は一、二、三……と一つずつ数字が上がっていき。


「語り部として、さっきの続きを話そう」


 いつもの声色でどこか遠くを見上げながら、想太が口を開いた。そこで彼女は初めて彼がデジタルの表記ではなく、もっと遠くの虚空を見ていることに気づいた。


「僕は、有ノ宮家の三男だ。いつの日かこのグループを継ぐ者として、生まれてからずっと尽力している。上には六つ上の兄と、更に四つ上の姉がいる。まあ、会ったことは無いんだけどね」


「会ったこと無い……、って」


「ここは、いわゆる別荘みたいなものなんだ。都心にあるアリノミヤ・コンサルティング・タワーが本来の家。昔は母さん含め、兄さん、姉さん、父さんの四人でそこに住んでいたらしいけど、今はそうじゃない。都心に家が残ったまま、この家にいるのは僕と父さんだけ。都心に良い土地が見つからなかったからって、地方に家兼オフィスを作ったというわけだ」


 降りてくる時は異常な速さを感じられたエレベーターが、今ではまるで彼の話のペースに合わせて動いているようだった。

 

「六階です」


 ここにいる誰でもない女性の無機質なアナウンスが室内に響く。扉が視界からはけていくと、これまた広大な部屋が広がっていた。四人は外に出て、床を埋め尽くす、今はもう色が抜けた絨毯に足をつける。


「ここが六階。全部が僕の部屋だ」


 彼女は、唖然とした。部屋の真ん中にある低めの机とソファー。その奥の壁は真ん中の一部分が長方形で全てがガラス張りになっていて、外が見える。元の場所だったら中学校が見えていたり、雄大に広がる青空が広がっていたりしていたであろう景色は、今では味気のない一色と塵がほとんど景色を埋め尽くしていた。

 入ってすぐ左には、恐らく専用と思われるトイレとシャワールーム。その近くにはやけに足が高い椅子が四つと、また机。そしてその近くにはアイランドキッチン。シンクや冷蔵庫、炊飯器、電子レンジなどが設備されている。


 所々に観葉植物がある他、それよりも多い数並んでいるのが書棚だった。真ん中のソファーと向かい合う形で四つ。ガラス張りの壁の両脇に二つずつ。キッチンの近くに一つ。部屋の隅に一つ……と数えたらキリが無く、いずれの棚にも本がぎっしりと詰まっていた。そして、全てが経営学関連の内容であり、中には有ノ宮グループの社長、有ノ宮洋一が直々に書いたものもあった。

 言ってしまえば、九華の家の一階と二階を合わせたような広さ。それほどの規模感の部屋が全て想汰一人のために用意されているという事実を、すぐに受け入れることは難しかった。


「なあ……、ここで固まってる人達って……」


 睡方が指しているのは、そんなだだっ広い部屋に複数点在する、同じ格好をした石像だった。もちろん元は人間だったであろう姿。一人は床を拭いており、一人は机を拭いている。もう一人はキッチンで皿を洗っていて、更にもう一人は書棚の本の整理を。

 レースのエプロン、スカート、カチューシャといった服装で揃えられた彼女達 ──性別までは捉えきれなかったが、服装から判断して恐らく── を視界の一端で捉えるようにして、想汰は歩を進めていた。


「彼女達はうちの専属の召使いさ。基本的にここには僕しか出入りしないから、身の回りの世話はやってもらっているんだ。で、この目の前の小さな部屋が実質的な僕の部屋、になるかな。今いるここはどっちかっていうと生活スペースみたいな感じだから」


 この大きなリビングに見えるような彼の部屋の右奥には、その空間とは別に壁で仕切られた小部屋があった。三人に最低限の説明をした後、彼は有無を言わさずに、すぐに扉のノブに手をかける。

 自分の部屋の中にまた自分の部屋がある。土地がある故の奇怪な構造に九華は戸惑いながらも、こんなことで一々止まっていたら先に進むことが出来ないと思って無数に浮かんできた言葉を口の中で噛み潰した。睡方はまだ彼の召使いの話題に置いてけぼりにされているも、彼は躊躇無くその小さな部屋の扉を開けた。


 中には、これまた高級感のある勉強机に椅子。反対の壁側には、まるでお姫様が寝るようなラグジュアリーなベッド。そして勉強机と壁の間に空いた隙間を埋めるように、本棚が聳え立っている。

 その前には先ほどの部屋にもいた石化した召使いが立っており、何やら本を何冊か手に取っているようだった。

 四人は中を見回す。先ほどの部屋からすると、流石に狭く感じるがそれは四人で入っているからかもしれない。想太は入るなり、ひとしきり周囲を注視すると。


「あぁ……。そうか、そうだよな。ここに父さんが来たことなんて……」

 

 由依は手でベッドを突き、睡方は本棚をじっと見ている。ぶつくさと独り言を呟く彼を背に、九華はその勉強机に視界を移した。

 手で机上を撫でてみる。流石の高級感、見た目らしい滑らかな触り心地……では、無かった。というより、まるで版画の彫刻跡をなぞっているような感覚。あのザラザラとした、少しムラのある凹み具合。


 しゃがんでよく机の表面を見てみる。そうすると、灰白色に染まった机の素材の上からより濃い白で何回も引っ掻いたような跡が浮かび上がってきた。

 直感で分かった。彼女の部屋の机にも同じような跡があるからだ。ここでは白色に変換されてしまっているのが、恐らく鉛筆の黒鉛。現実世界の様子を忠実に再現する創界ゆえの、細かな軌跡。


 でも、その跡は彼女の家にあるようなものとは比にならないほど広く、そして何回も何回も重なっているように見えた。視線を下に落とす。閉まりかけの机の引き出しが見えて。

 そっと開いてみると、そこには可能な限り丸められたルーズリーフが大量に敷き詰められており。それは、すぐに閉めた。一瞬でも十分だったからだ。彼がどれだけ、筆を走らせてきたかを語るには。


「いつの日かこのグループを継ぐ者として」


 彼の言葉が蘇る。まだ自分と同じぐらいの歳なのにも関わらず、もう決意をし、運命に飛び乗ろうとする彼の姿勢に畏怖まで覚えた。


「もう出よう。ここには儀式の対象はいない、恐らく……八階だ」


 また一人でに扉を開けて歩き出し、三人は呆然としていた。扉が閉まり、擬似的に部屋に取り残された感覚。九華は机をまたそっと撫でる。感じた軌跡。彼の後を追いかけようと歩き出した時。


「なあ。これ」


 振り返ると、睡方が壁際の本棚、それもその奥を見るように手招きしていた。近くで鎮座している召使いの石像に当たらないように気をつけながら、体を屈ませてその先を見る。

 本棚の中の暗闇。だがその深淵の中にも、確かに何かあるのが見える。彼女は手を伸ばしてみて、その正体を手のひらに収めた。中々の重量感。外に出すと、それは前面に並んでいた経営本の数々とは雰囲気の違う表紙の本だった。


 題名は、『王槍となりし子ら』。タイトルだけが記載されている無機質な表紙を開き、中のページをペラペラと捲ってそれとなく目を通してみる。王に選ばれた四人の勇者が、国を滅ぼそうとするモンスター、そしてその大元である魔王に立ち向かうという冒険譚。

 だが、その旅の途中で勇者達は国がモンスターによって壊滅してしまい、王も殺されたという事実を知ってしまう。路頭に迷う四人。使命を失った勇者達。


 絶望に打ちひしがれる状況の中、主人公のコスタだけはどんな状況でも諦めずに前を進み続けた。その想いに次第に三人も感化され、最後には四人で魔王を倒しに行く。

 大きな筋は物語を読んだことない彼女としても理解に易い、王道の異世界ファンタジー物。内容を読んでみても、明らかに周囲の本と比べて異質な存在だった。


「ここにも」


 睡方がまた一つ本を取り出すと、その後ろに同じようなジャンルの物語本が隠れていた。一度見つけてからはすぐだった。経営本の後ろにはいくつかの多様なジャンルの物語本が見つかっていった。


「ここにもある」


由依がベッドの下に手を伸ばした時、ここも最初は経営本の壁があったものの、少し掘るとすぐに物語本が湧き出てきた。隠された大量の物語本。

 新しいものが見える度に彼女は手元の『王槍となりし子ら』に視線を移していた。そして、気づいた。この白い世界に順応するように、全ての本が真っ白だったのにも関わらず、唯一この本だけは不思議なことに色褪せて見えたのだ。

 まるで癖がついているようなページの開き易さ。カバーの掠れ具合。一番最初に見つけやすい場所に置いてある意味。彼女は深くまでは言葉に出来なかったが、それでも彼にとってこの本が大切なものであるということだけは身に沁みて理解出来た。


「何やってるんだ、早く行くぞ」


 扉越しに聞こえてきたこもった声に、思わず三人は体を反射的に震わせる。持っている本を棚に詰め込んだり、ベッドの奥に封印しながら「今行く」なんていう定型句を久しぶりに口走った。

 限りなく最速でその部屋から飛び出し、想太の渋い視線を浴びる。三人の顔に光る汗をお互いに見合ってから微笑すると、彼は鼻で笑ってからエレベーターの方に歩き出した。

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