表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しんぶんしぶ  作者: 氷星凪
第一章
2/26

第0.1話:一致、いかにも、不可能で

 会議の開始宣言から、もう三十分ほどは経った気がする。結局話が逸れに逸れて、また小競り合いだけで有益とはとても言えない時間が過ぎ、部屋を見ていた夕陽も退屈だったからか、遂に引っ込んでいってしまった。

 痺れを切らしたのか、九華はバッグから取り出した四枚の紙を一人一枚ずつ机の上に配り、余った一枚を自分の上にドンと置いた。

「はい! もう与太話終わり! 本題本題!」

「え〜もっと与太話したいよ〜」

 机に顔を乗せたまま、九華の顔を下から見上げている由依は両手と足を伸ばし、ジタバタさせる。睡方にはその動きによる机の振動が伝わってきて、少し、いやだいぶウザい。

「全ての授業中に寝てるやつが何を言う。今日も僕がここに来る前に机に伏して寝てたじゃないか」

「ちょ! 想っち! それ言うのナシだって〜」

 由依に指を指された瞬間、顔全体を本で隠す想汰。指して隠しての応酬を見ながら、九華は頬杖をついている手で紙を揺らしながら呟く。

「由依さんってどこか楽観的よね。なんかどんな状況でも笑っていられるっていうか……何も考えずに生涯を終えていけそうというか……」

「えへへ〜、まさか九っちに褒められるなんて」

「時原さん、それ褒められてないと思う……」

 睡方の言葉を聞いて、目を丸くして本気で驚く由依。空気がやっと落ち着いたところで、全員が配られた紙面に目を通した。

「今回は私、部長である瀬尾九華から直々に話したいことがあっても持ってきたわ。それは、次の壁新聞のネタについてよ」

「ネタの話し合い? それっていつものメッセージ上のやり取りとやってることと変わんなくない?」

 率直な疑問を睡方がぶつけると、九華はチッチッチッと人差し指を横に振り、プリントに書いてある概要を指し示しながら話し出した。

「今まで書いてきた私達の新聞の取り上げた記事の内容をなんとなくまとめてみたわ。ここに書いてあるのは、見出しの文とか細かい内容とかなんだけど……」

 彼女の言う通り、ここには今まで四人で作り上げてきた壁新聞の記事に載せたネタが羅列されている。振り返れば、その現物が壁に飾ってあるのが分かるが、この紙面上では記事の見出しと内容が一文程度で簡潔にまとめられており、睡方は指で追いながらその内容を頭に入れた。


・晴滝新聞一覧

第一回:「晴滝中ってどんな場所にあるんだろう」地元の特色をPR

第二回:「巷を騒がせる関税上昇の影響はいかに」他国の関税引き上げによって引き起こされる、晴滝中学校への影響について(特に給食)

第三回:「突然建ったビルの正体とは」都市開発によって出来た大規模の生涯学習施設の紹介

第四回:「鳥と話すことが出来るおじさん」鳥使いの近所のおじさんを取材

第五回:「実在した! 晴滝に潜む謎の妖怪!」学校近くの川での河童捜索

第六回:「自転車で夏休み前に戻ろう!」超高速で自転車を漕ぐことで夏休み前に戻れるんじゃないか

第七回:「探し物はプリン」学校周辺によくいたお姉さんの事情を聞いて、プリンという名前の犬を捜索→結果、見つかったけど猫だった

第八回:「月にも感情がある!?」夜に浮かぶ月に良い言葉、悪い言葉をかけて満ち欠けが変化するか検証

第九回:「ドッペルゲンガー、遂に現る」由依が自分と全く同じ人を見たと言って、その人を捜索してみたら顔が似てる人だった

第十回:未定


「うわ〜なつかし〜、これとかこれとかやったなぁ〜」

 紙を両手の人差し指で突きながら、思い出に耽る由依。それとは対照的に、九華は持った部分の紙を潰しながら両手を強く握り込み、じっと体を震わせている。そしてそのまま勢いよく椅子から立ち上がり、自分達に紙を突き出すように見せつけた。

「いやこれ、明らかにおかしいでしょ! 一、二、三回は私と睡方しかいなかったからまだまともだけど、あんたらが入って取材とかに行くようになってからなんか意味不明な記事ばっか増えてんのよ!」

 まるで狼の遠吠えのように声を荒げる。大きく身振り手振りをしながらも、その迫力でこちらが押し潰されないのはやはりその小さい背丈のおかげだろうか。余韻でポニーテールが大きく揺れ、捲し立てるように続ける彼女に、想汰は開いた本越しにほんの少し首をかしげる。

「何がおかしいんだ? 非常に興味深い記事ばかりだと言えると思うけど。特に第五回の河童捜索なんてのは特に物語的でロマン溢れるテーマだし、僕自身も気に入っている記事の一つだ」

「そもそもあれは世界で話題になっている環境問題を取り上げるために川に出向いたのよ! 第四回も元はそういうつもりだったのに気づいたら変なおじさんのこと取材してるし!」

「それはでもさ、睡っちが『なんか、やっぱりこうした方がいい気がする』っていういつもの勘みたいなの働かせて、気づいたらそうなってたというか」

 由依がわざとらしげな低い声を出し、視線の送り主の喋り方の真似をする。意図せぬところで話題に出されて、睡方は思わず目を丸くし戸惑いを見せた刹那。瞬時に向いた九華の目には合わせられなくて、手を頭の後ろに置きながらバレバレの作り笑顔でなんとか誤魔化す。

「で、でもさ、みんな俺の勘が当たるって言うからさ。俺も嬉しくなって言っちゃったって感じで」

「はぁもう過程はどうでもいいのよ。大事なのは結果よ、結果! 特に酷いのは一番最近の記事よ! 何よただの人違いでしたって! それを新聞にしてどうするのよ!」

 九華は紙を持った手を何回か机に打ち付け、ほんのりと顔を赤くさせながらその鈍い音を糧にこちらに詰め寄ってくる。それでも由依は色白で無表情な顔を崩さないまま、人差し指を頬に当て、ポカンと口を開ける。

「あれ? それも最初、睡っちが言い出したんじゃなかったっけ? 珍しくウチに話しかけてくれたと思ったらさ、それで」

 再び向くその閃光。今にもレーザーが出そうな目に思わず両手を上げながら、睡方はその時の記憶を思い出す。

「そう、かも……。あ! でも、その時は本当に見たんだよ! なんかさ、本当に由依と同じような背丈で顔の人が、しかもスーッて浮いてどっか行ったんだよ!」

「はぁ? バッカじゃない! しかもその時、あんた達勝手に記事書いたでしょ!?」

「だって、その時九っち風邪ひいて寝込んでたじゃーん。まあ、結局あのドッペルゲンガーを追ってる時も途中でアイス一緒に食べたりなんかしちゃってさ、楽しかったからオールオッケー!  ほら、そんなに怒んないで笑って笑って!」

「ちょ、ちょっと……! やめへ、やめへへっば!」

 由依が近づいて九華の口角を人差し指で軽く上げる。笑顔で顔を見る由依に反抗しようと九華は抵抗しようとするが、腕で肩を抑えられ、身動きが取れないまま両腕を虚空に振り回している。

「なんか、見てるだけで疲れてきたな……」

 想汰の呟きに心の中で静かに賛成した睡方は頬杖を解き、早く帰りたいという一心を隠しつつ会議を進めるために二人を落ち着いて椅子に座らせることに成功した。

「と! に! か! く! 次の新聞は部長権限でもっと真面目な話題で、みんなの役に立つような記事にさせて貰うわ!」

「それじゃあ、僕の今読んでいる小説の話の紹介でも載せさせてもらおうかな」

「はいはい、空想オタクは黙って」

 九華が想汰の持っている本をひょいと取り上げる。即座に彼が本を取り返そうとするが、九華と身長の同じくらいの彼の腕では彼女の机に届かず、思わず口をムッとさせる。その勝利感により少し機嫌が戻ったのか、彼女はわずかながら自然に口角を上げた後、取り上げた本を閉じて三人に視線を向けた。

「いい? この新聞部は、現実に蔓延る偽情報やデマに惑わされず、話題の()()を追求し、その確固たる()()を学校のみんなに有益な情報として提供するのが活動目的よ」

 九華は机の引き出しからA2の方眼紙を出し、四つの机の継ぎ目を隠すように真ん中にそれを広げた。そして机に横たわってばかりだった鉛筆を起こし、指先で数回転させてから滑らかに人差し指と中指の間にそれを挟む。

「さあ、これを踏まえてのネタ会議よ。何か最近のニュースとかで目についたものを言ってみなさい。私が精査していくわ」

 他の二人の様子を伺ってから、睡方は自分も考える体勢に入るため両腕を組む。正直、ニュースなんてこれっぽっちも見ない。大体家に帰ったらすぐに部屋に篭って、ゲームに明け暮れる日々だからだ。

 でも、ここで何か言わないと帰る時間がまた大幅に遅くなる。何か、最近のニュース、最近のニュース……。

 そこで一つ、自分の頭に自然と浮かんできたものがあった。

「……あ、じゃああれとかはどう?」



 立ち並ぶ街灯がぼんやりとした光を、路地の奥まで連ねている。背中に感じるスクールバックの感触は、荷物以上の何か重いものを背負っている感覚だった。歩く度に首に触れるポニーテールの感触が気に障って、もう家が近いからと、ゴムを外して髪を下ろした。

 無意識に下向きがちに歩いていた九華は、自分が一度自宅の一軒家の前を通り過ぎたことに気づいていなかった。しばらくしてから戻って玄関の鍵を開け、足早に家の中へと歩を進める。

「ただいまー」

 挨拶と同時に靴を荒っぽく脱いだかと思えば、その後すぐに二足を整列させる。入り口すぐそばの洗面所で手を洗うと、早歩きで廊下の扉を開けてリビングに行き、そこでやっと荷物を下ろす。

「ママー! ママー! 今日私早く食べちゃおうと思うんだけど!」

 部屋全体が既に天井のライトから降り注ぐ暖色の光に包まれているのに、母親のその淡麗でよく通る返事が一向に返ってこない。試しに二階に繋がる階段の奥に呼びかけてみるが、察しの通り。仕方なくリビングに戻ると、その瞬間タイミングよく脱衣所の扉が開き、そこからお腹に響くような掠れた低音の返事が代わりに帰ってきた。

「今日は母さんも父さんも遅くなるってよ。なにせ、敏腕編集長とスター記者だからな」

 顎まで伸びた黒髪のカーテンを掻き分けるように顔を出し、足を組みながら気だるそうに紺のセットアップを着こなすその姿。清潔感と落ち着きを感じられる雰囲気を醸し出しながらも、家とは思えない正装を纏う兄の佑哉(ゆうや)を、ずけずけと押し入ってきたなんかの訪問販売員……と表現したくなるのはこの家にもう何年も一緒に住んでいる関係のせいだろう。

「いたんだ。おに……じゃなくて、佑哉」

「なんで毎回言い直すんだよ。それに、別にこだわるとこでもないだろ、九華。いや、妹って呼んで欲しいか?」

 いつも食卓を囲む四人がけの大きな机の上には、分厚い司法試験の問題集と大量のルーズリーフ。びっしりと文字の書かれたその紙の上にはそこに座る佑哉が先ほどまで使っていたであろうペンが転がっている。

 わざわざ自分の勉強まで止めてこちらに振り向いた状態でなじってくる彼の姿に、「お呼びでない」という言葉の成り立ちとはきっとこういう状況なのだろうと九華は頭を抱えた。

「……うっさい! キモい! いい加減私のこと子供扱いするのやめて!」

「あーはいはい、そんなつもりないんだけど」

 目をわざとらしく逸らして、両手を上げながら形だけの降伏をする佑哉。こんなやつでも国内一偏差値の高い大学で特待生になれるんだから、教育制度に疑問を投げかけるお昼のコメンテーターの気持ちがなんとなく分かる。まあ、全然違うと思うけど。

 彼のその正装は恐らく大学の研究発表会ゆえのものだろう。両親との会話で、一年生ながら大企業の社長や役員の人の前でプレゼンをする機会が彼には度々あるということを知り、九華はそれを聞いてからより兄のことが遠い存在に感じられた。そして家に帰り、着替えもせずその正装のまま難関試験の勉強しているという構図すらも自分にとってはなんだか癪に触った。

 佑哉が立ち上がり、すらっとした長身が目の前に聳える。九華が自分の頭をあと三つ足しても並ぶことが出来ないほどの身長。彼は本を閉じ、ルーズリーフをまとめると、やっと気づいたかのように着ていたジャケットを脱いで椅子にかけた。

 九華はそんな彼に見向きもしない、いや、意図的に気にしていないフリをしながら、自分のスクールバッグからノートと筆記用具を取り出して机に広げ、席に座ると鉛筆を持ったその腕を早速動かし始めた。

「で、お前、飯食いたいんだっけ?」

 腰を拳で叩きながら、頭を掻く佑哉の姿。視界の端でそれを捉えつつも九華は近くのリモコンを手に取り、流れでそのままテレビの電源を点けた。画面に映し出されるバラエティ番組。それをすぐさまニュース番組に切り替え、画面をいくらか注視してから返事のことを思い出し。

「……別に。やりたいことあるから、もしママが用意してたなら先食べた方が良いかなとか思っただけ」

「ああ、そう。俺さー今超腹減ってるからさ、なんか作ろうと思うんだけど、お前何食いたいとかある?」

 気づいたら佑哉はキッチンに立っており、両親がいつも使っているエプロンと色違いの、緑色の水玉模様のエプロンを体に纏わせていた。冷蔵庫を確認し、勝手に九華が食べる方向に話を進めている身勝手さに不思議と彼らしさを感じる。

 佑哉はよく九華に料理を作ろうとする。その時、決まって彼が作るのは同じ物。この日も、それが食べたいと九華は内心思ったが、そんなことを正直に口に出すのは対象が兄だからこそ出来なかった。

「私は……別に要らない。あったら、食べようかなって思ってただけだから」

「はい、オムライスな。じゃあ、そこで待ってろよ」

 結局彼はそのまま卵を割り、ボウルでとき始めた。心の中で行った少しの葛藤を見抜かれたような気がして、九華は少し頬を膨らませる。調理を行う彼の背中にしばし目を奪われるも、手に持った鉛筆を見て彼女はするべきことの世界へ再び戻った。


 眼前に広がるノートの海。その海は実際のものと同じように、もう既に様々なイメージが混じり合っていた。今日の定例会議で出たネタがずらっと自分の字で羅列されており、九華はそれと睨めっこする。

 書き上がった紙面を想像し、それに相応しいものを。現在の情勢を加味し、生徒達に寄与することが出来る真実。取り上げるには、そんな話題が良いのだが。なんとか頭を捻らせる。筆を走らせることなく、ひたすら向かい合う。そんな中、端に追いやったはずの一つのネタのトピックがやけに視界の中に入ろうとしてくる。九華が消しゴムを取り出し、その文章を消そうとした瞬間。テレビの中のアナウンサーが形式的な話し方で読み上げたのが聞こえた。

「今、世間を騒がせている、人類滅亡の予言。今回はそんな謎を追求するべく、その予言をした第一人者である預言者の方にスタジオに来ていただくこととなりました。こちら、雨宮(あめみや)風句二(ふくじ)さんです。本日はよろしくお願いいたします」

「よろしくお願いします」

 思わず視線を画面に移す。全身青のスーツで固めたアナウンサーの隣に座るのは、パブリックな雰囲気のスタジオに似つかわない、白装束に身を包んだ坊主頭の男性。両手首に白い数珠をつけ、首にかかっている輪っか状のしめ縄には、大量の紙垂(しで)が吊り下がっているという奇妙な格好だった。

 預言者というイメージにまさに合っているような人、ではあった。故にテレビの外の観客の九華にとっては、より胡散臭く思えてしまうのも事実だった。

「まず、初めに人類滅亡の予言の概要について教えてもらってもよろしいでしょうか?」

 アナウンサーが雨宮に問う。雨宮は荘厳と言えば荘厳、ただのノロマと言われればそう、というような身振り手振りを交えながら口を開いていった。

「現在、様々な予言が飛び交っていますが、ここでは私が導かれた予言について説明させていただきます。私の予言は、七月の三十一日に、世界全体が光に包まれ、同時に人類、その他生命の諸々が消滅するということを指しています」

 語る雨宮へのアナウンサーの表情や相槌はどれも真剣なものだが、九華にはそれがどうも演劇的なものにしか見えなかった。今日は六月三十日。あと一ヶ月後に人類滅亡? そんな馬鹿な話をニュースで取り上げていいのか、と勝手に心配にもなってきた。

「ありがとうございます。それでは次なんですけども、先ほど雨宮さんが仰られたように予言と言いましても、内容が異なっていたり、またその日付が異なったりしているように予言の種類が多岐に渡って広まっているのですが、その点に関しまして雨宮さんの見解はいかがでしょうか?」

「そうですね。まあ、いわゆる隕石が降ってきたりですとか、天災が起きたりなんて言うものも私は小耳に挟んだりします。一個人が創作されたものに関しては信憑性に欠けますが、他の預言者の方や占い師の方はやはり流派が違いますのでそういうズレが生じることは私は不思議ではないと思っています。()()()が来る期日というものも、確定的なものではないので」

「ということは、雨宮さん自身の予言もその期日、七月三十一日にもズレが生じる場合があるかもしれないということですか?」

「そうですね。我々が制御出来るものでもないので、こういった点は仕方ないと思いま、」

 ピッという高い電子音と共にチャンネルが切り替わる。九華は話を聞くだけで馬鹿らしくなってきてしまい、気づいたらリモコンを手に取り、操作していた。後方から具材を炒める音がする、まるで雨音のような。いい匂いもしてきた。

 切り替えた先の番組でも、特集しているのはやはり予言のことだった。

「今、世間を騒がせている、いわゆる人類滅亡の予言。我々はこの件について街中にインタビューを行ってきました」

 流れているのは、都市部の街並みを背景にして向けられたマイクに対して人類滅亡の予言について語る老若男女。

 「巷で騒がれている人類滅亡の予言について、どう思いますか?」というインタビュアーの質問に、それぞれが多種多様な回答をしている。よく分からない、という者。そもそも知らなかった、という者。単なるデマだ、という者。本気で予言を信じ、仕事を辞めたという者。生き延びようと、防災グッズを大量買いしたという者。

 その中でも九華の印象に残ったのは、とある親子連れの子供だった。向けられ慣れていないマイクに向かって答えた回答は、純粋に「怖い」の一言。簡素な答えながらも、その五歳くらいの男児の顔は画面越しでも分かるくらい怯えていた。その後のグラフによると、実際その子以外にも「怖い」というような旨の回答をした人は、その日の半分の割合を占めているようだった。

 リモコンを持つ手が震える。その時、九華は初めて預言者に対して怒りを覚えた。テレビに出て金儲けかなんだか知らないが、世間に嘘を流しまくった挙句、周囲に恐怖を与える、あんな顔にさせてしまう、そんな構造が成り立っているのが段々と許せなくなってきて。

「ほら、出来たぞ」

 呼ばれて、立ち上がる。席に座った途端机に置かれたのは、視界を埋め尽くすオムライス。彼がエプロンを脱ぎ、彼自身の分のオムライス、スプーン、お茶を注いだコップを置き出しているのを見て、ノートと筆記用具を隣の椅子の下にしまい、再び手を洗ってから席につく。

 自分の向かいに座った兄が、手を合わせる。遅れて自分も手を合わせ、「いただきます」と言ってからすぐに二人ともその卵の乗ったチキンライスの山を崩し出した。

 一口すくって口に運んだ時、舌に乗った温かい感触に思わず表情が綻んでしまった。佑哉に顔を見られた気がしたが、今は別に良かった。それより、もう一口進めたい欲の方が勝った。

「どう?」

「……おいしい」

「だろ」

 堅実に頬張る兄の姿を見ながら、九華はまた一つその幸せの塊を口に入れ、確信した。やはり自分は、オムライスが好きだ。というより、家族の作ったオムライスが好きだ。昔両親が作ってくれたのを真似して、最近兄も作るようになった。それを作ってやれば、基本的に九華が喜ぶのを佑哉はなんとなく知っているからだ。

 こんなにゆっくりご飯を食べたのは、久しぶりな気がする。家に帰ってもいつもすぐにご飯を平らげ、部屋に閉じ籠り、記事を書いたり、情報収集する時間に当てていたからだ。それゆえ、なんだか食材の温度以上の温かみが伝わってくるようなこの時間は、終わる時に独特の切なさを体に覚えてしまう。

「あんま、一人で根詰めすぎんなよ」

 皿の上に転がった残りをスプーンでかき集めながら、佑哉は言った。先に食べ終わった九華は食器をシンクに置こうと動いた背中にその言葉を受け。

「やりたくて、やってるから」

 まだ咀嚼しているであろう口の動きをした兄に、目を見て九華は言った。彼がふっ、と軽く笑う。しばらくしてどちらも食べ終わると、二人はシンクの前で隣合った。彼女は踏み台に登り、そこから肩をぶつけ合うようにして二人でその食器達を洗い始めた。



 机上のスタンドライトだけを点け、ノートとの睨めっこは部屋に戻ってからも続いていた。もうずっと座りっぱなしで流石に腰が悲鳴を上げている。興味本位でスマホの画面を見ると、時刻はもう夜の零時を回っていた。

 ライトを消し、口を細くしてため息をつきながら九華はそのままベッドに倒れ込んだ。疲れと何も進まなかったという事実が重くのしかかった状態で、ふと彼女は今日の会議の情景を思い出した。

「……あ、じゃああれとかはどう?あの、人類滅亡の予言ってやつ! ほら、最近流行ってるニュースだし、みんな食いつきそうじゃない?」

 珍しく睡方がネタを出したと思ったら、これだった。九華が肩を落としてる隙に、残りの二人も同調した。

「お〜! いいねいいね〜! 人類滅亡の予言……信じるか信じまいか……。この世界の終わりはもう既に始まっていたのだ〜! 的な!?」

「僕が昔読んだ神話にもそんな話が出てくる。それが現実に起きるとは、非常にロマンのある話だ。記事としての壮大さはさることながら、その情景をどう僕の文章力で再現するか……」

 耐えきれなくなって、九華がすかさず横槍を入れる。

「あ〜もうやめやめ! そんな非現実な話、記事に出来るわけないでしょ! 睡方も、さっき知ったことを言えばいいってもんじゃないのよ」

「あ……バレた?」

「え〜やりたかったな〜」

 その後も四人であれやこれやと言いながらネタを出したが、結局全員の意見が一致しかけたのは最初だけだった。人類滅亡の予言……。帰ってから見たニュース映像が脳内で何度も再生されるので、なんとなくSNSでそういった文言で検索をかけてみた。広がった投稿の数々。画面をスクロールして、情報が下に、また下に流れていく。その一端に、九華は思わず目を止めた。

「中学生死亡 学校から飛び降り 『どうせ予言が来るなら』」

「会社員男性自殺 周囲に漏らしていたのは『予言への恐怖』」

「滅亡症候群 相次ぐジサツは、巷で話題の滅亡の予言のせい?」

 驚愕した。初めて、フェイクニュースであって欲しいと思った。でも違かった。テレビでは報道されていなかった、人々のリアルのようなものがここでは強烈な方向で色濃く出ていた。

 娯楽程度に楽しむ者もいれば、本気で信じてしまう者、またはそれに少なからずも影響されてしまう者もいる。九華は瞼を強く閉じる。強く、限りなく強く瞑り、眉間に皺を寄せる。

 ここには真実が必要だ。自分達が取材を行い、このデマをまずは自分のいる学校から無くさねば恐らく……被害者は増える一方だ。変えなければ。

 それから、すぐだった。テレビに出ていた、預言者と呼ばれる雨宮風句二のSNSアカウントを発見し、自分のアカウントで取材依頼のメッセージを送信した。その手で新聞部のグループラインにもネタの決定の旨を送信。

 いずれも、返信は早かった。他三人の許諾はともかく、預言者と呼ばれる人にこんなにすんなり許諾が取れるとは思わなかった。日時を決め、約束を取り付けて、全てが一気に進んだ。

 スマホをベッドに置き、しばらく天井を見つめていた。寝るつもりだったその目は真っ直ぐ天井を向いており、隠れて見えないはずの星が見えた気がした。それが何座であったかまでは、分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ