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しんぶんしぶ  作者: 氷星凪
第二章
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第0.8話②:鉢、ついに、合わさり

 動揺する想汰の視線をよそに、タプは少し前に進んでは軌跡を埋めるように足で線を引いて土俵を狭めていった。彼は徐々に追い詰められるが、先ほどの睡方、なんなら九華の吹っ飛ばされ方を見ているため、自分から手出し出来ない。気づけば、大きな鼻が彼の膝に付きそうなぐらいまで土俵は狭まっていた。そして完全に逃げられなくなった状態でタプは僅かに足を後ろに引くと、最低限の勢いをつけて彼の胸元へと全身の力を込めた。

「うわっ!」

 そんな小さな助走の突進ででも、彼の体は数メートル程飛んでいき、地面に背中を叩きつけていた。灰白色の煙が舞い上がるの見て、九華は肩を落とす。

「これ、ありなの……?」

「なんであいつはそんな吹っ飛んでないんだよ……」

「あら、お帰り」

 先ほど大きく吹っ飛ばされた睡方がどこからか見つけた灰白色の棒のようなものを地面に突きながら、蹌踉(そうろう)と帰ってきた。想汰への衝撃はそこまで大きくなかったようで、もう既に遠くで体を起こしている。

「タプ! タプ!」

「次は……やっぱりウチっすよね〜」

 タプが鳴き声を上げながら、行司を担っていた由依の方を向く。だが、それだけではなく今度彼女の方へと歩き出し、何やら前足で手招きするような動きを見せる。しゃがむと、タプはその大きな鼻を彼女の耳元へ近づけた。それから彼女は頷くようにしてまるで話を聞く素振りを見せた後、こちら側に近づいてきて。

「ねえ〜! 次は四人で来てもいいよだって〜!」

「とんだ舐められっぷりだな……。でも正直もう俺やりたくないんだけど」

 話を進める睡方に九華は横槍を入れる。

「ちょっと待って由依さん! あのブタ、言葉話せたの!?」

「え、うん。超ちっちゃい声だけどね、なんとなく聞こえた」

「ほんとに!?」

 九華は駆け出して、タプを両手で持ち上げる。そしてその大きな鼻に人間時代に耳があった部分をつけてから、荒っぽく呼びかけてみる。

「なんか喋ってみなさいよ! なんでもいいから!」

「タプ!!!」

「おわぁ!」

 突然耳元で鳴かれて、思わず両手を離す。タプは綺麗に着地したが、彼女は頭にキンと響く声に思わず体を震わせてしまって。

「お前には懐かないみたいだな……」

「くっ……! それを言うなら、あんたもでしょ!? というか、由依さんにだけ懐きすぎなのよ!」

 後から追ってきた二人も合流する。相変わらずタプは由依の元へすぐさま駆け寄っていき、彼女に全身を撫でられて嬉しそうにしていて。

「それじゃあ、タプちゃん? 本当に四人でやってもいいんだよね?」

 反応して地面に足を引き、何やら文字を書いている。その間に想汰も帰ってきて、四人はタプが動く様子を見守る。

「い、い、よ、『いいよ』だって!」

「想汰、これから四人でやるらしいわよ」

「本当に言ってるのか……。だが仕方ない、リベンジを果たしてやろう」

「み、みんながやるなら……俺もやるよ。力になれるかわかんないけど」

 全員で新しく土俵の線を引き、真ん中でタプと新聞部の四人が構える。四人は横並びでじっと前を向く。いつにもなくタプも気合いが入っているようで。由依が腰を下げて構えたまま、声を張り上げる。

「いくよ〜! 見合って見合って〜!」

 生唾を飲む。確かに、四人とタプが見合って。

「はっけよ〜い……のこった!」

 合図と共に四人の体とタプが中心で激しくぶつかりあう。流石の馬力か、四人の力で押してやっとタプの力と同等のような感覚を覚える。中心で押し合ったまま、ほぼ硬直した状態を続ける。だがその最初のインパクトからしばし経った後、やはり元人間ゆえか、こちらの力が段々と弱まってくるのを感じた。

「くっ……! あああああ!」

 睡方が唸り声を上げて必死に押しているがフォームが崩れ始めている。九華も息を漏らしながら、重い鉄扉を開ける時のように全身で押し返すがそれでもタプは隙を見せない。端の想汰も押してはいるがそもそもの馬力が弱いからかそこまで通用しておらず、真ん中で由依が躍起になって奮闘するも虚しく、その列はみるみると後退しつつあった。

「あああああああ!! きっついかも!!」

「私も……! これ以上力入んない……!」

 土俵の縁ギリギリまで追い込まれ、思わず言葉が漏れる。そんな彼女達に向けたか、或いは自分にか、由依は顔を天に向けたまま精一杯腕を振るわせて。

「諦めちゃ……だめ……! こんなところで……押し出される訳には……!」

 タプは体を勢いよく横に震わせて、想汰を場外へと吹っ飛ばす。それでもその直前の彼の一押しで、ほんの少しタプが動いた。そこに漬け込むように、由依は懸命に腕を、足を前へ、前へと進める。そんな彼女の姿を横目に、九華もお腹に力を入れるようにして。

「はあああああああ!」

「タプッ!」

 一度ほんの少し後ろに下がられ、足を蹴って推進した突撃を受ける。体がまた宙に浮く感覚がして、彼女は土俵の外で背中をつけた。だが、それもまたタプを一歩後ずさりさせていた。二人の背中が見える。気づいたら、由依達の方が真ん中よりも先に行っていて、土俵の縁までの距離はタプの方が近くなっていた。

「お、俺もぉおおおおお!」

 睡方はタプの体を両手で強く押したまま、掴んで投げようとした。その滑らかな肌ゆえか中々掴み取れないが諦める様子を見せない。手間取っていたからか、隙を突かれて鼻で体を突き飛ばされ、横に大きく飛んでいってしまい、彼は土俵の外で腹を打った。それでも、彼の視線は残された一人の方へと向いていた。

 由依はタプが自分に意識を向けていなかったその刹那を捉えると、もう一段階力を込め、押し出していく。その桃色の体を、遂に土俵の縁のすぐ側まで追い込んで。四つ足が地面を擦るようにして跡を作り、その跡さえ踏み締めながら彼女は全身全霊で前に進む。土俵に一人残されたゆえの矜持、背後に無数にある引きずられたり、踏ん張ったりした四人の足跡を背負いながら。

「……タプ! タプ!」

「ウチ……いけ……! このまま、いっけぇぇぇぇぇ!!」

 額に流れた汗が白黒マーブルの肌を煌めかせる。叫び声と共に動き出した体は何か技を入れ込むこともなく、ただ愚直に力でそのまま押し込んでいった。勢いのまま土俵から弾き出されたような一人と一匹は、タプが背中をつけた後に、由依も地面に倒れ込んだ。彼女は、四肢を大きく広げて。

「押し出した……。ウチ、押し出せた……!」

 彼女のお腹にタプがぴょんと飛び乗る。負けはしたが、対戦出来たこと自体が嬉しかったようで、変わらずともその場で鳴き声を上げながら何度も跳ねていた。彼女は体を起き上がらせ、そんなタプのことをまた笑顔で撫でた。



「いや〜……まさか勝てるとはね〜」

 体を揺らしながら、こちらに語りかけてくる由依。声がする場所が安定しないのは、彼女が今タプの上に乗せてもらって近場を闊歩しているからだった。

「ま、まあ、最後は時原さん一人でほとんどやったみたいなもんだけど……」

「そんなことないよ睡っち! みんなのおかげだよ」

「というか……私達なんでこんなことしてたんだっけ。早く南東に向かわないと」

「しかし、この前も言ったが南東には十キロメートル行っても何もないぞ。またあの地獄の数十時間を過ごすのか」

「それは、まあ確かに嫌だけど……」

 九華がまた長らく頭を捻ろうとした矢先だった。

「それならさ……タプちゃんに乗せてって貰えばいいじゃん?」

「……え?」

 遅れて、想汰が立ち上がる。

「なるほど……! 確かにそれに乗っていけば、格段に探索のスピードを上げられるぞ!」

「俺も賛成! またあのなっがい道を歩くのは正直ごめんだよ……」

「いや、賛成というかそもそもあいつ、由依さん一人乗ってるだけで精一杯じゃない。私達が乗ることなんて出来ないでしょ」

 そう言うと、突然由依を乗せたタプは九華の元へと近づいてきた。何よ、と困惑していると、足元でまた地面を掘るようにして文字を書いている。今度は、で、き、る、よ、と書いて。

「タプちゃん、フォームチェンジ!」

 由依の掛け声で、タプの胴体が突然後方に勢いよく伸びた。前足二つと後ろ足二つの間隔が異常に広がっており、先ほどまで彼女一人でいっぱいになっていた背中が、悠々と寝転がれるほどのサイズへとまさに形態変化した。

「な、何なのよこれ」

「よくわかんないけど、でもみんなが乗れるからいいっしょ! さあ、乗って乗って」

 促されるままに、三人はそのタプの伸びた背中へとまたがっていく。由依に先頭を譲ってもらった九華はなんとなくタプの顔を見て、会釈してから乗車すると。

「そ……それじゃあ、新聞部出発! 目的地は変わらず、南東方面よ!」

「うっし!」

「了解」

「イエッサー!」

「タプー!」

 九華が合図と共に、手で前を指す。その瞬間、タプは大きな鳴き声を上げると、ぴょんと後ろ向きに飛び、そのまま足を蹴るようにして勢いよく大地を駆け出した。

 そのあまりの速度に思わず体が持っていかれそうになる。徒歩なんかとは比べ物にならないほど、周囲の景色が即座に自分の後ろへと流れていく。

「おわあああああ!」

「ちょ、速! 落ちる落ちる!」

「なんか、酔いそうだな……」

「はや〜〜〜い!! たっのし〜〜!!」

 全身に風が吹いてくるのを感じる。時々聞こえてくる風切り音が、全くと言っていいほど変わらない世界を見るよりも、自分達が凄まじいスピードで走っているのだと自覚させてきて、また体が右に左に、はたまた上下に揺れる。

「想汰! レンズを開いて! この速さで見逃すんじゃないわよ!」

「ああ分かってる! 分かってるからあまり騒がないでくれ」

 想汰が腰のスイッチを押し、顔の中心をせり出させる。体を右に傾け、地平線の先を見ながら、四人と一匹は段々と加速をしていく。その効果はやはり絶大で、数分もしたら、昨日は数時間もかかってしまった十キロメートルを余裕で走り終えていた。

「……まだ何も見えないな」

「了解、そのまま続けて。というかこの子がいて、本当に良かったわね……。何も無いところを二十キロも歩くなんて、考えただけで気が遠くなるわ」

 なんとなく揺れにも慣れてきた感覚があり、自分の膝に肘をついて頬杖をつく。タプの耳を手でなんとなく撫でつつ、静かに心を落ち着かせた。

「あ、あの一個思い出したことがあるんだけど……」

「何よ睡方、言ってみなさい」

「俺が吹っ飛ばされた時にさ、なんとなくその今進んでいる方向側の景色が見えたんだけど。そこ、めっちゃ建物が並んでて、それに……」

「それに?」

 沈黙が続き、彼の次の一言を待つ。そうすると、突然彼は頭を押さえ出し。

「うっ……! うあっ……!? いった……!」

「ど、どうしたの睡っち!?」

「頭が……痛い……!」

「よく騒ぐわねあんた……。先が気になってしょうがないんだけど」

「……ああっ! くっ……!」

「……だ、大丈夫?」

 余りにも唸り声を上げて体を捩らせるものだから、九華も振り返り、心中の心配を思わず漏らす。眉を下げて見ていると、彼は頭を押さえるために乗せた手をゆっくりと前を向けて、絞り出すように訴えかける。

「み、右……!」

「え?」

「右に曲がって……!」

「だ、だめよ。進行方向を外れてしまうわ」

「お願い……! 呼ばれてるんだ……! 多分……!」

 グッと腕を掴まれる。睡方とはいえ、雄々しい力強さを腕に感じて九華は思わず動揺する。昔から彼の勘は当たる。そんなことを思い出すと、しゃがれた声で何回も訴えかけてくるその真剣な眼差しに根負けして、彼女はそっと腕を引き剥がし。

「わ、分かったわよ! タプ! 右に曲がって!」

「タプ!」

 元気の良い返事と共に、勢いゆえか少しドリフトするようにしてタプは旋回する。地面に跡をつけながら今度は直角に足跡をつけ始めると、また加速度的に突進を始める。しばらく走ってから数分。息切れする睡方は、途切れ途切れの言葉を紡ぎ出した。

「はぁ……。はぁ……。収まった……」

「もう、怖がらせないでよ……」

 ごめんごめん、と謝罪を繰り返す睡方。その二つ後ろで安堵する由依。挟まれた想汰がレンズを手で回していると。

「きた! やっと見えた!」

「ほんと!?」

「ああ。しかもこれまでの比にならない建物の量だ。……!」

 想汰が沈黙を見せる。同じパターンに眉を顰めて、九華は当てつけのように後ろを振り向いて口を開く。

「今度こそ何よ!? 急に黙って」

「……来てる。何かが上空を飛んで、こっちに」

 その言葉で、もう一度前を見る。視界の先でぼやけていた地平線が、段々と粒になって形を帯びていく。この世界に来て、また初めての感覚。

 都市だ。大小様々な建物がざっくばらんに立ち並んでいる。規模はそこまで大きくなく、一つの区ぐらいの更に一部というような大きさ。全てが風句二の家のように白化しており、表面は地面と同じような凹凸のある灰白色の石のようなもので包まれている。そして、その上空を飛んでいる何者かの影がこちらに向かっていることも肉眼で捉えられるほど近くなって。

 その姿は、白いワンピース、いや白い布を頭から被って体を覆い隠している翁。薄橙の肌の手足、顔が見えており、自分達が人間だった時の姿に非常に近い。髪の気配がない丸まった顔の上部には、フィクションのような黄色い輪っかが原理不明で浮いており、総じていわゆる天使のような格好だった。

 彼はその背中に大きく生やした白い翼で進んでいる自分達の上を飛ぶと、徐々に降りてきて見下ろす形で高らかに呼びかけた。

「待っていたぞ……。かの神分(しんぶん)に選ばれし子らよ……」

 腹から絞り出すような渋い声とは対照的に、彼は両手を広げると自分達に向かって深くお辞儀をした。

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