表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しんぶんしぶ  作者: 氷星凪
第一章
1/26

第0話:零、いや、信じない



 この世界に神様はいない。そう思うあなたの目に映る景色は、果たして白黒だろうか。


               ────── 一二三一年七月一二日「万象新聞」



 窓から自分の机へと伸びる陽光。教科書が照らされ、そこに闊歩する文字の一つ一つが煌めきを持っているように見える。そのおこぼれを自分の体にも貰い、ふわっと体が暖かくなる。だが今の睡方(すいほう)には、そんな温もりにうつつを抜かしている暇など一切無かった。

「で、あるからに、中世ルモア帝国は一三四九年に滅びたというわけだ。これにて、ルモア一強の時代が終了。だが! 悲しいことに、ここから更に新たに三つの宗教勢力が出てきて、再び乱世の時代に入ってしまうのだ! まさに……日本でいうところの戦国時代といったところか!」

 遅れて、チョークの音がカンカンと響く。すらりと伸びた長身全体を大きく使いながら饒舌に話を進めていくのは、担任の尾崎先生の定番の授業スタイル。それゆえに、油断が出来ない。順番通りにいけば、次の次には自分が指されるだろう。

 狭々しい教室の中に詰められた三十人程度の生徒。皆座りだけはお利口にしつつも、各々手で顔を仰いだり、ノートの端に落書きをしたり、近くの友達と雑談をしたりと好き勝手にしており、喧騒、とまでは行かないが少なくとも静寂ではないことは確かだった。

 そんな中、睡方は跳ねた黒髪を片手でぐしゃぐしゃと潰しながら、教科書の該当ページ上をまだ可愛げが残る黒い双眸(そうぼう)で必死に追い続ける。いずれも何が書いてあるか、彼にはさっぱり理解出来なかった。文字が書いてあるのも分かる、文章も読める、だがその意味が分からない。先生の軽快な喋りが続く中、首にはもう冷たくなった汗が一筋の線を引く。

「しかし、ルモア劇場はまだ終わっていなかったんだ! ルモア滅亡後も歴史におお〜きく影響を与えるのが、ルモアの哲学者、アスタヌティウスの残した、そう、人類滅亡の予言さ!」

 クラス内の視線が一瞬、先生に集まる。生徒同士の声の広がりが更に加速する。その波は先ほどよりも大きさを増し、教室の中に渦を撒き始めていた。

「今、巷で話題になっている人類滅亡の予言、あるよね。テレビとかSNSとかで、一ヶ月後の七月三十一日、人類は滅亡するー! なんてさ」

 先生は身振り手振りを大きく、また何か喋っている。それに反して、睡方はただ呆気に取られた顔で、周囲の生徒の様子を見回し、必死に聞こえてくる声に耳を傾けていた。

「怖いよねー」

「滅亡ってどんな感じなのかな、地球が爆発しちゃうとか?」

「いや、隕石とかなんじゃないの?」

 男女混じって、先生の言っていた人類滅亡の予言やらなんやらについて好きに話し合っている。睡方はそんな物騒な文言が流行っていることすら、今初めて耳にしたのだった。

 焦って、教科書を床に落とす。分厚い紙の束と木の床がぶつかる破裂音が響くが、それは一瞬で生徒達の声の渦の中に飲み込まれていった。拾おうとして、ふと隣の席の女子生徒に視線がいく。

 喧騒に塗れた教室の中で、彼女はただ一人机とにらめっこしたまま、黙々と右手を動かしていた。その右手にはもう人差し指ほどの長さになった黒鉛筆が握られており、それが数枚重なったA2サイズの紙の上をするすると滑っていく。

 どの紙も元々黒色の紙だったかのように文字で埋め尽くされており、書き続ける腕の震えに呼応して、後ろに大きく伸びるポニーテールもぴょこぴょこと跳ねているのが印象的だった。その鋭い眼光は、昔から変わっていないし、今も慣れない。

「今、こうやって君達が色んな議論を行うように、当時の中世の人もそれはそれは困ったんだ。だから今、みんながこの予言を受けてどう思うか、っていう率直な感想をちょっと聞いてみようかな! それじゃあ、次は、瀬尾(せお)君か。はい、瀬尾(せお)九華(きゅうか)君!」

 今度はクラスの視線が一斉に中心に向く。だが、そんな圧迫感に気づくことさえなく、九華はただひたすらに筆を動かし続けていた。再び静寂に包まれた教室内で、異様に響く繊細な音。

 刻々と時間が経つにつれ、彼女に向いていたはずの視線が徐々に自分に集中してきている感じがして、睡方は居心地の悪さを逃すように机の下で両手の指を絡ませたり、外したりを繰り返した。

「瀬尾くーん? あれ、瀬尾くーん? ちょっと、渓翠(けいすい)君、こっち側に戻って来させてあげて」

「……あ、はい」

 先生に呼ばれ、俯いていた顔を反射的に上げる。椅子に座った状態で左腕を伸ばし、彼女の震え続けるその右腕を軽くトントンと叩く。反応なし。もう一度叩いてみる。今度は強く。すると。

「何?」

 腕の動きを止めず、視線も紙に向けたまま彼女は返した。柔らかな、というよりはまだあどけなさの残る声。睡方は必死に両腕を伸ばし、その腕を止めながら、お前当てられてるぞ、と囁き声の範疇に入る寸前の声で何度も訴えかける。

 いくらかして彼女はやっと席を立ち、腰に両手を当ててから、質問の内容をもう一度先生に聞き直す。彼女は目を細め、一度ポニーテールを手で跳ねさせると、嘲笑手前の得意気な顔をした。

「先生。お言葉ですが、人類滅亡の予言など実際あてになんかならないわ。そもそも、このアスタヌティウスの予言が当たっていたら、私達は今ここに立っていないし、それに、このアスタヌティウスの予言は最近の研究でルモア王朝時代に書かれているものではなく、ルモア帝国滅亡後に書かれたものであるという解析がされている」

 一本指を立てたり、動いたりする度に揺れる紺のスカートに白のワイシャツ、首元に赤いリボン。雄弁に語る彼女の姿は、学生服の皮を被っただけのテレビの中で見る大人のようで不思議だった。年相応の幼さを間一髪で担保しているのは、喋る度に上下に跳ねるポニーテールと、一五〇センチメートルといったやや小さめの体躯のおかげでしかなかった。

「つまりこの予言自体が、戦争や争いを引き起こそうとするプロパガンダみたいなものってことね。恐らくどこかの宗教勢力が悪用しようとして捏造した、というような感じじゃないかしら。それに、今回の滅亡の予言とやらも一インフルエンサーが言ったことを鵜呑みにした者達が勝手に広めているだけ。こんな現実離れしたことを信じるという選択肢があること自体が間違いよ、そこに()()なんてないわ」

 睡方含め、生徒全員は豆鉄砲を喰らったような顔で九華の方を見る。先生は眉を下げつつも笑顔を崩さず、その堂々たる姿勢で視線を向ける彼女の威勢を振り払うように両手を再び空で舞わせる。

「なるほど。それが瀬尾君の意見か。授業のネタバレをされたのは悔しいが、非常に生き生きとしていて的を射ている意見だと言えるね。じゃあ、僕から一つ質問だ。君はさっきこの世界で滅亡が起きていないから、今ここに立っていると言ったね。しかし、聖書や神話には滅亡が起きたが、それを神様や神の使いが救ってくれた、なーんて話がある。それについてはどう思う?」

「それは証拠になんかならないわ。実際、そんなのただの物語にすぎないんだもの。リアルよ、リアルに起きた事実こそが絶対的な価値を持つんだから。空想を一々現実に投影していたら、それこそ人類滅亡なんてどんな可能性でも起き得てしまうわよ」

 先生が口角をクッと上げ、その糸目にほんのりと光を宿らせる。チョークを黒板に滑らしながら、彼女の方を向き直る。

「いや、そうだ。世界にはどんな可能性でも、起き得る」

「そんなの嘘よ! 第一、小説や漫画、物語なんて創作の域を出ないんだから! 現実で足を運び、この目で見たものしか私は真実だなんて認めたくないわ」

「それではその物語や創作を書いているのは誰だと思う? 君は最初に言った。解析の結果によって、このアスタヌティウスの予言は戦争を引き起こす、そんな作者の意思を持って書かれた。そう、物語を書いているのも現実の人間なんだよ」

 九華が歯を食いしばる。机をドンと叩き、体を前に乗り出して、生徒と先生といった規律的な関係からはかけ離れた態度の応酬だ。だが、先生はそれを咎めることはなかった。

「だけどその滅亡の予言とかいうのには嘘を使って人を先導しようとする悪意があるのよ! 結局人類が滅亡するというデマを流して人々を怖がらせ、戦いを仕向けた。それで大勢の人が混乱を起こし、戦争に駆り出された人達は亡くなった。こんな酷い話、予言さえ無ければ起こらなかったはずよ!」

「そうだ。だから君が言う、現実に存在する真実が大事という言葉は非常に的を射ている。でも、空想の世界、君が言うようないわゆる嘘や想像っていうのは案外この世には不可欠な存在なんだ」

 体を翻し、先生はそのセンター分けの黒髪をかき分けて真っ直ぐに九華を見る。一方で彼女が先生を見る目は、徐々に俯きつつあった。

「じゃあ、先生は人類が滅亡するとでも思うの!? あの予言を信じるの!?」

「それも半分だ。天災や宇宙からの飛来。核戦争、疫病。はたまた我々が未だ予想もしたことのないような超常現象か。もし起こるとして、君はどうする。そんな危機に瀕した時、僕らが唯一頼れるものと言ったら、それは信条だ」

 先生は胸に手のひらを当てると、生徒を認める時の師らしい微笑みを送った。ゆったりとした口調ながらも、はっきりと耳に響く言葉で続ける。

「現実を見ているだけでは分からない、イマジネーションから来る危機予測、これがまだ物語の乏しい時代には無かった現代の我々の持てる大きな特権の一つとも言えるとは思わないかい、瀬尾君?」

 彼の最後の呼びかけが教室にしばらく響く。静寂が数秒続いた後。彼女はそれから声を発する事はなく、そのままゆっくりと席に座り、椅子の背もたれの半分をポニーテールで覆わせた。

 ふん、という高らかな声を上げると、彼女は腕と足の両方を同時に組み、誰にでも分かるような形でそっぽを向いた。教室内は激論に圧倒され、ポツポツとした話し声だけが浮かんでは消え、また浮かんではを繰り返す。

 尾崎先生は少し申し訳なさそうな顔で片手を首の後ろに添える。論戦で殺伐となりすぎた教室の雰囲気を感じ取り、すぐに仕切り直した。

「はは、まあ瀬尾君の言っていることも勿論正しいよ。けれど、現実だけじゃなくて色んな世界があるということを先生は知ってほしいかな。お、もうすぐ終わりか。じゃあ、最後、渓翠君!」

「え、あ、はい!」

 突然呼ばれ、思わず立ち上がった瞬間に腕が机の下に当たった。熱を帯びた腕をさすりながら、そのせいで頭が全く働かないのを感じる。

「君は、人類滅亡の予言についてどう思うかな」

「あ、え、えっと……」

 クラス中の視線が今度こそ正真正銘自分に向く。跳ねた髪を一生懸命触ってみるが、驚くほど何も出てこない。静寂に耐えられず、睡方は今にも消えそうな声を喉から捻り出す。

「こ、怖いと思います」

 ────キーンコーンカーンコーン。

 自分の一言でクラス中が一斉に笑いに包まれると共に、それを後押しするように終了のチャイムがけたたましく響く。ワイシャツの後ろに、一滴、二滴、三滴と汗が流れ出すのが分かり、顔が熱くなってくるのも嫌というほど感じられた。

「うん、素晴らしい意見だ。ありがとう。それじゃあ、号令!」

 優しく笑う先生の声に導かれるように、睡方は座ってから、かけられた言葉に率直に嬉しくなった。隣で頬杖をつく九華は一度口を尖らせると、こちらを向いて、ばか、と発したように見えた。



「それじゃあ、みんなまた明日! さようなら!」

 先生の号令でホームルームが終わりを告げると、生徒達は学校から解放された自由からか、驚くべきほど能動的に動き出した。

 それはもちろん睡方も例外ではなかった。なにせ今日は彼が待ち侘びていた新作ゲームの発売日なのだ。教室の後方にあるロッカーから軽い足取りで動き、両手で重々しくスクールバッグを取り出す。横に長く伸び、水色と紺で彩られた学校指定の地味なデザイン。真ん中にある晴滝(はるたき)中学校の校章のすぐ両脇にあるプラスチックバックルを外し、手早く教科書を入れようとした瞬間、突然肩を思いっきり叩かれた。

「うわっ!」

 驚いて筆箱の内臓達をバッグの中にぶちまけてしまう。振り返ると、九華がもうバッグを背負った状態で体を半分廊下に出していた。

「帰らせないわよ。じゃ、そういうことで」

 一秒だけ視線を合わせて彼女は過ぎ去り、その場に残された言葉だけが遅れて彼の頭の中に入ってきた。ため息をつきながら一つ一つ鉛筆や消しゴムを拾ってそれらを元に戻し、バッグを背負う。気づけば教室には誰もいなくなっていた。睡方も慌てて廊下へと飛び出し、新校舎の光沢のある廊下に思わず躓きそうになった。

 睡方は、小さくあくびと共に階段を降り、一階の連絡通路から旧校舎へと足を進めた。地方の学校だからか、木製の壁の所々剥げているところからささくれが飛び出しており、ここを通る度に指に切り傷をつけてしまった時のあのジリジリとした痛みを思い出す。

 そんな校舎の、二階にある唯一陽の当たる教室。その小部屋の古びたドアの前にでかでかと貼ってあるのは、A2の真っ白な方眼紙の真ん中に太めの黒いマジックで書かれた文言。

「晴滝中学校新聞部 いつでも入部歓迎 真実を求める人へ」

 文字だけで伝わる威圧感が、誰が書いたのかを安易に想像させる。軋むドアを開け、睡方の目に飛び込んできたのは至極いつも通りの風景だった。

「……うっす」

 木の床。窓には白いカーテン。その他諸々ロッカーや元々教室だっただろう面影を残しつつも、それ以外には何もない殺風景な部屋で、そんな部屋を飾り付けるように壁に貼られているのが、今まで新聞部で作ってきた壁新聞の数々だった。

 ピッタリとくっつけられた四つの机とそれぞれに対応した椅子群が、部屋の中心にひし形で並べられている。その一席を埋めている張本人は、また懲りずに右手を動かし続け、手の側面を黒鉛で染め上げていた。睡方の挨拶を意に介さず、真っ白な紙に文字を埋め尽くしていくその滑らかな動きは、誰に褒められたいからでもなく、ただそういうものとして彼女の体にくっついていた。

 睡方は鼻からため息を吐くと、彼女の座っている菱形の頂点の隣にある机を自分のものにしようとして、荷物を下ろすとすぐに机の上に筆記用具を並べた。並べただけだった。

 頬杖をつき、腕を動かし続ける九華の方を見てから、もう一度あくびをする。目線を固定し、黄昏れる寸前の状態だった、それほど居心地が良いのか、はたまた単にやる気が無いのか。何しろもう放課後になってから時間が経っているのに、全員が揃っていないのだ。暇つぶしに、睡方は彼女の書いている文章の内容を覗き見する。

「なんか今日は、やけにいっぱい書いてんだな」

 彼女はまたも目線を紙に向けたまま、書く動きを止めずに答える。

「あの尾崎とかいうバカ顧問……先帰りやがったのよ。部室に来たら、授業の続きの話をたっぷりしてやろうと思ったのに……」

「あー……今日の授業のことか……。それで、ストレス発散ってこと」

「そうそう。しっかし、人類滅亡の予言なんてオカルティックなものまで授業で取り扱うなんてね。まあ、どうせあんたはそんな予言の存在すらも知らなかったんでしょうけど」

「は、はあ!? 知ってるよ! めっちゃ知ってるし」

 睡方が虚勢を張り、思わず語気を荒くして九華に反論すると、彼女は腕の動きを止めてから、ペンを机に転がしてようやく視線を合わせてきた。自分の手についた消しゴムのカスを払うようにしながら、片手間で浴びせる視線にしてはその茶色い双眸(そうぼう)を鋭く、そして強く光らせた。

「へえ〜じゃあ、どんな予言か言ってみてよ」

「え……? えっとなぁ……うんと……」

 反論と同時に勢いよく組んだ腕はすぐさま崩れ、右手は自分の癖っ毛をくるくるといじり始める。目線が泳ぐも、視界の中には常に彼女のまっすぐな瞳が見切れていて、その圧迫感に耐えかねた睡方は無意識に声を出すことだけに専念した。

「なんか……やばいんだろ? そう、先生が言ってた、あのなんか隕石が落ちてくるとかで、なんか人がめっちゃ死ぬ的な」

 机の上のペンが九華のため息で緩やかに転がる。失望というよりは、予想通りといった感じであまり彼女は表情を変えないままポニーテールの結び直しを始めた。

「あんたってほんと、温室育ちなのね」

「……ん? おんしつ、そだち、って何?」

「まあ、要するに社会性がないってことよ」

「社会性、社会性……か」

 頷き続ける自分を見て、九華は今日一番大きく肩を落とした。なんでかは知らないが、社会性という言葉が理解出来なかったことがバレたらしい。授業で習った覚えがないので、なんでそんな言葉を彼女が知っているのかは些か不思議に思う。

「ていうか、あと二人はいつ来るんだよ? 今日は全員集合の日ってお前が決めたじゃんか」

 九華は顔に疲れを浮かべた状態で、ん、と言い、隣の机を指す。その瞬間、自分の向かいの机の上に小さな紙が置いてあるのが見え、睡方はそれを手に取って目を通す。そこには、ボールペンで書かれた丸文字が連なっていて。

「今日はやっぱ行けそうになかったんでかえりま〜す ゆるしてくれっち! (新キャラ登場) 由依」

 眉間に勝手に皺が寄る。もう一度頭から読んで、内容を入れる。

「え、何これ?」

 遅れて意味を理解して、立ち上がる。椅子が揺れ、床に寝転ぶように倒れて。

「えっ!? 時原さん、帰っちゃったの!?」

「気づくのおっそ」

 睡方の持っている紙を簡単に取り上げると、九華は足を組み、片方の手でその紙の端を何回か指で弾く。部屋に残る空席の二つを埋めるようなパチンパチンという紙の弾く音が聴こえ。

「はーあ、ほんっと勝手なやつばっかで困っちゃうわ全く。……文章の意味も理解しかねるし。それに、あの屁理屈意地悪妄想大好き眼鏡野郎も来てないしね」

「え……? ああ、儘波(ままなみ)君のこと?」

 そうそう、と言わんばかりの相槌をしながら、彼女はぐーっと伸びをする。そのまま後ろに手を組むと、椅子に寄りかかるようにして視線を虚空に移した。

「こんなんじゃ先が思いやられるわ。部員は二年生の私達四人だけ。二人はどっかに行っちゃうし。唯一部員が集まったと思ったらバカだし。」

 視線がわざとらしくこっちに移る。いい加減頭に来て、睡方は椅子から勢いよく立ち上がり。

「だから、バカじゃねぇって言ってん」

 睡方が否定しようとした瞬間、突然大きな音が鳴った。

 ────ドン。

「うわあああぁあぁあ!!」

 九華は思わず背を伸ばして目を大きく開けると、旧校舎中に広がるほどの絶叫を響かせた。睡方は全く声を出せないまま、つま先を床に引っ掛けそのまま尻餅をついた。

 部屋の隅の掃除用のロッカーが開いた音だった。立ち上がって確認すると、そのロッカーから飛び出してきたのは、長身で細身の色白の女子。一重で切れ長の茶色い双眸(そうぼう)を笑顔で細めながら、こちらに向けた人差し指をくるくると回して近づいてくる。

「言ってくれたな〜九っち! 罰としてちょいと驚かさせてもらったわ!」

 余韻としてロッカーが開いたり閉じたりしながら、軋む音を鳴き声のように響かせる。九華は驚いた瞬間に飛び出した両手を胸に密着させ、息を切らしていた。

「はぁーっ……。はぁーっ……。あんた……いたのね。てか、いるんならこの書き置きは何なのよ!」

 紙を手に持ち、驚きでアドレナリンが放出された状態で語気を強くする九華。由依は睡方の向かいの席に座ると、ウルフカットの茶髪を耳にかけ、両手の人差し指で口角を上げた。

「いや本当は最初に行けなかったんだよ〜。それでこれ書いたんだけど、途中で行けるようになったからあそこにいました!」

「じゃあこれを捨てなさいよ!」

「え〜なんでよ、せっかく新キャラがいるのに。ほらほら〜」

 二人が肩を寄せ合い、その紙を見ながら口喧嘩(というより一方的に九華が言ってるだけだが)を始めている。睡方は先ほどの驚きをまだ引きずるように、瞬きを繰り返し行い、頭を抱えていた。九華は由依との話に地団駄を踏みながら紙をしまうと、目線を一瞬空に戻してから彼女に質問する。

「そういえば、あいつ見なかった? あの、屁理屈意地悪妄想大好き……」

「ああ〜想っち? 想っちなら、そこにいるよ〜」

 由依がその白く長い指で指したのは、風でゆらめく白いカーテンだった。九華が首を傾げながら、立ち上がってそのカーテンを勢いよく開けると、そこには窓に沿うようにヘリに座って本を読む、丸眼鏡をかけた小柄な男子がいた。

「うわ、出た」

「出たってなんだ、君が出したんだろ?」

 九華の問いにも飄々と答え、軽々と窓から降りる。想汰は片手を腰の後ろに、片手で本を持つ、という姿勢を維持しつつ、呆れたような顔で九華の方を見ていた。歩き出し、空いている席に座ってもその姿勢は変わらなかった。

「いい加減やめなさいよ。そんなとこで読むの」

「物語を嗜む時には視界にノイズを入れたくないんだ。あともう一つ。僕にはちゃんと、儘波想汰っていう名前がある。そのよく分からない名称をつけて、僕をこねくり返そうとしないでくれ」

「人をこねくり返そうとしたことなんて、一度もないし……!」

 放っておくと、今度は九華と想汰の言い合いが始まってしまった。しばらくそれが続くと、由依が首を前に出して眉間と目を細める合図のようなものをこちらにしてくるようになった。

 全く意味は分からなかったが、とりあえずこの場を収めようと睡方は慣れない咳払いを一度する。その様子を九華に嘲笑されて、思わず髪を掻きむしった後に負けじと彼は口を開いた。

「と、とりあえず! 全員集まったんだから! やるんだろ? いつもの!?」

 言われて動きを止めた九華の隙を突いて、想汰が口を開く。

「そうだ部長。こんなくだらない口論をしている時間があるなら……」

「ああもう分かったからそれ以上言うな! よし何はともあれ集まったんだから、早速やるわよ」

 九華は三人それぞれに視線を合わせてから、木製の机を手のひらで小気味よく二回叩いた。机の引き出しを入れる部分の空洞からわずかながら金属音が響き、空気がほんの少しだけ緊張を纏う。

「それではこれより、晴滝中学校新聞部、第十回定例会議を開始します!」

「オー!」

「お、おー……」

「……ふっ」

「そろそろ揃えなさいよ……」

 九華の呟きを皮切りに、今日も新聞部の活動は西陽と共に始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ