第6話 次のステップへ
仕事を終え、俺とフリードはスゥエン村に帰還した。
屋敷で助けた女性も俺達と共に村へ向かい、彼女もこの村で暮らすことになったのだが、最初にすることは彼女の姉を埋葬することだ。
屋敷から回収した姉の死体は事前に用意してもらっていた埋葬地へと村の男達の手で運ばれた。
村人が見守る中、棺桶に入った姉の死体が墓穴に入れられる。
「貴女のお姉様が女神様の元へ迷わずいけるよう、祈らせて頂きますね」
「……はい」
棺桶を見下ろす魔人女性の目には、やはり涙は浮かばない。
村の聖職者が祈りを捧げて弔いが終わると、村人達が彼女に近付いていく。
「しばらくは診療所で治療を受けるんだろう? その間に家を作ってやるからな。どんな家がいいか希望があったら言ってくれよな!」
大工の親父は普段と態度を変えず、ニカッと陽気な笑顔を見せながら言った。
「ご飯はちゃんと食べられるかしら? 好きなパンはある? 私達が焼いてあげるからね!」
飯の心配をするバーバラさんも「この村にいれば心配ない」と彼女に寄り添う。
女性は自分が歓迎されていることに戸惑っているようだが、しばらくすれば村での生活も慣れるだろう。
それに、人の優しさにも。
お節介ってくらい人が良い村人と接していれば、彼女はまた泣けるようになるかもしれない。
そうなった時、彼女は自ら酷い過去に区切りをつけるだろう。
区切りをつけて、この村の住人として笑いながら過ごせるようになって欲しい。
村人達に囲まれる彼女の姿を見ながら、そう思った。
◇ ◇
「イヴ、ちゃんとリリの言うことを聞いて留守番できたか?」
フリードと共に家へ帰ると、出迎えてくれたイヴに目線を合わせながら問う。
「…………」
彼女はコクンと小さく頷いた。
そんな彼女の頭を撫でながら、リリはイヴの様子を語ってくれる。
「ちゃんといい子にしていましたよ。私の言うことも聞いてくれましたし、作った食事も残さず食べてくれました」
昼間は一緒に家の中で絵を描いてみたり、村の子供達と外で遊ぶこともあったようだ。
夜はリリと食事を摂ったあと、二人で風呂に入って一緒のベッドで眠ったらしい。
「本当の親子みたいでした♡」
リリはイヴを後ろから抱きしめてニコリと笑う。
「パパとママ、娘の三人暮らしも悪くないと思いません?」
ただ、目が笑っていない。
獲物を狙う肉食獣の目と瓜二つだ。
「そのうちな」
適当なところで流しつつ、それ以上追求されないようにリュックの中から土産を取り出す。
イヴが大好きなトット菓子店のクッキーだ。
計二十枚入りのクッキー缶を取り出してイヴに見せてやると、彼女は無表情のまま体を仰け反らせる。
イヴ目線では神々しく光っているであろうクッキー缶を前に「こ、これは……!」と言わんばかりのリアクションだ。
「…………」
クッキー缶を受け取ったイヴは、俺の顔とクッキー缶を行ったり来たりさせる。
中のクッキーを食べたくて仕方ないって顔だ。無表情だけど。
「俺達は大人同士で話があるから、イヴはクッキーを食べて待っててくれ。ただし、今日は三枚まで!」
俺は三本の指を立てながら何度もその数を強調した。
こうでもしないと全部食いかねないからな。
「…………」
イヴは何度も頷いた。
いつもより頷く速度が速い。
クッキー缶を大事そうに抱きしめるイヴをダイニングに残し、俺達大人は俺の書斎へと移動する。
「グッテン伯爵を捕縛したところまでは情報が届いていますが、その後はどうでしたか?」
ソファーに座ったリリがため息を吐きながら言った。
自国の貴族が悪事を働いていたこともショックだろうが、若い女性を食い物にしていた事実と同盟国が共同で出資する支援金も懐に入れていたのだ。
これからの処理を考えると頭が痛い、といったところか。
「野郎が黒商人のソーンハイムと取引していたのは事実だ」
情報源であるモートンが推測していた通り、グッテン伯爵は死体から臓器を抜き取って黒商人ソーンハイムへ売っていた。
グッテン伯爵領が殺した難民の数は三十人以上。人種問わずだが全て女性。
取引が始まったのは今から三か月ほど前だったが、取引回数は三回と少ない。
取引の日程は全てソーンハイムから指定され、グッテンはそれに合わせて処理を行っていたと自供した。
「……ひどい」
リリが顔を伏せる。
事実、酷い話だ。
三十人もの人間が底なしの欲望を満たすため食い物にされたのだ。
その報いを受けるべく、悪党は死んだ。
俺達が殺した。
しかし、グッテンが死んだからハッピーエンドとはならない。
俺達が追う黒幕――動物や人を魔物に変える謎の液体を作り出し、魔王国を陥れた真犯人を特定して殺すまでは終われない。
「終戦以降、俺達は大陸内の悪事を追って来た。これまでは空振りだったが……」
ジュリアルドを殺害して以降、俺達は黒幕の正体を暴くために着々と準備を続けた。
クラナダ王国と同盟国が終戦宣言を敢えて遅らせ、魔王国内の状況と魔物の討伐を全面的に押し出してアピールしている中、俺達は裏でブルーアイズの結成や情報収集に関する基盤を築いた。
情報収集が開始され、黒幕を暴くための準備が完全に整った時点で終戦宣言。
既に本格開始された監視と情報収集体制の下、大陸内に蔓延る悪党共を追って始末してきた。
ただ、どれも本命とは関係無く空振りに終わっている。
これまで始末してきた悪党共は、どれも金絡みであったり、膨れた欲望を満たさんとする私利私欲な者ばかり。
戦前から続けていた犯罪、戦後の混乱を利用した犯罪など、人の歴史を俯瞰して見れば当然の如く発生するであろう悪事ばかりだ。
しかし、ようやく次に繋がりそうなヒントを掴んだ。
人の臓器という共通事項。
魔物へと変える謎の液体を生成するための材料、それが取引されている。
「臓器の売買はソーンハイムから提案され、グッテンは金欲しさに提案を受け入れた」
フリードが語る通り、当初のグッテンは支援金を目的とした犯行を続けていたが、どこからか噂を聞きつけたソーンハイムが直々に営業をかけてきたらしい。
ソーンハイムは難民を「ただ使い潰すのでは勿体ない!」と熱弁し、自分に死んだ難民の臓器を売るよう提案。
「曰く、ここ最近で需要が高まったとソーンハイムは言っていたらしい」
需要が高まった。
つまりは高く買う、という約束だ。
グッテンは提示された金額に心奪われ、二人は正式に取引条件を交わしたという。
「ソーンハイムはどこからグッテンの情報を得たのでしょう?」
「グッテン曰く『商人の嗅覚』だとさ」
リリの質問に肩を竦めながら答えたが、これはマジでグッテンがそう言っていたのだ。
本人は騎士を抱き抱えていたこともあって秘密はバレていなかったず、と。
しかし、どういうわけかソーンハイムだけはその秘密を見破った。
謎だ。
だが、商人の嗅覚――金を求める商人という生き物が独自の力を持っているのも事実。
仲間であるサイモンも独特と言える商才を持っており、それを活かして商会を大きくしてきたのだから。
善悪違えど商人は商人。黒商人と呼ばれるソーンハイムにも独特な力が備わっていても何らおかしくはない、と俺は思う。
「ソーンハイムはどこに臓器を卸しているのでしょう? 黒魔術信仰組織? それとも私達が追う黒幕でしょうか?」
「当然ながらグッテンは知らなかった」
野郎の爪を手足全部剥いでも泣き叫びながら「知らない」と言い続けたのだ。
まぁ、有名な黒商人がそう簡単に顧客情報を口にするはずもないと期待はしていなかったが。
「ソーンハイムの顧客リストに黒幕の名前があるといいが……。あるいは、黒魔術信仰組織が黒幕か。ソーンハイム自体が黒幕ってオチもあり得る」
全部関係ありませんでした、ってのが一番最悪なパターンだ。
「うーん……。ソーンハイムについては分かりませんが、黒き魔の手は王家の耳にも届いている黒魔術信仰組織ですからね。前に騎士団から報告を受けましたが、それなりに大きな組織ですし」
リリ曰く、黒き魔の手は漆黒の月が解散したことによって、クラナダ王国周辺において最大の黒魔術信仰組織として成り立っている。
つまり、クラナダ王国内外にいるイカれ野郎共がとことん集まった集団ってわけだ。
「構成員の中には元錬金術師ですとか、元傭兵だとかもいるようです」
規模が大きいということは人手も多く、そして力も知識も集まってくる。
「俺の情報だとパトロンも多いみたいだぞ。貴族やら商人やら」
フリードの情報網によると、黒き魔の手を支援する者も多いという。
中には貴族や豪商もいるらしく、資金的にも潤沢なようだ。
「ですが、黒魔術信仰組織は騎士団の最重要監視対象です。聖ハウセル教会からも監視されているのですよ?」
昔から存在する異端組織の監視は騎士団が担当。
ブルーアイズも黒魔術信仰組織に関する情報は、騎士団から受け取っているという状態だ。
「異端行為が見つかれば、組織は即刻潰されてしまいます」
黒魔術信仰組織も馬鹿じゃない。
ヤバいモンを扱っていると国や教会にバレたら問答無用で即終了だと理解しているはず。
「仮に黒幕が黒魔術信仰組織じゃなかった場合、魔王国を堕とした連中が目立つ組織を利用するか?」
フリードの疑問はもっともだ。
これまで一切の情報を露呈させなかった黒幕からすればずさんな行動と言えるだろう。慎重さに欠ける。
「これまで黒魔術信仰組織が怪しい、なんて情報は無かったしな」
ブルーアイズ結成以降、黒商人と黒魔術信仰組織に関する目立った情報は入ってきていなかった。
今回のような関連性を騎士団もブルーアイズも見過ごすはずがないが、ここへ来て露呈したのはグッテンというアホがいたおかげとも言えるのだろうか?
「逆に黒魔術信仰組織が犯人だった場合、大胆な行動に出たとも考えられるのでしょうか?」
黒幕の計画に関連する者が増え、そのせいで情報を掴めた?
「あるいは、勇者の死と聖剣の破損、その両方が効いているってことか?」
リリとフリードは俺に顔を向けた。
俺の考えた偽装の効果が出てきたってんなら嬉しいが……。
「向こうも大胆な行動に移せるようになった。あるいは……駒を増やしたい状況になった?」
黒幕の最終目標は不明だが、組織の人間だけじゃ手が足りなくなったとか?
外部組織を利用して計画を進めねばならないほどの理由ができた、あるいは時間が必要になったとか?
「どちらにせよ、情報が足りない」
現状では意味のない推測を繰り返すことしかできない。
もっと情報が必要だ。
「とにかく、次は黒き魔の手とソーンハイムを調べよう」
次のステップは決まった。
浮かび上がった両者を徹底的に調べ上げる。
「黒き魔の手に関しては私が兄様へ伝えておきます」
「ソーンハイムに関してはブルーアイズがやろう。サイモンにも協力してもらって調べさせる」
二人の言葉に頷きを返しながら、俺はコップの中にあった酒を飲み干した。
「何か掴め次第、すぐに動く」
こうして、俺達は次の計画に向けて動きだした。
話し合いが終わったあと、俺はコップの中身を補充するためにキッチンへ向かう。
ついでにイヴの様子を見ておこうと思ったのだが……。
「―――」
俺がキッチンに足を踏み入れた瞬間、イヴはタイミングを見計らうようにクッキー缶の蓋を閉めた。
彼女は振り向きすらしない。
「…………」
テーブルを回り込んでイヴの顔を確認すると、口の周りにはクッキーのクズが付着している。
テーブルの上にもクズが散乱している。
それらの情報を俺は見逃さなかった。
「イヴ、約束した数以上食べていないよな?」
「…………」
イヴは手に持っていたクッキーを俺に見せつけ、無表情で「これが約束の三枚目だ!」と言わんばかりの態度。
それを大事そうに握り締め、イスからぴょんと飛び降りた。
彼女は振り返りもせずに廊下へ向かっていく。
その背中に一度視線を送ってから、俺はクッキー缶の蓋を開けた。
「おい、イヴ! 全部食ってんじゃねえか!?」
中身は空っぽだ。
俺の分までない。
慌ててイヴに顔を向けると、彼女は俺をじっと見ながら握っていたクッキーを一口で口の中に押し込んでしまった。
リスのように頬を膨らませた彼女は口の中でザクザクとクッキーを咀嚼し、ゴクンの飲み込んでから自室へと逃げ込んでしまう。
「……ったく、しょうがねえ天使様だ」
うちのガキもなかなかの悪党じゃないか。
俺はため息交じりに酒をコップに注いだ。
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