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閑話 悪だくみ


 魔王戦争勃発直後、クエントリカ魔王国と接するクラナダ王国は訳も分からないままに大打撃を受けた。


 宣戦布告直後にクラナダ王国西部へ大量の魔物が進出し、国境沿いにある街は陥落。


 生き残りは皆無と報告されるほど蹂躙され、その後も西部貴族達が魔物を何とか押し留めるもジワジワと前線は押され続けていってしまう。


 前線を抜けた魔物も多数おり、それらは別地域で国民を襲う事態も発生。


 大混乱の中で何とか形にできたのは偏に優秀な王の采配があったからだろう。


 それでも戦力差は明確だった。


 クラナダ王国は同盟国からの支援を受けながら前線を維持するが、前線では「この地獄は永遠に続くのではないか?」というほど苛烈な戦闘が毎日続く。


 殺しても殺しても、魔物は闇の霧に覆われた魔王国領から現れ続けるのだ。


 クラナダ王国と同盟国が「大元を叩くしかない」と決断するのも遅くはなかった。


 開戦から一年、クラナダ王国主導の『魔王討伐計画』が遂に開始される。


 聖剣を扱える勇者ゼノ・アイゼンハーグを筆頭とした、彼の仲間を加えた突入部隊――勇者パーティーが西部へと進行。


 西部最前線を越え、闇の霧に覆われた魔王国領へと侵入する。


 この際、不可侵の霧を払う役は聖ハウセル教会の聖女リジュだ。


 聖ハウセル教会が保管する禁忌指定聖魔術を使い、闇の霧に穴を開けた。


 ――仲間の一人である義賊フリードは当時を振り返ってこう語る。


『当時の世論は魔王と魔王国人皆が悪だと思っていたが、それは大間違いだった』


 突然の宣戦布告、確かな実害。


 それらを見た『こちら側の人間達』は皆が皆「魔王国の人間は侵略者だ!」と声を上げていた。


 しかし、霧の向こう側に突入した勇者達が見たのは『地獄』だ。


 魔王国内にも大量の魔物が蔓延しており、魔物達は魔王国内の人間達も襲っていたのである。


「あ、あの化け物は中央から徐々に流れて来て……! 最初は騎士や傭兵が退治してくれていたんだけど……」


 魔王国内でもまた、戦いは起きていた。


 魔王国騎士団や傭兵、自警団といった武装組織と魔物が繰り広げる戦争だ。


 ただ、魔物の方が戦闘能力も数も優れている。


 魔王国民を守る騎士や傭兵の数はジリジリと減っていってしまい、生き残った者達は食料をかき集め、身を隠しながらまとまって生活していた。


 毎日毎日魔物に襲われないかとビクビクしながら生きながらえてきた人達の顔は、魔王国の外で暮らす人達よりも酷いものになっていた。


 その現実を知った勇者達は当然ながら魔王国国民に問う。


「どうして霧を抜けて逃げてこなかったのか?」


 その問いに対し、返ってきた答えは「我々は霧を通過できなかった」だ。


 魔王国国民もまた、魔王国領土内に閉じ込められていたという事実。


 しかも、彼らは他国に対して魔王国が宣戦布告した事実さえ知らなかった。


 加えて、宣戦布告が行われた同日、タイミング的には宣戦布告直後に魔王国が黒い霧に覆われたという事実も発覚したのだ。


 事実が発覚したことにより、勇者達は初めて魔王国国民は敵ではない、自分達と同じ被害者であると知った。

 

 ――そこまで振り返り、フリードは続けてこう語った。


『魔王国民も被害者なら、真の敵は魔王だと思っていた。魔王の側近である貴族達も。国民の意見を無視して、一方的に戦争を起こしたんだとね』


 フリードは大きなため息を吐き、言葉を続けた。


『だが、それも間違っていた。最後まで魔王を信じていたのは勇者ゼノとバーニ国王陛下だけだ』


 事実を知った勇者パーティーは倒すべき敵のいる魔王城を目指して進み、遂に城のある魔王都へ辿り着く。


 魔王都内に蔓延る魔物を討伐しながら城に突入する勇者達だったが、ここでも新たな事実が発覚する。


 城の中にいたのは大量の魔物と捕まった国民達。それに大量の動物。


 人間は平民貴族問わず、魔王城には多数の人間が捕らわれていた。


 同じく捕獲されて檻に入れられている動物達も種類問わず様々。


 人間と動物が捕らわれていた理由、それは『魔物の材料』として使われていたからだ。


 捕らえられていた人から事情を聞くと、始まりは――魔王都内に突如として魔物が出現したという。


「ほ、本当に突然の出来事だった……。魔王都の中心部に化け物が出現して、騎士団の人達もどんどん喰われて……」


 魔王都内に出現した魔物は瞬く間に魔王都と城を制圧。


 その後、魔王都住民と貴族達は魔物を使役する『謎の人物達』によって捕らえられた。


「や、やつらは私達に変なものを注入するんだ! 血のような赤い液体を! それを打ち込まれた人間は化け物になっちまう!」


 最初は動物。


 魔王国を陥れた人物達は謎の液体が入った注射器を動物に注入。


 すると、注射を受けた動物は変異して化け物――魔物になってしまうという。


 それらの行為は動物を魔物化させると同時に『実験』しているようにも見えた、と語る。


 そして、その実験は遂に人間にまで及んでいった。


「あ、あいつらは! 人間の血や臓器を抜き取っていくんだ! 化け物に殺された遺体や生きた人間から臓器を奪い取るんだよ!」


 顔色の悪い魔人貴族は「私の妻は目の前で殺され、臓器を抜き取られた」と頭を抱えながら語った。


「じゃ、じゃあ……。この戦争は魔王が仕掛けたものじゃないのか!?」


 動揺した勇者の仲間が問うと、捕まっていた魔人達も動揺を見せる。


「せ、戦争!? 何を言っているんだ!? 魔王様だって捕まって……!」


 これまでの道中で出会った国民達は皆揃って戦争中という事実を知らなかった。


 だが、ここへ来て魔王都で生活していた貴族達も関与していなかったという事実が発覚。


 それどころか、周辺国に宣戦布告の旨を伝える伝達魔術――魔力で生成された鳥を飛ばして相手に伝えるもの――を用いた魔王すらも捕らわれているという。


 ――勇者達は魔王戦争の裏に真犯人がいると知る。


 本当の敵は魔王国を奇襲した謎の人物達であり、魔王国は利用されたのだと。


 黒幕の正体を解き明かすべく、勇者達は魔王城の玉座に向かった。


 そこにいたのは、謎の液体を注入されて化け物へと変貌した魔王と大量の魔物。


 そして、黒いローブを着た人物だった。


 勇者達は瞬時にローブを着た人物が黒幕だと察する。


 大量の魔物を退け、あとは魔物化した魔王のみとなった時。


「やはり、聖剣は厄介だ。それを扱う勇者も」


 黒いローブを着た人物はそう言い残し、足元に魔術式を構築した。


 ――当時を振り返りながら語るのは、勇者の仲間であり大陸最強の魔術師ヨシュア・ヘンダーソン。


『あれは失伝魔術(ロストマジック)だ。人を任意の場所に転移させる魔術、転移魔術に違いない。奴らは人を魔物化させる薬物だけじゃなく、既に失われた魔術まで扱っている』


 黒幕と思われる人物は最後に魔物化した魔王へ勇者達を殺すよう命じ、その場から消えた。


 その後、勇者は魔物化した魔王を追い詰めた。


 最後のトドメを刺す瞬間、魔物化した魔王は自我を取り戻す。


「私を、殺して、くれ……」


「どうか、頼む……。国を、国民を陥れた敵を、私の代わりに討ってくれ……」


 魔王は勇者に願いを託し、託された勇者は魔王に最後の一撃を下した。



 ◇ ◇



 仲間達に「勇者は死んだ」と大々的に伝えろと頼んでから、俺は密かにクラナダ城に戻った。


 薄暗い国王の執務室――親友のバーニ・クラナダは俺が生きていたことに大層驚いていたが、そこで彼に今後の計画を伝える。


「バーニ、俺はジュリアルドと約束したんだ。魔王国の人々と()()を陥れた真の敵を討つと」


 瞼の裏にこびり付く悪夢。


 学生時代、共に過ごしたジュリアルドをこの手で殺すというクソみたいな現実。


 共に過ごした親友を殺す、と決断したバーニの表情も。


 どれもこれもクソだ。


 クソみたいな現実で、悪夢だ。


 俺はこれを終わらせなきゃいけない。


「そ、それは理解したよ。でも、どうして君が死んだことに? 話を聞くに、相手は勇者と聖剣を恐れているようじゃないか」


 窓の外に浮かぶ双子月を背景に、バーニは青い目に動揺を浮かべながら問うてくる。


「そうだ。俺は恐らく、抑止力になる」


 相手は勇者である俺と聖剣の力を恐れていた。


 それは単に『魔物に対して絶大な力を誇る』からだろうか?


 それとも別の要因があるのだろうか?


 真相は謎だが、敵が勇者と聖剣を恐れているという事実だけは確かだ。


「だったら、君がいれば! 敵は――」


 そこまで言って、バーニはハッとなる。


「抑止力になりすぎるというのかい? 君がいる間、敵は隠れ続けてしまうと?」


「恐らくな。今回、敵は大胆な行動に出たが、俺達に阻止されたんだ。一度失敗した」


 敵の最終目標が何なのかは不明だが、国一つを陥れるほどの計画を実行した者が次も大胆に動くとは思えない。


 勇者というリスクが存在する間は、より慎重に動くはずだ。


 ならば、相手が少しでも油断するよう偽装する。


 勇者をリスクと捉えるならば、そのリスクは排除されたと。


 勇者本人は魔王と共に相打ちとなり、激闘の末に聖剣は折れて破壊されてしまったと。


 大々的に伝えて、敵の耳に入るよう。敵が信じるように偽装する。


「俺達は事前に情報を掴めなかった。魔王国が支配される気配さえ」


 魔王国に敵が侵入したことも、敵が転移魔術というロストマジックを持っていることも、魔物という驚異の存在さえ。


「敵は魔物を作り出す際、事前にテストしたはずだ。それすらも俺達は知り得なかっただろう?」


 人を魔物に変えるという非人道的な行為。


 それを成すのは謎の薬物だ。


 ぶっつけ本番で、なんてことはあり得ない。


 事実、動物を魔物化することには成功していた。成功したが故に魔王国を奇襲したのだ。


 つまり、それよりも前から『魔物化』のテストをしていたのは明白だし、薬物を生成するには材料や機材、研究室だって必要だろう。


 今回の件に繋がるであろう要素を事前に察知することができなかったのだ。


「何一つ、俺達は掴むことができなかった。暢気に平和ボケしていたんだ」


 ――次も同じように動かれたら、俺達はまた後手に回って同じ惨事を経験することになる。


 そうならないよう、手を打つ必要がある。


「また魔王国と同じことが起きてみろ。俺達はどんどん不利になっていくぞ」


 今回の戦争で多くの兵士・騎士が死んだ。


 西部戦線を保つのもギリギリだったし、瓦解すればクラナダ王国王都が堕ちてもおかしくはない状況だった。


 そんな状況だったにも関わらず、同盟国が一つでも滅ぼされてしまったら。


 俺達の戦力はガタ落ちだ。


 次は勇者がいくら奮闘しようとも持ちこたえられないかもしれない。


 それと、俺の懸念はまだある。


 敵との戦いが長引いた場合だ。


「俺は運良く聖剣を扱えた。だが、次の勇者が誕生する保証はない」


 俺のガキが次の勇者になれるのか? それとも俺みたいに偶然、聖剣を握ってその力を扱える人物が現れるのか?


 そんな保証はどこにも、一切ない。


「次はない」


 俺はバーニに振り返りながら言葉を続ける。


「今、俺が始末をつける」


「……君が勇者だからかい?」


「いいや」


 俺は勇者に相応しい人間か? 勇者になるべく生まれた人間か? 正義を体現するほど出来た人間か?


 どれも否だ。


 俺が勇者となったのは単なる偶然で、勇者になるべく生まれたわけでもなく、勇者という人物像に相応しい教育と生き方をしてきたわけでもない。


 だが、約束した。


「俺はジュリアルドと約束したんだ。勇者としてじゃなく、人として。同じ人間として」


 約束して、トドメを刺した。


 約束を果たさなきゃ男じゃねえ。


「今回の戦争を起こしたやつらは、俺達の人生をぶち壊しやがったんだ。俺は親友を殺さなきゃならなかったし、お前も親友を殺せと決断しなきゃいけなくなった」


 今回の件がなければ、俺達はもう少し穏やかな生活を送っていただろう。


 今でも学生時代の思い出話に花を咲かせて、三人で馬鹿みたいに笑っていたかもしれない。


「……そうだね」


 何もかもがただの悪夢だったら、お前だってそんな顔をせずに済んだはずだ。


 あの時、俺に彼を殺せと泣きながら言わずに済んだはずだ。


「だからぶっ殺すんだよ。俺達の運命を変えて、俺達のダチを化け物に変えた悪党をよ」


 俺はニヤリと笑いながら言葉を続ける。


「勇者は死んだ。今、お前の目の前にいる俺は『ヴォルフ』だ。王都の旧市街で生きていた、ただの悪党さ」


 勇者は魔王と相打ちになって死んだ。


 今の俺は王都旧市街で生きていた頃に戻り、名前も元に戻す。


 何者でもない、単なる悪党。悪ガキが力をつけて成長したってだけの存在。


 ただ、当時と違うのは明確な殺意を持っていることだろう。


「バーニ、殺しにいくぞ。俺達の運命を変えた悪党共を」


 双子月が綺麗に輝く夜、俺は親友を復讐に誘った。


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