第4話 領主邸侵入
東区のメインストリートから一本奥へ入ったところ、そこに『二番』と称される拠点がある。
『宿屋 フリーロック』
外観は普通の宿屋。
宿のランクは中堅といったところで、これといった特徴のない普通の宿屋だ。
目立ちもせず、繁盛もしていない。
表向きの経営形態である宿屋としては赤字を垂れ流しそうな雰囲気ではあるが、本来の役目からすれば『最高の偽装』と評価できるだろう。
まぁ、宿経営に関しては大商人であるサイモンの資本が入っているので全く問題ないのだが。
「どーも」
宿屋に入ってすぐ、フロントにいる老人にポケットから取り出したペンダントを見せる。
大きな瞳の上に立つフクロウのペンダント。
それを見た老人は小さく頷いた。
「ご宿泊?」
「場合によっちゃ連泊。とりあえず、今はバーを使いたい」
「かしこまりました」
料金の支払いは無し。
老人が手で示す隣の部屋、バーに向かう。
バーカウンターに二人で座ると、四十代に見える紳士が「ご注文は?」と問う。
「おすすめのウイスキー。それとネズミの巣に潜入するための道具があれば見せてくれ」
「承知しました」
バーテンダーは俺とフリードへウイスキーとピーナッツを提供した後、奥のバックヤードへと姿を消す。
「さて、どうする? 伯爵は悪党っぽいが、俺達が追ってる犯人と繋がっているかどうかは分からないぞ」
ウイスキーを一口飲んだフリードが問うてきた。
「ああ。だが、一つ一つ潰していくしかねえよ。人の臓器を奪っている点は共通しているんだ。調べる価値はある」
俺はピーナッツを口に放り投げてから言葉を続ける。
「関係無かったとしても、悪党は潰しておくに限る」
「そうだな。んじゃ、どう攻める?」
「俺はシンプルな方が好きだって知ってるだろ?」
ピーナッツを噛み砕きながら三本の指を立てた。
犯罪者に対して正当な方法で罰を下すならば、大まかに三つのプロセスが必要だ。
証拠を固めて、悪党を捕まえて、法廷に立たせる。
この三つが必要となる。
「一つ目は重要だ。冤罪で人を殺すのはもう御免だからな」
証拠は必要。
相手が悪党であるという確かな証拠だけは絶対に必要不可欠。
ただ、他は不要だ。
残り二つの指を下ろして、代わりにその手でピーナッツを摘まんだ。
「証拠を見つけたら殺す」
国の定めた法による裁きを待たず、その手で直接罪を償わせるのは社会的ルールから逸脱した行為だ。
世のため人のためと大義名分を掲げたところで社会的には『悪』であることに違いない。
「……お前は悪党になったんだもんな」
「俺が正義の味方に見えるのかよ?」
俺は自ら悪の道を選んだ。
全ての始末をつけるために。
あいつとの約束を果たすために。
「まさか。どっからどう見ても悪党だ。その目つきの悪さで正義を語る方が怪しまれる」
「だろう?」
肩を竦めながら言うフリードと鼻で笑い合う。
「とにかく、いつも通りシンプルに。領主邸に忍び込み、証拠を掴んで、殺す。これで終いだ」
実にシンプル。
ああだこうだと悩むより良い。
「お客様にぴったりの商品が見つかりました」
シンプルな計画を口にした直後、バーテンダーが奥から戻ってきた。
彼はカウンターに一枚の真っ黒なクロークを広げる。
「ナイトクローク。錬金術師ミュア様から届いたばかりの最新式魔道具です」
錬金術師ミュア、学術都市アモラで錬金術の研究を続ける彼女もまた元勇者の仲間。
広げたクロークは彼女が最近開発した代物らしい。
「特殊な繊維で作られたこれは暗闇の中で完全に姿を消してしまうそうです。気配も遮断され、至近距離まで近付かれても触られなければ気付かれないとか」
クロークには魔術的な効果が練り込まれており、着用した者は闇と同化するように姿を消す。
「ふぅん。んで、欠点は?」
ただ、ここで単純に「スゲー! さっすが希代の錬金術師ミュアの発明だ!」と喜んではいけない。
彼女が作る物には大体欠点があって、完璧と呼べる物はそうお目に掛かれないのがベターだ。
まぁ、姿を消せるって効果だけでそこらの錬金術師以上に――いや、相当なレベルで錬金術師として優れているのだが。
「効果時間は三十分。匂いは消せません」
匂いが消えないと聞き、ウイスキーの入ったグラスをフリードの方へスライドさせると、一杯目を飲み干した彼が俺のグラスを掴んだ。
バーテンダーは続けてクロークの両袖を持って広げながら笑顔で続きを語る。
「効果時間を過ぎるとクロークの色がカラフルになるそうです」
「なんでだよ」
「試作品は派手なピンクと黄色のストライプカラーになったそうですよ」
「あいつは相変わらず凄腕なのか判断に困る」
どうせミュアのことだ。
『効果が切れた時、可愛い方がいいじゃん!』
『あーしが一番好きな色はピンクだし!』
とかそんな理由だろうな。
「まぁ、効果時間は十分だろう」
フリードはそう言ってからグラスのウイスキーを一気飲みする。
「まぁな」
俺はカウンターに広げられたクロークを掴んで席を立つ。
「深夜に決行だ」
「了解。それまでは?」
三杯目のウイスキーを飲むフリードに対し、俺は振り返らずに言った。
「イヴの土産を買ってくる」
そう言ってバーを出ようとした時。
「……随分と親馬鹿になったもんだ」
フリードが小さな声で言った。
聞こえてるぜ。
◇ ◇
深夜、俺とフリードは北区の最奥にある領主邸へと向かう。
敷地を囲う柵を乗り越え、屋敷の側面にある木の陰に身を隠しながら様子を伺った。
「どこから潜入するのがベストだ?」
「……こっちだな」
キョロキョロと周囲を見渡したフリードは慣れた足取りで屋敷の裏に。
そこにあった一枚の窓を親指で指し示した。
「ここがベスト」
「その心は?」
「元義賊の勘」
義賊の嗅覚が「ここから入れ」と告げているらしい。
もちろん、俺もそれを疑わない。
窓を軽く押してみると……開いてる。
「な?」
どうして窓が開いているのか、どうして窓が開いていると分かったのかは謎だ。
義賊の勘だからな。
「相場は地下室だ。屋敷の形から察するに左右のどちらか」
屋敷の形状はクラナダ王国において貴族邸としてはスタンダードな形をしている。
中央にある玄関から入ったらエントランス、二階へ続く階段があるはずだ。
エントランスの左右どちらかが客間。どちらかが地下倉庫やら使用人用のスペースとなっていることが多い。
「了解。探って一度戻ってくる」
そう言い残し、開いた窓から中へ潜入。
窓の先は客間らしき間取りの部屋だ。
となると、目的地は反対側にあるか。
「…………」
ナイトクロークを羽織ってから廊下に出ると、廊下は薄い灯りで照らされているだけだった。
影となる場所を踏むように移動して行くと分かったことがある。
屋敷の中に使用人がいない。
夜は別の場所に移動させられるようだ。
「……お楽しみがバレないようにってか?」
代わりにいるのは領主に飴を貰い続けているであろう騎士達だ。
彼らは部屋の中でカードを楽しんだり、酒を飲みながら談笑する姿が扉の隙間越しに窺えた。
騎士の数はざっと二十人くらいだろうか?
これくらいなら楽勝だな、と考えながらエントランスを横断。反対側で地下室への扉を探していると――
「ビンゴだ」
あった。
地下室への階段だ。
ゆっくりと階段を下って行くと、先にある地下室の扉から光が漏れている。
同時に男達の話し声も聞こえてきた。
隙間の開いたドアから中の様子を窺うと――
「オラッ! 死ねッ! 死ねッ!」
中には全裸の男が五人。
丁度腰の高さに揃えられたテーブルの上には全裸の魔人女性が拘束されており、男は彼女の首を絞めながら必死に腰を振っていた。
「死ねッ! 死ねッ――あ」
「おい、本当に殺すなよ……。まだ俺達も満足してねぇってのに」
「悪い悪い」
謝罪を口にする男は全く悪びれていない。
人を殺したにもかかわらずだ。
「まだ一匹いるだろ。そっちで楽しもうや」
先ほどまで腰を振っていた男はテーブルの上にある女性の死体を床に転がすと、地下室の奥にあった檻に近付いていく。
檻の中にはボロを纏った魔人の女性が一人。
次は彼女を喰い物にするらしい。
「おい、女! 次はお前を――」
檻に近付いていく男は言葉の途中で黙り込んでしまった。
直後、男の首に一筋の赤い線が浮かぶ。
線からは徐々に赤い血が流れ始め、勢いが増すと同時に男の首が床に落ちた。
「は?」
男の首が落ちても尚、仲間達は自分達の目に映る光景が信じられないようで。
死んだ男から最も近くにいた別の男は、呆けるような声を漏らして目を点にするが――その瞬間、側頭部に氷の矢が突き刺さる。
「あ、え!?」
残りの男達が声を上げるが遅すぎる。
一人は同じく氷の矢が頭に突き刺さり、残り二人はブーメランのように飛び回る風の刃で首が断たれた。
「腑抜けてやがる。本当に戦場帰りかよ?」
クロークを脱いだ俺は男の死体に唾を吐いた。
そして、檻に近付いて行く。
「よう、大丈夫かい?」
檻の中でガタガタと震える魔人女性に声を掛けると、彼女は自身の身を抱きしめながらも恐る恐る顔を上げる。
彼女の頬には殴られた跡があった。目は泣き腫らし続けたせいか充血している。
「今すぐ出してやるからな」
俺は指に魔力を集めて魔術式を構築すると、檻のカギを火の魔術で破壊する。
魔術ってのは本当に便利だ。
ガキの頃に仲間から習っておいて良かったと今でも思うね。
「ほら、出て来い。もう大丈夫だから」
そう言って手を伸ばすと、彼女は震えながら手を伸ばす。
「捕まっていたのは君だけか?」
「……姉さんが」
彼女の視線の先には殺されたばかりの死体がある。
「……そうか。すまない」
謝罪を口にすると、彼女は俯くだけで涙は流さない。
もう流す涙さえ枯れてしまったか。
「確認したい。君は領主に捕まってここに入れられたのか?」
「……はい。私の他にも五人いました。みんな、殺されました」
彼女の姉を含め、残り四人も魔人族の女性だったようだ。
「死んだ人達は?」
「彼らは、死んだ人の死体を……」
俯いたままの彼女はポツポツと断片的に語る。
最低限の食事と水しか与えられない彼女達は毎日のように弄ばれ、死ぬまで騎士達や領主の慰み者として扱われる。
殺された者の死体からは臓器を抜き取るよう領主が命令を下し、騎士達はまだ生きている者達へ見せつけるように処置していたという。
その後は既に得た情報通り。
スラムと化している西区に捨てられる、というわけだ。
「ここを出よう」
泣きもせず、声も出さない彼女を連れて来た道を戻り始める。
無事に潜入した窓のある部屋へ辿り着くと、外にいるフリードへ彼女を託した。
「証拠は見つかった」
「だろうな」
フリードはボロを着た彼女の姿を見て頷く。
「彼女を連れて拠点に戻れ。始末をつけるまでに準備を進めておいてくれよ」
「分かってる」
俺が念を押すと、フリードは女性にローブを羽織らせながら言葉を続ける。
「ヴォルフ、俺も念のために言っておくがな。次に続くためにも皆殺しだけは止めろよ?」
彼は自分の目を二本の指でつつくように示し、次にその指を俺の目に向けた。
「おい、俺が冷静に見えないってか?」
「ああ。悪夢に出てくる殺人鬼みたいな目をしてるぞ」
今、俺の目つきは相当やばいらしい。
「……お前まで殺しちまう前に行けよ」
「ハッ。おっかない」
鼻で笑ったフリードは女性を連れて柵を飛び越えていく。
それを見送った俺は再び顔を廊下へ続く扉へ向けた。
「殺人鬼ね」
これからこの屋敷で起こることを考えるとあながち間違いでもない。
ただ、俺は自分で言った通り冷静でもある。
次に続くかもしれないヒントを自らの手で摘むほどキレちゃいないさ。
「自分でも嫌になるほど冷静だぜ、フリード。だからよ、お前達が尋問しやすいようにしといてやるよ」
俺は指をパチンと鳴らすと、真横に出来た空間へ腕を突っ込んだ。
――さぁ、悪党共に地獄を見せてやろうじゃねえか。