第3.5話 元勇者の仲間 2
「次は情報をくれそうなやつに会おう」
そう言ってフリードは再び歩き出す。
元勇者の仲間で義賊。
彼の能力は戦闘においても優れているが、最大の武器は彼の持つ独自の情報網だ。
義賊時代から築き続けている情報網はグッテン伯爵領内も網羅しているらしく、彼は迷うことなく西区の奥へと足を進める。
辿り着いたのは一軒のボロ屋。
押したら壊れそうなドアを開けて中に入ると、ガラの悪そうな連中が五人。
その中の一人、巨漢の男はボロっちい椅子にふんぞり返りながら葉巻を吹かしていた。
「モートン、聞きたいことがある」
「ああ? いきなり来て話を聞かせろだと? 手土産も無しに?」
そう言ったモートンこと、このボロ屋の家主はフリードを睨みつける。
「前にも言っただろう? 手土産無しなら情報は渡さねえってな」
でっかい態度にでっかい煙を吐くモートン。
どうやら彼はタダだと動かない男らしい。
……面倒くせえな。
「今回は止めとけ」
ただ、フリードが首を振りながら制する。
「あ?」
「俺の後ろにいるヤツは気が短い。今すぐ俺達の質問に答えないと死ぬぞ」
忠告をするように言ったフリードは、肘で軽く俺の腹を突いた。
ああ、はいはい。
威嚇しろってことね。
フリードの意図を汲み取り、俺はパチンと指を鳴らす。
鳴らした瞬間、小さな緑色の術式――二重円の中に文字と数字がぎっしり詰まった魔術式が構築される。
構築された魔術式からは小さな風の刃が目にも留まらぬ速さ放たれ、モートンが咥えていた葉巻はスパッと真っ二つになった。
「次にぶった斬るのはテメェのナニだ。明日からレディになりてぇか? サービスで性転換後の名前も一緒に考えてやる」
ついでに生まれ持った悪い目つきも活用しておこうか。
「……仲良くお喋りといこうぜ。俺達は魔物と違って言葉を交わせるんだからな」
すっかりびびっちまったモートン君はお喋りモードだ。
野郎、改名せずに済んだな。
「最近発見された魔人の死体について聞きたい。単刀直入に聞くが、死体遺棄に領主が絡んでいるのか?」
「…………」
フリードの問いに対し、モートンは黙り込んでしまう。
だが、沈黙は自分のためにはならないと気付いたようだ。
「……あの野郎、裏で商売をやってるみてえだ。それも一部の騎士達まで抱き込んでな」
領主であるグッテン伯爵が密かに行っている行為は二つ。
一つは慰安。
「難民として受け入れたやつを抱き込んだ騎士に宛がうんだ。慰安の一環としてな」
これは抱き込んだ騎士に対する報酬だろう。
不正を働く自分を見過ごす代わりに、見過ごした騎士へ特別な報酬を渡す。
それは金銭ではなく、人だ。
何をしてもいい、どんなことをしても罪に問われない。欲を満たすための『人形』である。
恐らく、遺体に出来た拷問跡はこれに関係しているはず。
「んで、西区に捨てられた死体。それを捨てたのは領主が抱き込んでいる騎士だ」
これはモートンの仲間が直接目撃したらしい。
「二つ目は定かじゃないんだがよ、領主邸に出入りしているやつ商人の中に見覚えのある顔があった」
痩せ細った褐色の肌、気味の悪い笑みを常に絶やさない男。
名はソーンハイムという裏社会では有名な『黒商人』だという。
「ソーンハイムは有名な黒商人だ。最近は黒き魔の手っていう黒魔術信仰組織と取引してるって噂が流れている」
――黒魔術とは先に語った『不老不死の薬』を生成したり、存在しているのかも分からん神様を召喚しようとしていたり、とにかく現代では禁じられた魔術や技術を使おうとすることを指す。
黒魔術の中には人の臓器を使用することもあることから、国家的には法律で禁じられているし、大陸最大宗教である『聖ハウセル教会』からは異端技術として認定されている。
同様に、黒魔術を研究する集団、黒魔術信仰組織も同様に異端組織として扱われているってわけだ。
しかも、黒魔術って技術は厳密に言うと確立されていないってオチがある。
大昔の魔術師達が危険で非道徳的な魔術的な実験を繰り返し、その成果をまとめた本――『黒魔術教本』に熱中したイカれ野郎共が大昔のイカれ魔術師の技術を再現してぇー! とイカれた行動を起こしているだけだ。
「黒き魔の手? 戦争前に摘発された組織の名前は違ったよな?」
俺がフリードに問うと、答えたのはモートンだ。
「過去に過激派が一掃されたのは『漆黒の月』っていう組織だ。過激派が一掃されたことで解散になったようだが、組織の残党は『黒き魔の手』に合流したって聞いてるぜ」
過去に一掃された『漆黒の月』は何でもアリの超過激派。
それこそ、怪しい儀式のために人間の死体だろうが、生きた動物だろうが何でも用いる輩の集まり。
逆に黒き魔の手は漆黒の月よりは理性的な組織らしい、とモートンは語る。
「俺もそこまで詳しくは知らないが、比べたらまだマシって程度って話と聞いたがな」
「ふぅん……」
俺は彼の話を聞きながら顎を撫でる。
「まぁ、どちらも異端組織に変わりないし、シラフの状態で怪しい儀式やら何やらやる頭のおかしい連中なんだろう」
モートンは肩を竦めながら言葉を続ける。
「んで、肝心のソーンハイムだ。ヤツは金になるモンは何でも売る。過去にも黒魔術信仰組織と取引していたって話は有名でね」
金になるモノは何だって売るのがソーンハイムの信条らしく、過去には墓場に埋葬されたてホヤホヤの死体を掘り起こして黒魔術信仰組織に売りさばいたって話もあるらしい。
「ヤツが死体を扱っているならば、もっと運びやすくて扱いやすい『臓器』も取り扱っているんじゃ? って考えるのは妥当じゃないか?」
「なるほど。難民として受け入れた魔人を娼婦として扱い、更に使い潰したやつの臓器までも切り売りしてると?」
「たぶんな」
モートンは新しい葉巻を咥えながら言った。
「あくまでも推測だぜ。黒魔術信仰組織との噂があるソーンハイムがいたからって話だ」
ただ、グッテン伯爵が裏で悪事を働いているという部分は確かだ。
「直接確かめようにも騎士とグルだ。確かめる前に証拠を片付けるだろう」
騎士が共犯ってのは厄介だ。
正規ルートでの捜査を王都に依頼してもバレる可能性がある。
伯爵が抱き込んだ騎士を意図的に出世させ、王都に送り込んで内通者に仕立て上げている可能性もあるんだからな。
そうなりゃ王都の動きは筒抜けだ。
王都の司法省が動いても察知されるし、内密に王都騎士団を動かしても騎士団の中で嗅覚を研ぎ澄ませていれば「何かある」と感づかれる。
「ここの領主は本物の悪党だ。抱き込んでる騎士も戦争上がりの強者揃い。簡単には手を出せねえぞ」
いくら伝説の義賊であるフリードでもな、とモートンは煙を吐いた。
「本物の悪党ね」
俺は思わず鼻で笑ってしまった。
「なんだ? 何か手があるってのか?」
「もちろんだ。悪党には悪党をぶつけんだよ」
「悪党……?」
モートンは「何言ってんだ?」と言わんばかりの声音で言った。
「行こうぜ、フリード。一杯やってから仕事だ」
「ああ」
俺とフリードはボロ屋を後にすると、東区にある宿へ向かって歩き出した。