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第2話 死体遺棄事件と子守役


 大きな魚を釣り上げた俺とイヴはサイモンを連れて家へと戻った。


 途中、バーバラさんの店で頼んでいたモンを買ってね。


 釣りたての魚一匹はイヴが貰ったラスクのお礼にバーバラさんへ献上した。


 これぞ、理想の近所付き合いってやつだ。


 残った一匹は予定通り夕飯の材料に。


 切り身にした後、スパイスを塗りたくってからハーブやレモンなどと一緒にオーブンへ。


 その間、農業を営むご近所さんからのお裾分けを使ってサラダを作り、バーバラさんの店で買ったパンは――特に何もしない。


 むしろ、焼きたてのパンはそのままでいい。


 調理するには勿体ないくらいだ。


「なんだか主夫っぷりが板についてきましたね」


 俺の料理風景を見て、サイモンはボソリと言葉を漏らした。


「そりゃな。一年以上もガキと暮らしてりゃ、料理の腕も上がるもんさ」


 今じゃ料理のレパートリーも充実してきて、無表情のイヴに「またベーコンエッグかよ」って無言の訴えを受けなくなったくらいだ。


「よし、完成だ。イヴ! 食器を並べてくれ!」


「…………」


 ちょこんと椅子に座って待っていたイヴは小さく頷くと、椅子から飛ぶように降りて食器棚へと向かう。


 俺達が愛用する食器を綺麗に並べ、最後にサイモンの前には来客用の食器セットを並べていく。


 全て準備が終わったタイミングで、俺はオーブンから馬鹿みたいにデカい魚の切り身を取り出した。


 それをテーブルの中央にドンと置き、三人分のサラダとパンも並べていく。


「よし、食え!」


 我が家の夕食は大きな一皿をみんなでつつくスタイル。


「獣人スタイルの夕食ですか」


 こういった大皿を皆で囲いながら食べるスタイルは獣人発祥の食事スタイルだ。


 王都暮らしのサイモンからすれば珍しいスタイルだろう。


 ただ、俺としてはちゃんとした意図がある。


「この方が洗いモンが少なくていい」


「……本当に主夫みたいになりましたね」


 昔の俺を知るサイモンは「ははっ」と笑い声を漏らしながらも、愛しの女神様に感謝を捧げてからメインの魚料理に手を伸ばす。


 取り分け用の大きなスプーンで切り身を皿に移すと、彼は「どれどれ」と口にしてから一口いった。


「うん、美味しい。昔の『何でもぶっこみ鍋』からは想像もできないほどです」


 何でもぶっこみ鍋とは大きな鍋に適当なモンを入れて煮る、というひと昔前の俺が唯一会得していた料理メニューである。


「パンに切り身を乗せて、その上にチーズを垂らして食ってみろ」


 オススメの食い方を教えてやると、サイモンはまたしても「どれどれ」と試していく。


「んー!」


 口いっぱいに頬張ったサイモンは何度も頷きながら、俺に向かってサムズアップしてみせた。


「イヴ、どうだ? 美味いか?」


「…………」


 イヴは口をリスみたいに膨らませながら頷いていた。


 膨らませるだけじゃなく、口の端にチーズがくっついてやがる。


 こりゃ気に入ったようだな。


 サイモンという来客を迎えての楽しい夕食を終えた後は風呂だ。


 正確に言えばイヴの風呂である。


 彼女の長い髪を洗ってやるのが、俺の一日を締める最後の仕事と言ってもいいだろう。


「ちゃんと肩まで浸かれ」


「…………」


 湯を張ったバスタブの中で百数えたあと、俺とイヴは揃って風呂を出る。


 風呂上りはキンキンに冷えた飲み物。


 俺は酒。イヴは牛乳。


 腰に手を当てながら飲むのがマナーだと過去に教えてやった通り、パジャマ姿のイヴも俺と同じように腰に手を当てながらゴクゴクと牛乳を飲み干した。


「イヴ、おやすみ」


「…………」


 その後はイヴを寝室へ連れていくと、彼女はベッドに寝転びながらも愛用の巨大クマさんぬいぐるみを抱きしめる。


 ランプの光を消してやると彼女は静かに目を閉じた。


 それを確認した俺は部屋を出ると、サイモンが待つ書斎へ移動した。


「待たせたな」


「いえいえ。パパも大変ですね」


 書斎のソファーで一杯やっていたサイモンは肩を竦める。


「お前も結婚してガキが出来たらこうなる」


「私はまだ先ですよ。エルフですし」


 昔の人間達曰く、ヒューマンの寿命は六十年、のんびりエルフは百年ってね。


 大陸に暮らす種族の中でも特に長生きなエルフらしいセリフだ。


「んじゃ、本題に入ろうか」


「ええ」


 俺もグラスに酒を注いだあと、サイモンの対面に座る。


青目の監視者達(ブルーアイズ)から情報が回ってきました。場所はクラナダ王国西部の半ばにあるグッテン伯爵領領主街」


 クラナダ王国西部といえば、魔王戦争での巻き返しが始まるまで『最前線』と呼ばれていた地方だ。


 その中でもグッテン伯爵領は一歩後方に位置しており、最前線へ物資を届けるための要となっていた領地である。


 グッテン伯爵領から更に西へ進むと、魔物の侵略を抑えつけていた正真正銘の最前線があり、そこを越えるとかつて闇の霧に覆われていた『クエントリカ魔王国』領土内に辿り着く。


 戦争終結後は王国や同盟国から復興支援としての援助があり、ここ最近は『最前線』の名残も消えつつあると聞くが。


「あの霧が消滅した後、霧の中に閉じ込められていた魔王国国民の一部が難民として西部に避難してきました。グッテン伯爵領も受け入れ先の一つであり、今でも国に帰れない魔王国国民が暮らしています」


 魔王が大陸中に宣戦布告した後、クエントリカ魔王国の領地は闇の霧によって隠された。


 侵入不可の機能を持った魔術の霧だ。


 こちら側は侵入できず、向こう側から差し向けられる魔物だけは自由に出入り可能という厄介なもの。


 当時、こちら側の者達は誰もが魔王による防衛システムの一環だと思っていた。


 だが、真実は違ったのだ。


 魔王国で暮らしていた国民達も領地の外へ出れなくなっていた。


 その上、魔物達は魔王国民をも襲っていた。


 つまり、魔王国に住んでいた者達は『逃げ出せない』状態だったのである。


 勇者一行が魔王国内に突入して最初に発覚した真実――それは、魔王国国民は一人たりとも敵ではなかったということ。


「その難民が多く暮らすグッテン伯爵領領主街で魔人の死体が複数体見つかりました」


「戦争の影響か?」


 魔王戦争で死んだ人間の数は多すぎる。


 戦争終結後、魔王国国民は無実であったという真実だけは公表された。


 ただ、それでも納得していない者は未だに多い。


 特に大事な家族を戦争で失った者だ。


 グッデン伯爵領に住む誰かが、行き場のない怒りを無実の人に向けて『敵討ち』を行った――というパターンもあり得るが。


「いえ、そうとは思えません。情報によると死体には無数の拷問跡と一部の臓器が抜き取られていたようです」


「……匂ってきたじゃねえか」


 俺の脳裏には()()()()が浮かび、同時に鼻を刺す独特な匂いまでもがフラッシュバックする。


「何か繋がりがあるかもしれません」


「ああ」


 これは現地入り確定だ。


「現地には誰がいる?」


「ブルーアイズからはフリードが。拠点は二番を使って下さい」


 彼の言った『二番』とはメリービル商会が経営する宿のランクだ。


 因みに上から二番目ね。


「イヴの世話はサイモンが見てくれるのか?」


「まさか。私は忙しいので無理ですよ」


「じゃあ、どうするんだよ?」


 さすがにイヴを一人残して行けない。


 一人っきりだったら飯も食えないし。


 近所の誰かに預けるって手もあるが。


 手を考える俺にサイモンは「問題ありません」と言いながら酒を口にする。


「イヴちゃんの子守役に立候補した人がいます。明日の朝に到着する予定ですよ」


 誰かは言うなと言われている、と彼は笑いながら言った。


 そう言われた時点で、俺の頭の中にはとある人物が浮かび上がったがね。



 ◇ ◇



 翌日、朝食を食べ終えた俺達はサイモンの「そろそろですね」という言葉に促されて家の外へ出た。


 タイミングよく村の中へ進入してきたのは一台の馬車。


「やっぱりか」


 その馬車を見て、俺は子守役の正体を掴んだ。


 俺の予想は大当たり。


 子守役が乗るキャビンには貴族家や商会を示す紋章はない。


 しかし、キャビンは通常の馬車よりも大きくて所々に金の装飾が施されている。


 更にキャビンを引くのは二頭の白馬。


 白馬は穢れなき者の象徴。尊き者を象徴する馬だ。


 最後に御者台に乗る人物はローブで顔を隠した者一人。


 そこまで確認したところで、俺の横に立つサイモンが「ははっ」と乾いた笑いを漏らした。 


「子守役の件を話したところ、絶対に行くと言われました。他の人に話を振ったら王国から追放するとも言われましたよ」


 そりゃ断れんわな。


 だって、あいつはマジでやりかねないし、マジでやれる力があるもん……。


 呆れていると馬車は俺達の傍で停車。


 御者が恭しくキャビンの扉を開けると、中から出てきたのは――


「ヴォルフ様。ごきげんよう」


 長い金髪がふわりと風になびく。


 くりっとした青色の瞳には歓喜の色が見え、頬はほんのりと赤みを帯びている。


 御忍び用のワンピース姿で可憐な笑顔を見せるとびっきりの美女。


 ただ、それでも彼女の纏う雰囲気は高貴すぎた。


「王女様ってのは暇なのか?」


 たった今、俺の前に立って微笑む高貴な美女の正体は――我が国クラナダ王国の第一王女様。


 リリ・クラナダであった。


「まさか。ですが、夫を助けるのは妻の役目です」


 彼女は何の濁りもなく、まさしくそれが真実であるかのように笑顔を崩さず言った。


「……結婚してねえけど」


「ええ。ですが、婚約は生きています」


 次も同様に笑顔は崩さず。


 ただ、彼女に嘘はない。


 いや、夫と妻ってところは別だが。

 

 彼女は俺に「任せて下さい」と言った後、今度は眠そうな目を擦るイヴの元へ。


 目線をイヴに合わせたあと、リリはにっこりと微笑みながら……。


「イヴちゃん。ママがきましたよ? パパがお仕事から帰ってくるまで私と一緒にいましょうね?」


 リリは自分を『ママ』と自称し、娘と自称するイヴを抱きしめる。


 いつか彼女が明かした、外堀(イヴ)を埋める作戦ってやつはまだ続いているのか。


「……女の人ってこわ。だから結婚したくないんですよね」


 そんなリリを見てサイモンがボソリと呟く。


 おい、聞こえてたら処刑されるぞ。


「んじゃ、リリが面倒見てくれるのか」


「はい。お任せ下さい。完璧にイヴちゃんをお世話してあげましょう」


 リリがイヴの世話をするのはこれが初めてじゃない。


 初めてじゃないが、前回は王城から料理人やらメイドやらを携えてきてたよな。


 村中が大混乱になったのは記憶に新しいが、今回はそういった連中を連れて来てはいないようだ。


 その点を指摘すると、彼女はムフンと胸を張る。


「妻たる者、家族のために自身の力のみで尽くすべきだと悟りました。以来、私は公務の合間に花嫁修業を積んできたのですよ?」


 胸を張った瞬間、ぶるんとその大きな果実が震えた。


 相変わらずスタイルが良い。


 彼女が俺の嫁になるって点には全く不満はないし、今すぐにでも彼女をベッドに押し倒してやりたいくらいなんだがね。


「悪いな。頼む」


 今はまだ、彼女の頭を撫でてやることしかできない。


「……いいえ。貴方の気持ちも理解しています。その使命も」


 頭を撫でられながらも、彼女は一瞬だけ寂しそうな笑みを見せる。 


「いつまでもお待ちしております。ヴォルフ様」


「ああ」


 俺は彼女頷くと、用意しておいた荷物を家の中から持ってくる。


 現地へのルートはこうだ。


 まずはリリの乗って来た馬車で王都まで戻り、そこからワイバーン便に乗り換えて空の旅で西部へ直行。


 俺にとっちゃ「いつものパターン」ってやつだな。


「イヴ、行ってくるからな。リリの言うことをちゃんと聞けよ?」


「…………」


 俺がそう言うと、イヴは小さく頷く。


「リリ、あまりイヴを甘やかすんじゃないぞ? お菓子は一日に一度まで。飯が食えなくなるまで与えるんじゃない。ちゃんと飯で腹を膨らませろ」


「分かっています。王城の者から子供の育て方も学びましたから。子供が好きな料理も作れるようにしてきました!」


 どうやら花嫁修業ってのは随分と本格的らしい。


 彼女が口にする料理のレパートリーを聞いて「やるじゃないか」と感想を漏らしてしまった。


「……もう主夫と主婦じゃないですか」


 サイモンの漏らした言葉はスルーしつつ、俺は馬車に乗り込んだ。


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