第14話 悲劇の霊薬 2
男の悲鳴が聞こえ、急いでドアを蹴破る。
中にいたのは尻持ちをつく男と、魔物化が進行していく最中の女性。
「ヴォルフッ!」
「分かってるッ!!」
俺は空間から引き抜いた聖剣を握り、間合いを詰めるべく駆け出す。
――仕留めるならば今だ。
女性の魔物化は不完全な状態であり、まだ『魔物らしい』戦闘能力を発揮できない。
だが、それでも小賢しいまねをしてくるのが魔物というもの。
特に人間をベースにした魔物化は特に。
「――ッ!?」
間合いを詰める俺に対し、盛り上がった左肩の肉が爆発。
血と肉片を撒き散らしながら露出したのは二本の触手であり、先端は刃のような形状になっている。
魔物はそれを高速で突き出してきた。
「あぶねっ!」
一本目の触手をスレスレで躱し、二本目の触手を聖剣でぶった切る。
触手の断面から大量の血が噴き出すが、次の瞬間には断面から黒い粘液が噴出。
黒い粘液は徐々に固形化していき、断ち切ったはずの触手は元通りの状態に回復してしまう。
この回復力も恐ろしい武器の一つだ。
ビーストタイプの魔物と違い、人型の魔物はちょっとやそっとじゃ死なない。
いくら傷をつけようが致命傷にはならないし、傷口の断面から噴出する黒い粘液を使って再生してしまう。
弱点はビーストタイプ同様『頭部』を断つことに違いはないが、中途半端な攻撃を入れても治癒力が勝ってしまう。
ビーストタイプよりも耐久力のある人型魔物を殺すのは非常に厄介だ。
魔王戦争後半、巻き返しを始めた同盟騎士団が思うように討伐を進められなかった要因の一つでもある。
――ただ、俺は相手の耐久力に対する有効手段を持っている。
「悪いな」
そう呟きながら「リリース」と口にした。
瞬間、聖剣のガード部分にある赤色の球体が光る。
光ると同時に球体から赤色が抜けていき、代わりに刀身が黄金のオーラを纏った。
オーラを纏った刃で回復済みの触手を斬ると、今度は断面から白い煙が上がった。
『い、い"だい"……! いだい"!』
辛うじて残る口からは二重に重なった声が漏れ、切断された触手を振り回す。
本当に痛がっているのかは定かではないが、オーラを纏う刃で斬った触手は回復しない。
黒い粘液が飛び出さず、断面部分がジュワジュワと焼けながら白化して固まっていく。
これが聖剣ヨルムンガンドが持つ効果の一つ。
対魔物用武器として猛威を奮った理由だ。
「フッ!」
暴れる触手を更に斬り飛ばした後――短く息を吸い、更に一歩踏み込む。
膨れた首に届く位置まで潜り込むと、俺は躊躇うことなく女性の首を刎ねた。
『ア――』
宙を舞う女性の首が短く声を発する。
飛び出した眼球は俺を見つめていて、俺も彼女を見つめ続けた。
すまない、と何度も心の中で謝りながら。
必ず始末をつけると誓いながら。
首の断面から白煙が上がる中、彼女の体は足から溶けて黒い液体へと変わっていく。
宙を舞っていた頭が床に落ちると、頭も溶けてしまう。
彼女が立っていた場所には独特の死跡が広がり、床を汚していく。
「フリード、騎士団を呼べ」
「ああ」
彼の背中を見送ったあと、俺は未だ尻持ちをついたままの男へ近寄る。
男は茫然としながら死跡を見つめていたが、その顔は徐々に絶望の色で染まっていく。
「コナーだな。話を聞かせてもらおうか」
◇ ◇
その後、コナーの家には騎士団が駆けつけてきた。
駆け付けた騎士団の中には『対魔物処理班』も含まれている。
顔全体を覆うカラスのような防護マスク、体には白い防護服を着た魔術師達だ。
彼らは魔物を殺した後に残る死跡を処理する専門部隊であり、他の騎士達は彼らの指示に従って動き出す。
周辺住民を避難させた後、コナーの家を魔術で生み出した石壁で囲む。
その後、家を跡形もなく魔術で焼き尽くすのだ。
これは国が定めた適切なプロセスであり、二次被害を出さないための必要な処置と言える。
こういった処置を初めて見る住人達からは「一体何が」と言った言葉が漏れる。
ただ、戦争帰りと思われる住民だけは、燃える家を睨みつけているのが特徴的だった。
――さて、ここからが本題だ。
俺とフリードは確保したコナーを騎士団駐屯地まで連行し、取調室で話を聞くことに。
「ぼ、僕は……。ぼ、僕は、た、ただ……」
しかし、コナーはガタガタと震えるだけ。
「妹を救いたかっただけ、ってか?」
対面に座る俺がそう言ってやると、コナーは俺を見ながら何度も首を縦に振る。
「だが、テメェの妹は化け物になったよ。これをどう説明するつもりだ?」
「ち、違っ! 違う! 僕は本当に妹を救いたかったんだ! 飲ませたのはエリクサーで!」
この焦りよう、確かに彼は妹を救いたかっただけなのだろう。
既に得ていた情報は合っていることが確認できた。
俺達が欲しいのはここから先の情報だ。
「エリクサー? 黒魔術を用いて作るっていう、胡散臭い薬だろう? んなもん存在するはずがねえだろ」
「ほ、本当なんだ! 僕達は本当にエリクサーを作り上げたんだ! 再現したんだよッ!」
コナー曰く、黒魔術によるエリクサー生成は成功した。
生成されたエリクサーは人を使った治験も済ませており、黒魔術教本に描かれていた効果をその目で見たという。
「仲間の一人がナイフで腕を斬って! エリクサーを飲んだらみるみる傷が塞がって……!」
仲間が自分の腕をざっくりと切り裂き、血がダラダラと滴る中でエリクサーを一気飲み。
すると、仲間の傷は瞬時に癒えて完治してしまったらしい。
傷跡すら残らなかったそうだ。
「…………」
「…………」
俺とフリードは顔を見合わせてしまった。
マジかよ? と。
「幻覚でも見てたんじゃねえか?」
「本当なんだってッ!! じゃなきゃ、大切な妹に飲ませようなんて思うわけないだろう!?」
妹を魔物に変えようとする兄がどこにいる、とコナーは激怒した。
「僕は、僕は本当に妹を救いたかっただけなんだ……。そのために尽くしてきたのに……」
ただ、すぐに怒りは消え去って絶望へ逆戻りしちまったがね。
「だとしても、お前の妹は魔物化しちまった。エリクサーじゃなかったのは事実だ」
飲ませた薬はエリクサーなんかじゃなく、人を魔物に変える液体だったということ。
つまり、俺達が追う黒幕が用いる手段だったってことだ。
……近付いてきた。
遂に影をこの目で捉えた。
「お前は同じ組織にいたスペンサーって男とエリクサーの研究をしてたんだろう?」
「……そうだ。僕がエリクサー生成、スペンサーは素材を集める役割だった」
他にも仲間が数名いて、コナー達は組織に隠れてエリクサー研究を進めた。
研究課程を語っている最中、コナーはハッとするように顔を上げた。
「スペンサーだ。彼が他の組織から入手したっていうレシピが届いて、それから研究は飛躍的に進んで――」
最初は躓いてばかりだったが、途中でスペンサーが入手したという『レシピ』が手元に届くと研究はどんどん進んで行ったそうだ。
結果、彼はエリクサーらしき薬を作り上げた。
「……入手したレシピ、ね」
そのレシピってやつが気になる。
スペンサーが渡したのは『人を魔物に変える液体』を生成するレシピだったんじゃないか?
コナーが言っていた傷の完全治癒が本当かどうかは分からないが、彼は中身をすり替えた物を持たされたんじゃないだろうか?
すり替えられた薬を妹に飲ませ、妹は魔物化してしまった――というオチなら納得できる。
つまり、黒幕と繋がっているのはスペンサーだ。
「お前はスペンサーに騙されたんだろうな」
じゃなきゃ、こうにはなってねえよ。
コナーはスペンサーに利用されたんだ。
「どうしてッ! どうして僕を騙すなんてッ!! 妹を救いたかっただけなのにッ! 僕に救えと言ってくれたのにッ! だから、あの人達を殺してまでッ!!」
コナーは机に拳を叩きつけながら泣き崩れる。
「あの人達?」
そう呟いたのはフリードだった。
「あの人達とは誰のことだ?」
「……ぐす、組織の代表、フォンロンさん達のことです」
「…………」
コナーの返答を聞いたフリードは黙り込んでしまった。
「どうした?」
「いや、ちょっと気になっただけだ」
フリードは首を振る。
「んで、スペンサーは今どこにいる? 人を魔物に変える薬はどんくらい持ってんだ?」
一番重要なのはここ。
一体何本のエリクサーもどきを持っているのか。所持しているそれをどう使うのか。
コナーは袖で涙を拭いながら語り始める。
「ぼ、僕が生成したエリクサーは三十本で……。スペンサーはパロトンに成果を発表しに行くと」
生成したエリクサーは試験管三十本分。
スペンサー達を経済的に支援していたパトロンの数も三十人。
「パトロン達は王都にいます。王都で成果を発表し、更に量産できるよう資金を調達してくると――」
それを聞いた瞬間、耳鳴りがした。
そして、同時にフリードと顔を見合わせる。
フリードの顔には焦りが浮かんでいるが、俺の顔にもあっただろうな。
「まさか、王都の連中に飲ませる気か!?」
成果発表と称し、パトロン達を魔物化させるつもりか!?
テーブルに拳を叩きつけながら問うと、コナーは怯えながら何度も頷く。
「た、たぶん……! か、彼らが支援してくれた理由はエリクサーを欲していたからで!」
「クソッタレ! 魔王国の再現だッ!」
今度はクラナダ王国王都の人間を魔物化させ、第二の魔王国にしようってのが黒幕の狙いか!?
「ヴォルフ、お前は先に王都へ戻れ!」
「ああ!」
俺は取調室を飛び出し、駐屯地の責任者に急ぎワイバーンの準備をするよう伝えた。