第13話 悲劇の霊薬 1
黒き魔の手の拠点を後にした俺とフリードは、騎士団が用意してくれたワイバーン便に乗ってストラウド子爵領領主街へ移動。
昼過ぎに到着したこともあって、領主街には休憩のために農地から戻ってきた多数の農夫で溢れていた。
ただ、他の領地と違って人が多いにも関わらず騒がしくない。
農具を抱えた人達はの~んびりと道を行き、街の食堂に吸い込まれて行く。
「さすがは東部最大の農業領地。街の雰囲気がのんびりしてんねぇ」
ストラウド子爵領は平地と水源に恵まれた土地であることから、王国最大の農業領地となっている。
街から一歩外に出れば小麦畑。
それがずーっと続く。隣領との境目までずっと。
まぁ、境目を越えた先の隣領も同じような景色が続くのだが。
領地内を馬車で旅する旅行客から「景色が永遠に変わらない。本当に馬車は進んでいるんだよな?」と言われるくらいだ。
まぁ、さすがに話は盛られているがね。
道の途中に小さな集積場もあるし、小麦を加工する加工場もある。
小麦を挽くのに利用する風車なんかもあるので永遠に変わらないってことはないのだが、大袈裟に言ってしまうほど長閑な領地ってことだ。
とはいえ、この領地も人で賑わう時期はある。
小麦が実る時期だ。
小麦を買い付けに来る商人はかなり多く、ここで購入された小麦は西へと運ばれていく。
街の南側には商人専用の馬車駐車場なんてもんまで用意されているし、王都直通のワイバーン物流便も完備されている。
収穫時期は駐車場が満車になるほど賑やかになるが、それ以外の時はのんびり……というのがストラウド子爵領の特徴だろう。
「……すげえな。錬金術店より農具売ってる店の方が多いぜ」
他にも周辺に住む農家をターゲットとした農具専門店が街中に複数店舗あることも特徴と言えるか。
王都だったら錬金術を用いて作られた道具や薬、他にも傭兵向けの鍛冶屋なんかが目立つ。
そういった店舗もあるにはあるが、王都どころか他の地方領よりも少ない。
「農家の中には逞しい連中もいるからな。クワで害獣を駆除しちまうやつもいるって話だし」
フリードは「特に戦争帰りの人なんかは」と付け加える。
「あー、いたな。農家の四男五男が従軍してたっけ」
実家の農作業からあぶれた子供達が家の稼ぎを増やそうと募集中の兵士に立候補。
騎士達の雑用から魔物退治まで幅広く参加し、従事した仕事に応じて報酬を貰う。それを実家に持ち帰って親兄弟を養うってのはよくある話だった。
運良く生き残った連中が帰って来たことにより、戦争前まで必要だった害獣駆除役の傭兵がお役御免になった地域も少なくないと小耳に挟んだこともあるし。
領主街周辺もその一つなのかな?
「さて、問題の家はどこだ?」
「地元住民に聞いてみるか」
俺とフリードはメインストリートを歩きつつ、なるべく歳をとった人から聞き込みすることにした。
若いやつの中には他所から流れてきた農夫もいるからな。
こういった人探しは地元に根付いている年寄りに聞くのが正解だ。
「コナーって男を探しているんだが、知っているか? 病気の妹がいるってやつだ」
最初に問うたのは道端でパンを食ってた爺さん。
首からタオルをかけており、座り込んだ場所の隣にはクワが置かれている。
「コナー? ああ、ウィッフィルのとこの坊主か」
「ウィッフィル?」
俺が名を繰り返すと、爺さんは小さく頷いた。
「親父の名前だよ。ちょっと前に事故でカミさんと一緒に死んじまったけどな」
コナーの両親は大雨が降った際、川の氾濫に巻き込まれて死亡してしまったらしい。
「溢れる川をどうにかしようと住民達で作業していたんだけどな。不運にも川に攫われちまったのよ」
爺さんは「娘が一人になっちまってねぇ。可哀想に」と弱々しく首を振る。
「コナーは妹の看病に戻って来ているって聞いたんだけど」
当然、確証はない。
だが、それっぽいことを言って情報を引き出すつもりだった。
「どうだったかな? ワシは家と畑を往復する毎日だからよくわからないね」
爺さんは街の西側を指差しながら話を続ける。
「あいつの妹は街の診療所で暮らしているんだ。坊主が帰って来たなら家に戻ったかもしれないが」
診療所にいなけりゃ家だろう、と。
爺さんから家の場所も聞き、礼代わりに銀貨を一枚差し出した。
「あんたら坊主の知り合い? それとも騎士団の関係者?」
「どうしてそう思う?」
フリードが表情を変えずに問うと、爺さんは銀貨を懐に仕舞いながら語る。
「坊主がよろしくない連中とつるんでるって聞いてね」
この街には王領まで小麦を運ぶやつもいる、と爺さんは言う。
黒き魔の手の連中と一緒にいる姿を目撃した者もいるのだろう。そういった連中から噂が流れているに違いない。
「坊主が悪いことしてんなら仕方ないとは思うがね。ただ、あいつの妹だけはどうにかしてやって欲しいと思うよ。両親まで失って、兄貴までいなくなっちゃ可哀想だ」
爺さんは大きなため息を零しつつも、手に持っていたパンに齧り付く。
「悪いようにはしないさ」
「そうなることを祈るよ」
爺さんに別れを言いつつ、俺とフリードはコナーの家を目指して歩きだす。
彼の家は診療所と同じく西側の奥にあるらしい。
「妹、どうする?」
「騎士団が保護するしかないだろう」
フリードは俺の問いに間髪入れず答えた。
まぁ、そうなるわな。
「兄貴は確実に殺人罪で王都へ送られるだろうし、妹も一緒に王都行きじゃないか?」
「王都の医者に面倒見てもらえるだけマシか」
妹にとっては不幸中の幸い……と言えるのかは疑問だが、少なくとも地方領の診療所よりも高いレベルの治療を受けられるはず。
仮にコナーが家にいた場合、説得する材料に使えるかもな。
「しかし、伝説の霊薬エリクサーか。……本当にあると思うか?」
「あるわけねぇだろ」
次はフリードが質問してきたが、俺は即答しながら首を振る。
「黒魔術師に出来て王都の錬金術師にできない、なんてことあり得ると思うか?」
王都にある王立学術院は在籍している錬金術師の数も設備も国内一。
クラナダ王国には学術都市アモラと呼ばれる場所もあり、そこも王都と一位二位を争うほどの技術・施設レベルを誇るのだ。
桁違いに頭の良い連中がウジャウジャいるし、異端組織よりも莫大な金を投じて最新設備を整えている。
他国で生まれた技術もいち早く仕入れて検証を始めるし、好奇心旺盛な連中が跋扈する世界だ。
「そんな連中が黒魔術に興味を持たないとでも? 王立組織の中にはコナーみたいなヤツが腐るほどいるだろうし、国自体も過去には検証しているはずだ」
黒魔術はタブーだ。
宗教的にも国際的にもよろしくない行為とされている。
だが、ここまで技術を積み重ねてきた国お抱えの技術者達が「絶対にやらない」と言えるだろうか?
公表されていないだけで必ず裏では検証されているはず。
それも国主導で。
クラナダ王国どころか、他国でも同じだろう。
「検証した結果、やらないだけだ。やるだけ無駄だと知っているからやらない」
逆に黒魔術が真実で、技術の進歩に有益だとしたならば。
この大陸に存在する国は団結して聖ハウセル教会を封じ込めるだろう。
いくら大陸最大の宗教組織だとしても、多数の国を相手して戦えるほどの力はない。
「そうなっていないってことは、ただのまやかしだ。御伽噺に過ぎないってことだろ」
「それに縋るってわけか。虚しい話だな」
フリードは小さなため息を零しながら首を振る。
コナーは人生を棒に振った。彼の判断は間違いだった。
彼は妹の病といずれ訪れる現実を受け入れるべきだった――と、大半の者は言うだろう。
「とは言え、受け入れられないのが人間ってもんだ」
今の俺だって同じだろう。
毎晩、寝る前に魔王戦争の最中に死んだ仲間達の姿が瞼の裏に浮かぶ。
ジュリアルドの姿も、彼と過ごした楽しい日々も。
我ながら未練たらしいと思わなくもない。
だが、それが人間ってやつだ。
正しく人間である証拠とも言える。
「人生に不幸は付きものだ。後悔も。ただ、足掻くのも人生だと俺は思うね」
俺はコナーの人生を全て否定しないし、できない。
野郎は正しい選択をしなかったが、人生百点満点に生きれる人間も存在しないと思う。
妹を救うため、悪魔にさえ縋りたくなるのも理解はできる。
俺達が追う黒幕に直接関係ないのであれば、何も知らない妹は助けてやろうって気になるぜ。
なんたって、俺は悪党だけど人間だからね。
「俺達も足掻いている途中だと?」
フリードの質問に首を振る。
「いいや、俺達は前を向いて進んでいる途中だ」
しかし、回避できない不幸を受け入れて、前に進むのも人生において重要だと俺は学んだ。
俺達は俯く段階も、がむしゃらに足掻く段階も、もうとっくに終わってんだよ。
「……そこの家だ」
メインストリートから路地に入り、三本目の裏路地。
形の似た小さな家が並ぶ中にコナーの家を見つけた。
「…………」
俺とフリードは無言で頷き、家のドアまで近付いた。
ドアをノックして反応を窺おうとした時――
『う、うわあああッ!?』
家の中から男の悲鳴が聞こえてきた。
瞬時にフリードがドアを蹴破り、俺は真横に出現した空間から剣を引っ張りだしながら家の中へ。
まず目に入ったのは腰を抜かして尻持ちをつく男の後ろ姿。
だが、次が問題だ。
「おい、嘘だろ!?」
腰を抜かしたコナーと思われる男性の近くには、化け物に変貌した女性の姿があった。
魔物化が始まったばかりだからか、まだ辛うじて人の姿は保っている。
しかし、首と左肩が膨張し、長い髪は蛇に似た触手に変化していた。
……身に着けている服はピンク色のパジャマ。
恐らく、コナーの妹だ。
「魔物化してやがるッ!」
そう叫んだ瞬間、飛び出た女性の目玉が俺を捉えた。