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第12話 薬師コナーの人生


 黒魔術師コナー。彼は今年で二十八になる若者だ。


 過激派を率いる二人のうち、エリクサー生成のキーマンとなっている男でもある。


 彼はクラナダ王国東部ストラウド子爵領に住んでいた平民だ。


 血縁関係は両親と妹の四人家族。


 両親は農場で働いており、コナーも幼少期の頃から両親と共に小麦栽培を手伝う身だった。


 妹が生まれてからも両親の手伝いを続けていたのだが、妹が難病に罹ると両親に代わって世話をすることに。


 毎日辛そうな妹を見ていた彼は彼女の病気を治してやりたいと、日に日に想いが強くなっていく。


「大丈夫。兄ちゃんがどうにかしてやるからな」


 コナーは妹の病気を治す手段を探し始め、罹りつけの医者に方法を聞いたり、両親や他の大人達を質問攻めしていた。


 返って来る答えはどれも「王都にいる薬師さんが特効薬を作ること」であった。


 ただ、同時に妹の病気を治癒する薬の生成は難しく、最初の症例が発見されてから十年経った今も完成していないことを知る。


 それを知ったコナーは決意した。


「……自分で作るしかない」


 他の誰もが作れないなら、自分で作るしかないと。


 それから彼は猛勉強を続け、遂には王立学園に平民枠として入学する権利を得た。


 奨学金制度も勝ち取って、両親は誇らし気に彼を見送った。


 学園でも成績は上位をキープし、卒業後は目標であったクラナダ王立学術院に入所。


 念願の薬学研究部に入り、妹の病気を治すための特効薬作りをスタートさせた。


 ――しかし、彼の人生が順調だったのもここまでだ。


「クソッ! これじゃダメだッ! 一体、何が足りないッ! どうして作れないんだッ!!」


 過去に例のない特効薬を作りだす、という偉業は相当難しい。


 日々、寝る間も惜しんで研究を続けたが成果は得られず。


 途中、方向転換して症状を軽くする薬、所謂頓服薬の改良にもチャレンジした。


 性能の向上は認められたものの、完治に至るための薬を生成するにはまだ何かが足りない。


 更にこの頃、魔王戦争が勃発することで彼の研究には多大な遅延が発生してしまう。


 とはいえ、遅延している間も完治させるための要素は見つからなかった。


 魔王戦争後、足りない何かを探し求めている間、農場主から両親が事故で亡くなったという訃報まで届いてしまう。


 病気の妹は罹りつけの医者が世話してくれることになったが、この頃からコナーの抱える焦燥感はピークに達していただろう。


「……そうだ、昔――」


 思い出すのは数年前の記憶。


『治療薬の開発には根気が必要だよ。自分の体を壊しては意味がない』


『病気を克服するという行為は大変なことだ。僕も昔は焦っていたよ。夢物語に登場する霊薬が作れれば、と嘆くことすらあった』


 徹夜して作業する自分に気をかけてくれていた上司が、何気なく漏らした言葉。


 夢物語に登場する霊薬。万病を癒す神秘の薬。


 エリクサーだ。


「夢物語であっても、確かめる価値はある」


 胸を圧迫するような焦燥感。真っ暗な道をただひたすら進むしかない不安。


 もはや、彼は限界だった。


 故に彼は外法に活路を求めたのだ。


 コナーは学術院を離れ、エリクサーを求めて黒き魔の手に入信する。


 入信した彼は黒き魔の手が求める活動を続けながらもエリクサーについての情報を収集。


 入信から数か月経った頃、コナーは功績を認められてフォンロンの持つ『黒魔術教本』を閲覧することができた。


 そこで見つけたのだ。


 エリクサーについての記述を。


 本当に存在するかどうか、本当に生成きでるかどうか、という疑問はコナーにとって関係無かっただろう。


 藁をも縋る彼は『エリクサーは存在する。生成できる』と信じた。


 信じる他、無かったのだ。


 だが、同時に障害もあった。


 組織のリーダーであるフォンロンが危険な儀式、非人道的な素材を使用する技術の再現・検証を禁じていたからだ。


「……どうにかしないと」


 コナーの心に邪悪な闇が蔓延しつつあった時、彼はとある人物に声を掛けられた。


「君、エリクサーを生成したいんだって?」


 スペンサーだ。


 コナーは周囲の仲間に「エリクサーを作りたい」と零していたが、それを知ったスペンサーが彼に提案を持ちかける。


「私もエリクサーを作りたいんだけど、私には技術力が足りない。だから、君に協力して欲しいんだ」


 同じくエリクサーを求める者同士、二人が打ち解けるに時間は掛からなかった。


 お互いを知った頃、コナーはスペンサーに具体的な内容を問う。


 そこでスペンサーが語った計画は……。


「そ、組織に黙ってやるのか?」


「だって、フォンロン代表はエリクサーの生成を禁止しているじゃないか。黙ってやる他、手段はないよ」


 スペンサーは言う。


「私達の目的を達成するには仕方ないことだ」


 コナーの目を見つめ、手を握り、これしかないと語るのだ。


「……材料の調達は? 教本には魔人の心臓が必要だってあるが」


「それにはアテがあるよ。黒商人に頼むんだ」


「黒商人? 黒商人って人身売買もやるっていう……?」


「ああ。黒商人に頼めば魔人の心臓も手に入る」


 スペンサーはニコリと爽やかな笑みを浮かべる。


 エリクサーに必要な魔人の心臓は()()でなくてはならない。


 墓を掘り起こして埋葬されたばかりの死体から抜き取るんじゃなく、生きているうちか、死んだ直後の死体から抜き取らなきゃいけない。


 裏を返せば、自分達の目標を達成するためには『誰かが死ぬ』ということでもある。


「他の誰かが犠牲になるんだ……」


 コナーは妹を救うためにエリクサーを心から求めていた。


 しかし、同時に他の誰かを犠牲にするという行為に躊躇していたのも事実。


 求めているが、その現実に向き合えていない。


 覚悟が決まっていなかった。


 彼はフォンロンから明確に禁止されたことで、一線を越えずにいられたのも事実だ。


「やらなきゃ、君の妹は死ぬ」


 スペンサーもまた、明確に事実を突きつけた。


「人を救うって行為は大変なことだ。そのために他人を犠牲にするって行為に躊躇するのも理解できるよ。躊躇しなきゃ人間じゃない」


 彼は首を振りながら、コナーの心情を察するように言う。


「だけどね、君はたった一人の家族を救いたいんだろう? 顔も知らない、喋ったこともない他人と長年病気で苦しみ続けてきた妹。どちらが大事だい?」


 この時、コナーの脳裏には高熱で苦しむ妹の顔が浮かんだだろう。


 病気に罹ってからずっとベッドの上から動けない、可哀想な妹の姿が浮かんだに違いない。


「……やるしかないんだ。コナー。私達の目的を達成するためには、手を汚す必要もある」


 葛藤に苦しんでいたコナーは顔を上げてスペンサーを見た。


 彼は爽やかな笑みを崩していない。


「大丈夫。罪悪感は私が引き受けるよ。君は研究に没頭すればいい」


 スペンサーはコナーの耳元で囁いた。


 黒商人とのやり取りは自分が引き受ける。


 だから、罪悪感を感じる必要はない。


 人の心臓を前にしても、それはただの『素材』に過ぎないと。


「ただ、妹を救うという目的だけ考えればいいんだ。君しか妹は救えないんだ」


 甘く、綺麗で、もっともらしい正義感でコーティングされた言葉。


「……分かった。やろう」


 そして、彼は一線を越えた。


 スペンサーが用意した隠れ家でエリクサー生成の研究が開始。


 同時に彼が誘った仲間も加わり、研究は加速していく。


 途中、躓くこともあった。


 だが、スペンサーが黒商人を通じて他の黒魔術信仰組織から得たという生成記録や製法を手に入れて。


 コナーの研究は順調に進んでいったが――


「こ、殺す必要があったのか!?」


 コナーの研究がフォンロンにバレてしまい、研究を止めようと説得しに来たフォンロン達をスペンサーと仲間が殺害。


 コナーに危険性を説いていたところを後ろから撲殺したのだ。


「殺さなきゃエリクサーは完成しない。止められて、君の妹は死ぬ。そうだろう?」


 返り血を拭うスペンサーがコナーに近付き、完成間際の液体を指差した。


「何のためにここまでやってきたのか。それを忘れてはいけないよ」


 真剣な表情で語るスペンサーはコナーの肩に手を置いた。


「もうすぐ君の妹は助かるんだ。邪魔されるわけにはいかない」


 その後、コナー達は街を出た。


 新たに作った隠れ家でエリクサー研究を進め――


「完成だ!」


 最後の臨床試験を経て、遂にコナーはエリクサーを完成させた。


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