第11話 黒魔術信仰組織 2
黒魔術信仰組織『黒き魔の手』の拠点。
それは彼らを異端認定する聖ハウセル教会が建設した古い教会だった。
「元教会で異端活動とは恐れ入るぜ」
喧嘩売ってんのか、肝が据わっているのか……。
とにかく、皮肉を感じずにはいられなかった。
「入ろう」
フリードが教会の扉を押して中に入ると、俺も彼の後に続く。
中は特にリフォームされているわけじゃなく、完全に「教会です」と言わんばかりの造り。
いや、元が教会なのだから当たり前なのかもしれないが。
聖ハウセル教会ご自慢の『聖人ハウセル』を描いたステンドグラスや神像、祭壇などはさすがに撤去されている――いや、そういったモンは教会が持っていったのかな?
とにかく、入った直後は教会にありがちな広いホール。
そこに長椅子がいくつも並んでいて、数人の老人が黒いローブを着た組織の者達と会話していた。
「実は昨日から腰が痛くて」
「仕事中に怪我をしてしまって……」
組織を訪ねて来たであろう者達は自身が抱えているであろう症状を口にする。
対し、組織の者達は彼らの言葉を真剣に聞きながら頷くのだ。
恐らく、行われているのは問診だろう。
地方にある村の小さな診療所みたいな雰囲気だ。
「こんにちは。本日は治療をお望みですか?」
観察していると、脇から声を掛けられた。
顔を向ければ黒いローブを纏う若い女性が立っていて、彼女は愛想のよい笑みを見せてきた。
「いや、代表に会いたい」
フリードが目的を口にすると、女性の眉がぴくんと反応する。
「ああ、あの人が言っていた……。こちらです」
彼女はほんの一瞬だけ表情を崩す。
俺達を見る目の種類がガラッと変わって、敵を見るような視線に変わった。
ただ、すぐにまた愛想の良い笑みを浮かべて俺達を案内し始める。
ホールの脇にあった扉を潜り、短い廊下の先にあった部屋の前へ案内され――
「代表、お客さんが来ました」
女性はドアをノックしながら平坦な声で中へ伝えると、向こう側から「入って下さい」と声が聞こえてくる。
「どうぞ」
女性が扉を開けてくれるが、この時も女性の表情は険しいものへ変わっていた。
なんだろうな。嫌悪感を感じているような顔だ。
まぁ、こういった連中は外部の人間を嫌う者も多いだろうし。
仕方ないっちゃ仕方ないがね。
「ようこそ。どうぞ、おかけ下さい」
彼女とは違い、俺達に満面の笑みを浮かべて着席を促してきたのは若い男。
外見から察するに年齢は二十代後半だろうか?
顔もそこそこ良く、物腰も柔らかな印象を受ける。
「ういー。どうも~」
「私の名前はフォリー。組織の代表を務めさせて頂いております」
敢えて俺が横暴な態度でソファーに座っても表情を崩さない。
これは女性信者から人気が出そうだ。
「事前にお話を聞きたいと伺っていますが、組織についてですか?」
フォリーは「何でも話しますよ」と笑顔で言う。
前置きは無し。
さっそく本題に入ろうとする姿勢も好印象――と、言いたいところだが、胡散臭いくらい協力的だ。
フリードの言っていた通り、異端認定を外してもらえるよう必死なのか?
「さっそく聞きたいんだが、おたくらは過激派と呼ばれる連中と揉めてるようだが……。怪しい儀式を執り行う過程で考え方の違いでも起きたのかい?」
まずは軽いジャブ。
こちらが掴んでいる『技術派』の情報を悟らせないよう質問をぶつけてみる。
「いいえ、我々は――私が率いる技術派は黒魔術信仰組織にありがちな怪しい儀式は禁止しています」
「ほう? その言い方だと過激派は違うように聞こえるね?」
「はい。仰る通りです。私達は前代表の意志を継いで活動をしておりますが、彼らは我々の理念をよく思っていないようですから」
フォリーは技術派の理念を語っていく。
それは事前に得ていた情報通りだが、何故彼らが黒魔術信仰組織らしい――黒魔術信仰組織にありがちな怪しい儀式を禁止しているのかを語っていく。
「前代表は私の父なのですが、父は元々魔術研究者でして」
彼の父親が魔術研究者だった、という事実は事前情報通りだな。
「父は既存の魔術を改良して新しい術式を生み出す研究を行っていたのですが、術式構築についての理論を研究している過程で黒魔術に出会ったと言っていました」
魔術を行使するための術式にはある程度の決まりがあり、それらを『テンプレート』と呼ぶ。
基礎部分となるテンプレートを活かしつつ、一部の数式や文字を変えることで顕現される魔術の属性や形を変えられるのが現代の魔術と言えよう。
テンプレート技術が開発されて以降は魔術の数がグッと増え、開発も容易になった。
彼の父は「新しいテンプレート」を作り出そうと研究していた過程で恩師に再会。再会することで黒魔術の話を聞き、それを応用できないか? と考えたようだ。
――より詳細な経緯が語られたが、ここも事前情報通りか。
「黒魔術も魔術ですからね。利用できないか、と考えるのは妥当でしょう?」
ただ、そこで「黒魔術だしなぁ」と断念するのが普通の研究者。
ブレーキを掛けない時点で頭がイカれているとも言える。
その後も事前情報通り、フォンロンは再び師であるキロッグの元で黒魔術研究を開始。
しかし、ここで彼の父は衝撃の光景を目の当たりにする。
「父の師は皆さんが想像する怪しい儀式を執り行いまして。そこで父は悪魔が召喚されるのを見たそうです」
「悪魔?」
「ええ。それはとてつもなく恐ろしかったようで……。父もあまり多くは語ってはくれませんでした」
ただ、当時目の当たりにした悪魔を語る父親は本気で恐怖していたそうだ。
『あれほど恐ろしい儀式はなく、あれほど恐怖した瞬間はなかった』
心の底から恐怖し、焦り、顔中汗まみれになるほど。
同時に何故黒魔術が異端認定されているかも深く理解したようだが、事前情報も含めて話を聞く限りでは黒魔術の魅力は捨てきれなかったらしい。
しかし、方向転換はしたって感じか。
恐ろしさを知りつつも、人のために役立つ技術へと昇華させようとしていたように聞こえる。
「幼少期の頃から絶対にやるな、と何度も言われ続けてきました。もちろん、組織内にも固く禁じていましたよ」
そして、その経験が黒き魔の手の理念に繋がる。
黒魔術信仰組織とは思えない独特な理念は、彼の父であるフォンロンの恐怖体験と関係していたらしい。
「それでも儀式をやりたいって連中はいたんじゃないか?」
現に過激派なんてモンが生まれているんだしな。
「もちろん、中には儀式の成功を求めて組織へ加入したいと申し出る人もいました」
悪魔を召喚して世の中を変えたい。神の元へ近付いて知恵を得たい……など、とにかくぶっ飛んだ考えを持つ者は多い。
しかし、そういった入信者に対してフォンロンは懇切丁寧に優しく危険性を語っていたという。
「中にはそれでもと言う人もいましたが、父が過去の体験を語ることで考えを改めてくれました」
内容はフォリーも知らないようだが、ここまでくると気になるな。
生きてりゃ聞けたんだろうが。
「だが、過激派の連中は親父のこわ~い話も効かなかったってことだろ?」
これまではフォンロンの説得と説教で考えを改めさせることができたが、遂にそれも限界になったってことだ。
「はい。彼らは父に黙って勝手に研究を始めていました。黒商人と取引まで行っていて……」
おっと、出たぞ。
「黒商人ね。過激派はどんな研究を? 悪魔でも呼んで国家転覆しようってか?」
「いいえ、霊薬の製造です」
「霊薬?」
「はい。人に不老不死の力さえも与える万能霊薬エリクサー。彼らはそれを作ろうとしていたんです」
曰く、霊薬エリクサーは黒魔術の中でも伝説的なアイテムだ。
「飲んだ瞬間、体に活力が漲るらしいですよ」
飲めば不老不死も可能な生命力に満ち溢れ、この世の病を全て完治させてしまう。
ただ、表舞台で実物が存在したという記録は一切なく、事細かく記録されているのは彼らのバイブルである『黒魔術教本』の中だけ。
「実際に見てみますか?」
フォリーは室内にあった本棚から革張りの大きな本を持ってくる。
黒革の表紙には『黒魔術教本』と旧言語で書かれており、古く色褪せたページをめくっていくと『霊薬エリクサー』についての記述に辿り着く。
「霊薬エリクサーは生命力を凝縮させた液体です。材料には魔人の心臓も必要な上、最終的な仕上げには女神召喚の儀式が必要不可欠だとあります」
ページには赤い液体で満たされた瓶の絵。それに効能や材料、用いる儀式についての記載がある。
超絶うさんくせえ。
絶対嘘だろ。
なんだよ、女神アストリオルの加護を得る儀式って。
最後の最後に女神なんぞに媚び売るのか? ケツにディープキスかまして奇跡でも起こしてもらうのかよ?
書いてあることが聖ハウセル教会の聖典とそう変わんねえじゃねえか。
野郎共が黒魔術を異端認定する理由が分かった気がするぜ。
――ただ、重要な繋がりが発見できたのも確かだ。
やはり、グッテンから買った臓器の行先は過激派か。
「過激派はエリクサーの生成を裏で研究していて、それが父にバレたんです」
フォンロンはそれを問い詰めたが、逆上した過激派に撲殺されてしまったという結末だ。
「親父が過激派の行動を掴んだのはいつだ?」
「一ヵ月前くらいでしょうか。エリクサーの件だけじゃなく、黒商人との取引も続々と発覚して。すぐに父は問い詰めに行きましたが……」
グッテンがソーンハイムと最後の取引を行った時期とも一致する。
大当たりだ。
「そのあと、過激派は?」
フリードが問うと、フォリーは憎しみの篭った目を向けてくる。
「父を殺した彼らは街から逃げ出しました。今頃はどこにいるか……」
フォンロンを殺した過激派は逃げ出すように街から消えた。
組織はフォンロンを失ったことで崩壊寸前。
フォリーは過激派を追うよりも組織の立て直しと技術派をまとめることに注力して今に至る、と。
「私は父を殺した者達に復讐したい。しかし、仲間達を捨てることもできない」
フォリーは手が真っ白になるほど強く握り締め、殺意に満ちた目で俺達を見た。
なるほど、これが協力的な理由か。
「そこで、俺達がやってきたと。自ら復讐を果たせば騎士団に捕まる。そうなれば組織はバラバラ。だから、俺達に協力して代わりに復讐を果たしてもらおうってか?」
「…………」
図星かね?
まぁ、構わんが。
「いいぜ。お前の復讐を果たしてやるよ。過激派の居場所を特定する有益な情報を寄越せたらの話だが」
「正確な居場所は分かりませんが、過激派のメンバーは把握しています」
過激派の構成員は全部で十人。
内、二人がリーダー的な立ち位置として活躍している。
「一人はスペンサーという男です。彼は口が上手い。人の心を掴むことにも長けています」
見た目は二十代の男性。
くすんだ金色の長い髪を後ろで結びつつ、糸目が特徴的な男。人前ではよく笑顔を見せる男だったそうだ。
スペンサーは過激派の構成員をまとめ、エリクサー生成計画を作り上げた張本人。
彼の発案した計画に従って他の構成員も動いているようだ。
同時に黒商人と取引契約を結んだのも彼だと思われる。
「もう一人はコナーという男。こちらは薬学の知識を持つ元王立学術院の研究者です」
こちらの男はエリクサー生成の頭になっていた者だ。
丸眼鏡をかけた気の弱そうな男だが、薬学に関する知識は組織の中でもトップクラスだった。
エリクサー生成研究へ没頭する前は、組織の掲げる自然治療に用いる薬草の選定や加工技術を組織の仲間に教えていたらしい。
黒商人との取引はスペンサーに任せ、コナーはエリクサーの生成に注力という役割が出来上がっていたと推測できる。
「後々判明したのですが、コナーには病気を患った妹がいるらしく。もしかしたら、組織に入ったのはエリクサーの生成方法を知るためだったのかも、と……」
コナーの妹は現代医学・薬学では完治できない難病を患っているらしい。
王立学術院に入って薬学を学んでいたのも、妹の病気を治す特効薬――現代の錬金術を用いて生成される特定症状特化型のポーション開発を目指していたのかも。
しかし、学術院では難しいと判明して黒魔術に縋ったのか?
「よし、コナーから辿ろう。野郎の妹はどこに住んでいる?」
病気の妹を治すために人まで殺したんだ。
妹を置いて遠くへ逃走ってことはあり得ないだろう。
「彼はストラウド子爵領に住んでいたと語っていたことがありましたが」
ストラウド領は東部の入口だ。
領主街はここから数時間の距離にある。
「スペンサーについての情報は?」
フリードが問うも、フォリーは首を振る。
「スペンサーはプライベートなことを何も喋らない男でした。辛うじて分かっているのは元孤児だということで、他は何も」
スペンサーは人当たりの良い人物で、誰とでも親しく話すような人間だったが、自身の過去については「聞いてくれるな」という雰囲気を常に出していたという。
周りの人間も気遣って聞かなかったし、スペンサーのように過去を隠したがる人間は組織内に多いことから、他人の過去を探ることはタブーとされていたらしい。
「とにかく、コナーからだ。こいつから情報を手繰り寄せるぞ」
俺はフォリーに「また連絡する」と言い、フリードと共に拠点を後にした。