第10話 黒魔術信仰組織 1
王都を出発した俺が向かったのは、王都の東にある小さな街だ。
王都から馬車で二時間程度。ギリギリ王領内にあるこの街は、王城から派遣された文官が代官として管理している。
街の役目は東部から入ってくる物流の中間管理地点。
街の人口も少なく、街に住む人達の八割が物流事業従事者となっていて、住居や商業店舗よりも大型倉庫の方が目立つ。
特に東部から運ばれる小麦の数は膨大で、王都住民の胃袋を支える重要な役目を担っている。
他にも日持ちする特産品やらも運び込まれるが、食品以外にも東部で作られた陶器、生活用の食器などを含む食品以外も物流の対象だ。
さすがに芸術品やら宝石などの高級品が運び込まれて保管されることはないが。
そういった背景もあって、この街は重要だけど地味というイメージが強い。
地方から来る観光客もこの街には立ち寄らず、立ち寄るくらいなら多少無理をしても王都を目指してしまうだろう。
ただ、だからこそ――この街に黒魔術信仰組織の拠点があるとも言えるのかもしれない。
「よう、来たな」
西側から街に入り、入ってすぐのところにある酒場でフリードと合流。
もちろん、ここはブルーアイズの拠点だ。
入ったついでに一杯やってから、ってことでバーテンにウイスキーを注文した。
「んで、どうよ?」
バーテンからウイスキー入りのグラスを受け取りつつ、フリードに情報収集の成果を問う。
「まずはソーンハイムの方だが、こっちはサイモンに任せることにした」
彼がサイモンに相談すると、サイモンは「相手は商人ですからね」と言って独自ルートを使った調査を開始したようだ。
その間、手の空いたフリードは騎士団に別件を振られたって流れかな。
「本題の黒き魔の手に関してだが――」
そう言いながら、彼はウイスキーを一口飲んだ。
「やっぱり、黒き魔の手を束ねていたフォンロンは死亡している。今は彼の息子が技術派をまとめている状態だ」
事前情報通り、元リーダーであったフォンロンは死亡。
死亡した経緯としては、過激派と揉めた末に撲殺されたようだ。
「揉めた原因やらはこれから聞きに行くが、黒き魔の手は完全に二分化しているな」
揉め事を起こした過激派は既に街を出ており、この街にいるメンバーは皆『技術派』に属している者達だという。
「んじゃ、フォンロンの息子に話を聞くのか?」
「ああ。既に約束は取り付けてあるよ」
フリード曰く、最初は断られるかと思ってダメ元で提案してみたらしい。
しかし、意外にも向こうはすんなりと受け入れてくれたとのこと。
「騎士団が同行することさえ許してきたよ」
向こうはフリードを騎士団の人間だと勘違いしているらしく、仲間を派手に連れてきても良いとさえ言い出した。
しかも、拠点内の捜査まで許可を出したというのだから驚きだ。
「ふぅん……。お行儀良くやってるから隠し事はありませんよってか?」
異端組織へのガサ入れ捜査と勘違いしたのだろうか?
確かに聖ハウセル教会から騎士団にそういった要請が出されることもあるが、だとしても随分と自信があるようで。
「たぶんな。異端組織ってレッテルを外したいって話は本気なんだろう」
フリードは「親父の教育じゃないか?」と。
彼が見た技術派はエヴァンの語っていた組織像そのもの。
息子は正しく親父の理念を受け継いで組織をまとめているようだ。
恐らく、向こうは今回の件をアピールの場だとも思っているのだろう。
「じゃあ、会ってみるか」
「ああ」
グラスの中を空にして、俺達はフォンロンの息子に会うべく店を出た。
フォンロンの息子がまとめる『技術派』は街の南側にある小さな歓楽街の中みたいだ。
「酒場、娼館、娼館、娼館……。多すぎねえ?」
店の規模は小さいものの、連続して娼館が続く。
「ここは人口も少ないから商業店舗の出店が少ないからな。ストレス発散には正直な方が儲かるんだろう」
王領にも関わらず、王都どころか地方領地よりも街中に華がない。
あまりにも街としての役割に注力しすぎ、国政に偏りすぎ、それ故にこの街に生きる人々が楽しむ娯楽の数も少ない。
だが、街に住む人達の経済状況は中堅よりも下、という評価だ。
日々、単純な肉体労働でくったくたになってしまうし、払われる賃金も学が求められる職業より少ない。
となれば、下手に王都で流行りのカフェやらレストランやらを出店するよりも、シンプルに安い食堂や酒場の方が客入りも見込めるのだろう。
フリード曰く、娼館が多いのは街の外からやって来る商人達や輸送商会の人間が多いからだそうだが。
「酒、たばこ、娼館。ここだけ時代が三十年くらい止まっているように思えるな」
王都の歓楽街にはもっと種類がある。
酒やらシモに直結した業種だけじゃなく、最近では社交場に寄せたレジャー施設なども増えてきた。
あとは酒を飲みながらでも鑑賞できる劇場だったか?
小さなショーやら演劇が開催できる箱は、規模が小さかったり知名度の低い劇団から人気だと聞いたな。
「あとは賭場だな」
フリードが親指で示す先、そこには昔ながらでいかにもな、店の業種を示す看板すら無いあやし~い建物があった。
「中は厳つい野郎が多いが、そこそこ面白い。カードが得意なら王都の賭場より儲けられそうだ」
「儲けたら儲けたで裏の連中が出てくるんじゃねえの?」
「いや、騎士団の管理下にあるから大丈夫」
ここは王領だぞ、とフリードは鼻で笑った。
あくまでもガス抜き用の賭場、ってことね。度を超える前にご退場願うのだろう。
「ん?」
南区の奥へ向かって歩いていると、黒いローブを纏う人物が目に入った。
後ろ姿を見る限り女性だ。
手には小さな籠を持っていて、中には植物の束と小瓶がいくつか入っているのが見える。
彼女は飲み屋のドアを叩くと、中から出てきた男性に液体入りの小瓶を差し出した。
「あれって」
黒いローブ。あからさまな格好だ。
黒魔術信仰組織の人間なんじゃないか? という意味を込めてフリードに問う。
「ああ。技術派の人間だよ」
曰く、男性に渡したのは酔い冷ましの薬らしい。
昔ながらの製法で作られた薬品を売っているらしく、一部の店舗では普通に活用されているとのこと。
「今の社会に溶け込もうとしているのは本当みたいだ。金の無いやつに無償で治療を施すのもな」
医療行為の有効性や効果は別として、技術派が人のために行動しているというのは本気らしい。
「それなりに効果はあるらしい。まぁ、過去に存在した薬学ってのは今の技術に繋がってもいるからな」
もちろん、現代の錬金術で製造される薬の方が効果自体は高い。
しかし、そこへ至るまでに発展してきた技術は『基礎』として今も存在しているのも事実だ。
「ほら、中には錬金術が信用ならないってやつもいるだろう? 錬金術で作った薬よりも、すり潰した薬草をお湯に溶かして飲む方が良いっていうオールドスタイルだよ」
錬金術を行使する過程で「不純物が入る」やら「何をされているか分からない」なんて言う人も世の中にはいる。
自然の恵みこそ最強の薬だ、と信じている者も少なからずいるわけで。
そういった連中には黒魔術信仰組織と言えど、現代医療よりも信じられるってことなのだろう。
「類は友を呼ぶってか?」
ある意味で同種の人間とも言えるが、共通する部分があるからこそ受け入れられる。
社会へ溶け込む切っ掛けとして利用しているのか、真の意図は不明だが。
「まぁ、世の中色々さ。人もね」
フリードは肩を竦めながらも笑みを浮かべた。
「ここだ」
そして、歓楽街の半ばにあった建物の前で足を止める。
「おいおい。これも世の中色々ってか?」
黒魔術信仰組織『黒き魔の手』の技術派が拠点とする建物は、どう見ても古い教会にしか見えない。
今はシンボルこそ外されているものの、明らかに『聖ハウセル教会』が使っていた建物であることは明白だった。
「格安で買ったんじゃないか? 新しい教会は街の中央区にあるし」
「どんな皮肉だよ。笑えるぜ」
鼻で笑いつつも、俺は教会のドアに手を掛けた。