第一章 貴族転生 - 008
俺は敵の反応を見ながらかわしていく。
大はさみの連続攻撃の後、体を一瞬のうちにくの字に丸めることで上空に跳ねる。
頭上から巨大な質量を持ったガルネーレンが振ってくる。
ガルネーレンが跳ねたタイミングで、俺は後方に三回ローリングでそれを交わす。
ガルネーレンが着地した瞬間を狙って踏み込み、もう一度弱点に向かって踏み込むと、戦技崩突を差し込む。
最大級の体幹削りを持った戦技だ。それを二回、無防備な状態で差し込むことが出来た。
近づいた俺に反応しようとしていた、ガルネーレンがスタンする。
動きの止まっている状態は一瞬。
その間に、俺はガルネーレンの頭に致命を差し込む。
治癒の剣は、その一撃でガルネーレンの生命を奪うことに成功する。
勝利したが、三歳児の俺はこの一回の戦闘でへばっている。
二回の戦技を差し込めたのは、緑枝のアミュレットの持つ祝福によって、持久力が増していたからだ。
だが、まだここで止まるわけにはいかない。
今の戦闘で、もう一匹のガルネーレンがこちらに気づいてしまった。
倒したばかりのガルネーレンが通路の入口を塞いでいる。
上から乗り越えて隙間から潜り込まないと、中に逃げ込めない。
中にさえ入ることができたら、倒したガルネーレンが塞いでくれるので安全になる。
俺は、しっぽの方へと回り込み、よじ登る。
戦ったばかりで握力に難があるが、どうにか上ることはできた。
甲殻類特有の固さをもった死体は、下水路の中にいたため、ぬめぬめと滑りやすい。
そこを登って行くのだが、四つん這いになっても良く滑る。
その間も、ガルネーレンは急速に距離を縮めて来ている。
しかも、右のはさみを明らかにこっちに向けていた。
これはもう、間に合わない。
俺は迷わず飛び降りる。
俺がいた場所を必殺の水流が直撃した。
一瞬でも判断が遅れたら、俺は水流で跡かたなく押しつぶされていたことだろう。
これで、水路に逆戻りだ。
どうやら、もう一回ガルネーレンとも戦わなくてはいけないようだ。
しかも、今度は不意打ちなしで、正面からの戦いになる。
さらに、今の俺では戦技を使えるのは一回こっきり。
難易度はさっきの比ではない。
だが、生き延びるためにはやるしかないだろう。
鞘にもどしていた治癒の短剣をもう一度抜く。
同時に走り出す。
次の水流攻撃が来るまでに間合いを詰めなくては勝ち目はない。
こっちには遠距離攻撃手段が存在しないからだ。
幸いなことに、持久力は回復している。
なんとか、パリィ主体で戦うしかない。
いい感じの攻撃が来てくれることを祈ろう。
間合いに入ったとたん、うまい具合に右のハサミ攻撃がきた。
パリィを取る。
スタンしたガルネーレンに致命を差し込む。
さすがに治癒の短剣であっても、まったくダメージが入っていない状態では、一撃で倒しきることはできない。
俺自身のステータスが、あまりに低いからだ。
さっきは、不意打ちで戦技を入れて、さらにもう一度戦技を差し込んでいたから、どうにか致命攻撃で削りきることができたのだ。
正面からだと、後二回は致命攻撃を差し込む必要があるだろう。
治癒の剣を抜くとすぐに左右のハサミを使った連続攻撃がくる。
俺はステップを使ってそれをきわどい所で交わす。
間合いを開くと俺の攻撃が届かない。さらに開くと水流攻撃がくる。
紙一重で交わし続けることが、俺がとれる唯一の勝ち筋である。
ひどく際どい隙間を縫うような動きで、俺は連続攻撃をすり抜け続け、動きが止まった所で踏み込み、強攻撃を入れる。
腹の柔らかい所以外、ダメージは通らないから、確実なタイミングを狙うしかない。
戦技を打てるのは後一度だけなので、地道にダメージと体幹を削っていくしかない。
当然戦いは長くなるので、俺の持久力管理が生死を分けると言っていいだろう。
よけながら、何回かに一度攻撃を差し込まずに、持久力回復に回す。
ひどく焦れるが、焦りはミスに繋がる。
三歳児では一度かすっただけで、即死しかねない。
標高百メートルに渡された綱の上で、ダンスを踊るような繊細さを必要とする。
そんな中で、ガルネーレンも焦れたのか、大ぶりの強力な攻撃が来た。
回避運動を取らず、前に踏み込み零距離でパリィする。
綺麗に敵の体幹を削り切り、致命を入れることに成功する。
これで、後一度致命を入れたら、ガルネーレンの生命力を削り切ることができるはずだ。
そう考ながら、治癒の短剣を引き抜こうとしたときだ。
ガルネーレンの左のハサミが開いたままになっていることに気づく。
これは、近距離攻撃ではない。
なんと、ゼロ距離から水流を放とうとしている。
パリィ不可能な攻撃だ。
さすがにこれはシャレにならん。
俺は治癒の短剣を手放すと、左に転がった。
際どい所を水流がかすめていく。
「おいおい」
すぐに立ちながら、そんな言葉が口をついて漏れ出ていた。
どうにか助かったが、唯一の武器である治癒の短剣を失った。
かわすことは出来ても倒すことはできない。
これって、絶望的な状況である。
すぐに来た敵の連続攻撃をすり抜けながら、どうしたものかと考えていると。
「避けて!」
背後から声が聞こえる。
俺が右にローリングすると、青白い光が連続してガルネーレンにヒットする。
ガルネーレンが僅かにひるんだ。
俺は全力で踏み込み、ガルネーレンの体に刺さっていた治癒の短剣を引き抜くと同時に、戦技崩突を差し込む。
今の青白い光は、翡翠系魔術の青輝剣。ダメージはそこそこだが、大きく体幹を削ることができる。
ガルネーレンがひるんだのもそのためだ。
そこに最強各の体幹削り戦技崩突を差し込んだのだ、当然の結果としてガルネーレンはスタンする。
俺は、余裕をもって近づくと、ガルネーレンに最後の致命を与えた。
これでガルネーレンは二度と活動することは無くなった。
俺は両腕を膝に載せて肩で息を付く。
危なかった。持久力もギリギリだった。
でもまぁ生き残ることができたので合格点は付けられるんじゃないだろうか。
俺は後ろを振り返る。
少し離れた所にいるのは、美しい女の子。
十五、六才くらいだろうか?
若くはあるが、俺にくらべたらずいぶんと年上だ。
死にかけた時はどうかと思ったが、どうやら俺はついているらしい。
「たすけてくださり、ありがとうございます、ふりーださま」
俺は片膝をついて、頭を下げながら礼を口にする。
「いいのよ、そんなこと。たまに間引かないと、暮らしにくくなるもの。それより、ずいぶんと可愛らしい騎士様だこと」
俺の礼をあっさりと受け流し、フリーダが話しかけてくる。
正直助かった。今の二連戦で、俺の魔力も体力もほとんど払底している。
見えざる姿を行使するだけの魔力もないし、探すことのできる体力もない。
ここで会えたのは、ほとんど僥倖と言えるだろう。
「でも、たすけていただいたので」
目の前にままで近づいてきたフリーダに対して、俺は非礼にならぬよう礼を保ったまま言う。
どんな事情があれ、相手はデミゴッドなのだ。
神の直系である。
絶対に機嫌を損ねるわけにはいかない。
俺が頑なに跪いていると、フリーダはいきなり両脇に手を回すと、軽々と持ち上げた。
ようするに抱っこである。
「まったく、なまいきね、おちびさん。でも可愛いからゆるしてあげるわ」
俺の耳元で、フリーダが話しかけてくる。
「ええっ。これは、しつれいを……」
俺は焦り、言葉を繋げない。
正直、こういう状況は想定していなかった。