第一章 貴族転生 - 007
◇◇◇◇◇ 主人公 Side ◇◇◇◇◇
俺が求める武器は入手した。
費用となるアイテムは、すでに発注している。
母の名を勝手に使って、文章での発注だ。
それなりの金額になったのだが、財産の管理などろくにやってないので、まぁばれることはないだろう。
静寂の腕輪と緑枝のアミュレット。
足音を消す効果と、持久力を急速に回復する効果がある。
それに、月束の杖。
秘匿効果の魔力増幅を持った魔法の杖だ。
すでに、魔術見えざる姿はマスターしている。
魔導書を見て理解するのはそれほど難しくなく、理解してから実際に発動するのはもっと簡単だった。
見えざる姿を月束の杖を使って発動すれば、一時間は姿を消すことができる。
今の俺なら、三回は発動できるので、合計三時間は活動できる。
さすがに忌区全てを見て回ることは不可能だが、いくつか目ぼしはつけている。
十分とは言えなくとも、ほぼほぼ見て回れる時間だろう。
場所が場所だけに戦闘は避けられないだろうが、数回ならなんとかなるだろう。
これで忌区探索の準備は整った。
あとは忌区にフリーダがいることを祈るしかない。
正直、現状で教区を探索するとなったら、ほとんど詰んでいるようなものだ。
難易度が高すぎる。
「よし」
俺は両手で自分の頬を叩き、気合を入れる。
今はまだ夜中だ。屋敷の中は静まり返っている。
兵の一部は夜勤についているはずだが、場所は把握している。
抜け出すのに問題はない。
夜明けまで若干時間があるが、それまでには目的地についていたい。
三歳児の足では、走った所で知れているので、余裕を持って行動しているが急いだ方がいいことには変わりない。
屋敷を抜け出した俺は、貴族区を抜けて平民区へと向かう。
小さな家や商店、長屋形式の住居が雑多に立ち並んでいる区画で、非常に複雑に道が伸びている。
ほとんど迷路みたいではあるが、俺は良く知っているので、迷うようなことはない。
途中、何度か人を見かけたが、見つからないようにやりすごす。
そうしてたどり着いたのは、井戸の前。
中へは鶴瓶ではなく、梯子が伸びている。
ここが、忌区への入口だ。
隠されているというほどではないが、初見ではまず見つけられないだろう。
俺は迷わず下に降りていく。
三歳児にはちと辛いが、忌区での探索に比べたらたいしたことはない。
下に付いた俺はすぐに、月束の杖を左手に持ち、見えざる姿を発動する。
静寂の腕輪はすでに装着している。
これで、音を消し、姿を消した。
治癒の剣を右手で抜くと準備完了である。
階段から続く通路を抜けて、地下の大通りに向かう。
途中、モンスター化した大ネズミ共を始末しながら慎重に進む。
地下の大通りの天井付近にある出入口にたどり着いた。
そこから下を覗き込むと、呪詛に塗れた咒鬼共が通りのあちこちに立っている。
手には歪な大剣か大斧を持っていた。
全部で六体。うち四体は定位置に立ったまま動かない。
後の二体はゆっくりと徘徊している。
気を付けなければいけないのは、徘徊している二体。
距離があれば気づかれないが、近くによるとすぐさま敵対してくる。
姿が見えなくても、気配で察知するようだ。
俺はタイミングを見計らって下に降りると、咒鬼に見つからないように移動する。
こいつらは、新しい武器を試すのに丁度いい練習相手になるのだが、今はスルーする。
少しでも体力と魔力を温存しておきたい。
咒鬼を避けて、地下大通りから別の通路へと入りこむ。
通路とは名ばかりで、空洞内に細い板が渡されているだけの代物だ。
簡単に足を踏み外しそうである。もちろん、そうなれば落下死は免れない。
その通路上を、ガーゴイルが塞いでいる。
俺は気づかれないように近づくと、背後から致命を入れる。
一発で倒すことができた。
さすが、最大の致命ダメージを与えることのできる治癒の剣である。
そこから治癒の剣でなんなくガーゴイルを始末しながら、細い通路を下へと降りて空洞内の底へとたどり着く。
ここからは、さらに注意が必要だ。
空洞の下には水路が広がっている。
この水路には、強力なモンスターが生息しているのだ。
ガルネーレンというモンスター。
正直、戦いたくない。三歳児だからというだけではない。
たとえ、成人していたとしても同じだ。
こいつらは、ひたすら強いだけで、倒したところでなんにも旨味がない。
ただひたすら、厄介なだけの敵であった。
そんなガルネーレンが、水路からいきなり出現する。
まるで地雷だ。
とか考えていたら、いきなりガルネーレンが出現した。
見た目は巨大なザリガニだ。
さいわいなことに、俺には気が付いていない。
もし、みつかりヘイトを受けたら、戦うしかなくなる。
巨大なハサミから、強力な高水圧攻撃を放ってくる。
鋼の鎧を貫く水鉄砲だ。今の俺が受けたらひとたまりもない。
戦うなら近接戦闘を強いられることになる。
どう考えても、あまり楽しい状況にはならない。
俺は、気づかれないように、正面から歩いてくるガルネーレンの脇をすり抜ける。
ほっとする間もなく、新たなガルネーレンが出現する。
さすがに舌打ちしたくなった。
どちらか片方に気づかれたら、自動的にもう一匹ともエンカウントすることになる。
ガルネーレン二匹同時に相手するなど、自殺行為だ。
ぶっちゃけ、一般レベルの騎士を複数相手にするほうが遥かに楽である。
幸いなことと言っていいのかはさておき。いくら忌区とはいっても、こいつらほど厄介な相手はいない。
なんとかやり過ごせば、後は楽になる。
なのに、そいつは、俺が向かおうとしていた通路の入口を塞いで動かなくなった。
最悪だ、このままここにいたら、じきに見えざる姿の魔法が消失する。
その瞬間、ガルネーレンのヘイトを受けて強制戦闘になる。
しかたない、ここは覚悟を決めることにする。
気づかれる前に戦技をぶち込み、その後は、もう一匹のガルネーレンが気づくより先に倒しきるのだ。
俺は、すぐに行動を開始する。
幸いなことに、もう一匹は俺がやって来た方に向けて移動していった。
じきに引き返してくるが、しばらく時間があるだろう。
やるとしたなら、今この瞬間しかない。
俺は一気に近づくと、弱点である腹部に戦技崩突を差し込む。
こちらを認識していなかったガルネーレンに、通常より大きなダメージが入る。
当然だが、これでガルネーレンと敵対した。
すぐに攻撃がくる。