第一章 貴族転生 - 006
階段を降りると同時に、両サイドから襲い掛かられる。
シュタインが左の敵を処理して反対側を見ると、ラーズが致命攻撃を決めた敵から短剣を抜いている所だった。
パリィ致命一撃で仕留めたらしい。
そのままラーズは走り出す。
その先にある部屋の入口に敵が二人いたが、まだ気づいていないようだ。
「おい!」
シュタインは大きな声で注意を引く。
気づいた敵はすぐに長剣を抜く。
シュタインが走っていくと、必然的に注目はシュタインに集まる。
敵との間合いを詰めると、敵が切りかかってきた。
自分からの注意が逸れているのを確認したラーズが、敵の間をすり抜けて部屋の中に入っていった。
無事に入ったことを確認すると、シュタインは敵を一人ずつ処理していく。
敵が長剣を使っているため、動きが制限され同時にかかってこれなかったのだ。
ラーズの指摘通りになっている。
二人目を処理を終わると、シュタインはすぐに部屋の中に入る。
中には、なんとも悍ましい光景が広がっていた。
いくつものベッドが並んでいる。
その上には人が拘束具で固定されている。
男であれ女であれ、体を切り開かれ、内臓が取り出されている。
空いた腹の中では、何かがうごめていいる。
モンスターの様ではあるが、見たことがない。
どうやら血肉を食らっているようである。
幸いなことに、腹を開かれた者たちはすでに死亡しているようである。
その顔は断末魔の苦痛に歪んだまま固まっているが、それ以上の苦しみは感じずにすんでいる。
先に入っていたラーズは、ちょうど敵に致命を与えているところであった。
ラーズが引き抜いた武器は、それまで使っていた武器から変わっていた。
その武器をシュタインは見たことがある。
戦場で、その武器を使っている治癒士がいたのだ。
敵にではなく、味方に対して振るわれるための武器であった。
治癒の短剣。
けして助からぬ負傷を受けた兵士を、耐えがたき苦痛から、一切苦しませることなく一瞬にて解き放つ。
それは魂のための治癒であり、ゆえにそれは慈悲でもある。
「もくてきは、はたした。ひくぞ」
自分が倒した敵の服を使い、血を拭って治癒の短剣を鞘に収めながら、ラーズが指示を出す。
帰りはシュタインが先頭に立つ。
階段を上がると、敵が襲ってくるが、なんなく蹴散らす。
ほとんどの敵はシュタインが処理したが、取りこぼした敵はラーズが致命を与えていた。
結局、治療院にいた全ての敵を倒した。
地下のアレを見ると、情けをかけるような気にはならず、生き残りを出すのは返って危険だと判断したからだ。
その判断はラーズも同様で、漏れた敵を全て始末したことでもそれは分かる。
シュタインはそんなラーズの姿を見て密かに戦慄していた。
三歳だ。まるで体ができていない。力もまるでない。
治癒の剣を手にしたラーズは、当然のようにそれなりに力を持った大人たち、そして戦士達を一撃で下していた。
返り血は浴びていても、傷一つついていない。
これではまるで……デミゴッドのようではないか。
だが、デミゴッドではありえない。
デミゴッドであるためには、神の血を引いていなくてはならない。
ラーズは間違いなく、ハインツ・フォン・ダールベルクとマリー・フォン・ラーズベルクの間に生まれた男児である。
つまり、たんなる人の血を持った貴族に過ぎない。
断じてデミゴッドなどではないはずである。
だが、この力はどう説明すればいいのか?
シュタインは一つだけ心当たりがある。
人の身でデミゴッドを下し、神の伴侶に至れるもの。
ただ一人の神アイリスの最初の王となったヴィルヘルム。
エーヴィッヒカイト王国がグローセ・ヴェルトを統一しようとした直前、ヴィルヘルムは追放されている。
ヴィルヘルムは人として生まれながら、類まれな力を示し、王となってデミゴッドに至った。
唯一の事例であるが、それが可能であることは示されたのだ。
だとすれば、ラーズは王へと至る器なのかも知れない。
そこまで考えて、シュタインは頭を振った。
さすがに、今の時点でそれはあまりに突拍子もない妄想に過ぎない。
頭から益体もつかない考えを追い払うと、ラーズを護衛しながら帰路についたのだった。