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第一章 貴族転生 - 005

 ◇◇◇◇◇ シュタイン Side ◇◇◇◇◇




 ヴァルテック・シュタインはスラム区画に来ていた。


 主家であるダールベルク家の三男、ラーズ・フォン・ラーズベルクの付き添いである。


 なんでも、この区画にあるという治療院に用があるという話なのだが、詳しい話は聞かされていない。


 命令自体はマリー・フォン・ラーズベルクから出されたものだが、その元はラーズだ。


 どういった用があるのかは分からないが、危険な区画であることは間違いない。


 そもそも、ラーズはまだ三歳の幼児である。


 それが、こんな薄汚れた場所に一体どんな用があるというのか。


 薄汚れた貧民共が、遠巻きに見ている。


 ラーズが一人になった瞬間、たちどころに襲い掛かってきて持ち物だけでなく、服や身柄も奪われるだろう。


 だが、そうなった所でそれを咎めるものはいない。


 そういう場所だ。


 そのことを気づいているだろうに、ラーズは何事もないようにシュタインの目の前をトコトコと歩いている。


 シュタインの前を歩いているのは、自分が視界から外れないように意識してのことだ。


 後や横では危険が迫ったとき、視界から外れてしまうことを意識しているのだ。


 腰には小さな短剣が差してある。


 おもちゃのように見えるが、刃引きのしていない短剣である。


 武器として普通に使うことができる。


 短剣なので、長剣に比べるとダメージは少ない。間合いも遠い。


 普通なら、メインウエポンとして使える武器ではないのだが。


 ラーズなら、メインウエポンとなりえることを、シュタインは知っている。


 昨日、ラーズと訓練を行った。


 はじめは、三歳児とのごっこ遊びに付き合う程度のつもりだった。


 ラーズが短剣を模した木剣を両手で握り、それで素振りを始めた。


 ただ振っているのではない。明らかに敵を想定して型を繰り出していた。


 どう見ても、三歳児のものとは思えない鋭い振り。


 挙句の果てには、戦技まで繰り出した。


 それを、一呼吸ほどの間にやって見せたのだ。


 シュタインが訓練している見習い兵にも、これほどの動きができる者はいない。


 正規の兵になってどうにか、という所だろう。


 それから、ラーズに頼まれて手合わせした。


 手合わせといっても、シュタインが一方的に攻撃を繰り返すものだったが。


 初めはさすがに、かなり手加減をした。


 あっさりとパリィされてしまう。


 体幹を削られて体が落ちかけるが、手加減をしていたことで踏みとどまることはできた。


 それから、シュタインは意識を切り替える。


 間違いない。ラーズを普通の三歳児扱いしない方がいい。


 それから、体幹を削りきられないギリギリの力加減を意識して、様々な攻撃を試してみる。


 その全てがことごとくパリィされる。


 そのため連続攻撃はできないが、これだけのパリィ精度があるなら対策は必要ないだろう。


 シュタインが知る騎士の中には、こんな精度でパリィできる者はいなかった。


 もちろん、シュタイン自身を含めてだ。


 どうやったのかはわからない。どうしてそんなことが可能なのかもわからない。


 ただ確かなことは、短剣の扱いも含めて、とてつもない練達の風格がある。


 ダールベルク伯爵家にシュタインが、騎士として仕えるようになって20年が経っている。


 見習いの時代からだと23年だ。


 それだけの経験があっても、ラーズの境地には至っていない。


 正直、ラーズに畏怖を感じている。


 自分の腰までしかない三歳児にだ。


 ただまぁ、そのことを態度にだすことはない。


 これでもダールベルク家の筆頭騎士をやっている。貴族相手の対応はわきまえている。


 他家の事情はそれほど詳しくないが、ダールベルク家のことは十分わかっている。


 上四人の兄や姉。それと比べてあまりに異様である。


 もし、比較するならば、王と神の間に生まれたデミゴット達、あるいはその親族だろう。


 生まれ落ちたその瞬間から、人とは隔絶した力を持つ存在。


 比較はしても、その有り様は真逆。


 生まれた瞬間から、最強の人間を超える力を持っているデミゴット。


 比べて、ラーズはあくまで人間の三歳児としての力しか有していない。


 違うのは技量……いや、隔絶したセンスだろうか。


 そう考えると、やはりラーズは存在として異質であった。


 そう考えていると、どうやら目的地にたどり着いたようだ。


 ラーズが立ち止まった。


「ここ」


 一言、ラーズが告げる。


 見ると、そこは治療院のようだ。


 だが、何か異質な雰囲気が感じられる。


 人の出入りが無く、あちこち崩れた壁は修理されないまま放置されている。


 半ば消えかけているハイリヒ治療院という看板が、入口の上に掛かけられていた。


 ラーズが歩き出すと、シュタインはついていく。


「はいったら、おくにすすむ。したにおりると、せんとうになる。かいだんと、ろうかはせまいから、たんけんのほうがゆうり」


 扉の前でラーズが言ってくる。


 シュタインが黙ってうなずくのを見て、ラーズが指示を出す。


「あけて」


 シュタインが扉を開けると、足元をラーズがすり抜けていく。


 中に入るとシュタインに注目が集まっている。


 騎士の鎧を着た、やたらとデカい男がいきなり入ってきたのだ。当然の反応だろう。


 その意識の隙間をつくように、ラーズは一切注目を集めることなく、もう治療院の奥までいっている。


 あわててシュタインが追いかけると、部屋にいた治療師の恰好をした男たちが立ちふさがってきた。


「何事です。直ちにお引き取り下さい!」


 強い口調で言ってくるだけでなく、掴みかかってきた。


 ただ、力自体は弱いので、かるく腕を振るうだけで吹き飛んでいく。


 シュタインはそいつらに構わず、ラーズを追いかける。


 さらに何人か振り払いながら後を追うと、地下に降りる階段があり、その手前でラーズが待っていた。


「ここをおりる。いまのをもういちどやる」


 それだけを言うと、ラーズはさっさと階段を降り始める。


 シュタインが注目を集めて、その隙にラーズが先にすすむということだろう。


 ラーズは階段を降りながら、短剣を抜いている。


 合わせてシュタインもサブで持参しているショートソードを抜いた。


 階段に入った瞬間に、濃厚な血の匂いが漂ってきていた。


 戦場でもあるまいし、こんな場所で漂ってきていい臭気ではない。


 それに肌がぴりついている。


 殺気を感じているのだ。


 確かに、この先は危険そうだ。


 限りなく確信に近い予測である。


 そしてそれは直ぐに現実となった。


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