第一章 貴族転生 - 004
なんなら、他の二つなどどうでもいいくらい、ステータスの伸び幅がある。
それはルーネを集めることである。
生きている者でも、死に生きるものでも、あるいはゴーレムであろうと、倒されるとルーネが放出される。
ルーネを律に捧げることで、好きなステータスを伸ばすことが可能となる。
その伸びは基礎的なステータス上昇とは比較にならない。
三歳児の俺が早急にステータスを伸ばす方法はそれ以外にないだろう。
ただ、これには重大な問題が存在する。
導きの巫女に会って、律を授かる必要があるのだ。
できるだけ早く、導きの巫女を見つける必要がある。
ゲーム:グローセ・ヴェルトでは最初に導きの巫女の一人が接触してくる。
だが現実はそううまくはいかない。
探す必要がある。
俺の知っている導きの巫女は何人かいるのだが、何処にいるのか分からないし、そもそも三歳児の行動範囲なんて知れている。
貴族の息子だといっても、そこは大差ない。
なんなら貴族の息子だから、より制限が多いということもある。
ただまぁ、しょせんは末っ子だ、やりようはある。
探し回る必要がなければ、なんとかなりそうではある。
そもそも、エンデ・クリークが起こる前の導きの巫女がどうなっているのかも俺は知らない。
ゲーム:グローセ・ヴェルトは生き残った全てのデミゴットを倒して、新たな律を掲げることが目的となる。つまり、王となるのだ。
導きの巫女は、玉座へ向けて導くための存在である。
つまり、今この時点で導きの巫女に役割はない。
なので、本人もそのことを知らない可能性がある。
そんなのを見つけるというのは、ほとんど不可能に近いミッションである。
本来ならば。
ただし、俺にだけ許された裏技がある。
ゲーム:グローセ・ヴェルトでプレイヤーが最初に出会う導きの巫女、彼女のことだけは知っている。
ただし、確定情報は多くない。ストーリーで背景が語られることはなかったからだ。
名前はフリーダ。若く美しい女性で、黄金の長い髪を持っている。
右腕は失われていて、非常に才能のある源流由来の魔術の使い手。
劇中では唯一無名の律を掲げる導きの巫女であり、主人公の行動によって無名の律は名を得ることになる。
中盤くらいでフリーダは死亡することになるため、それ以降登場することはない。
フリーダに関する情報はだいたいこんなところで、後は他の情報から推測する必要がある。
ネットに住まう考察勢によると、彼女は零落したデミゴッドではないのか、ということであった。
だとすれば、右手が失われたという事実と、無名の律という特殊すぎる律を掲げる理由も納得できる。
エンデ・クリークでフリーダが様々な物を失ったのだとしたなら……それが、考察勢の推論であった。
その推察が当たっているとしたなら、今はまだデミゴッドとして存在しているはずだ。
だから俺は、デミゴッドの中からフリーダを見つければいい。
当然だが、デミゴッドの数は多くない。
問題となるのは、知られているデミゴッドの中にフリーダの名前はないことだった。
ゲーム:グローセ・ヴェルト内での情報からは、特定できていない。
ただ、そこから先に踏み込んでいる考察勢もいた。
それは、神となったアイリスとアルベルト王との間に生まれた娘ではないかという説。
本来神人となるはずだったフリーダだったが、なんらかの理由によりデミゴッドとして王朝の歴史から削除された。
それが考察勢による結論だった。
これは、はっきりとしたテキストは存在しなかったのだが、俺自身の考察としては、どうも当時暗躍していたらしい古き神々の女王ナイヤが関わっているのではないかと思われる。
女王ナイヤは外つ神であり、現王朝が誕生したときにこの地から追放されている。
追放後も色々と仕掛けていたようだが、証拠を残していないのでどれも確証が持てない。
ただ一つだけ、僅かばかり存在していたエンデ・クリークに関するテキストの中で、女王ナイヤの名前が出てきていた。
あまりに少ない手がかり、とまでも言えないような内容である。
なので、このことも推測にすぎない。
そこら辺りは、いずれ調べるとして、今やるべきなのはフリーダが何処にいるのかを推測することだろう。
考察に基づいて予想すると、幾つかの候補がある。
一つは教区。
神聖律を掲げる神アイリスとが厳重に管理する区画。
デミゴッドにも迫る力を持った神聖騎士が守り、強力な祈祷を扱う神官がいる。
外部とはほぼ完全に隔離されているので、見られたくない物を隠す場所としては最適である。
実際ゲーム:グローセ・ヴェルトでは様々なヤバイ、というよりおぞましい光景がそこには存在した。
フリーダが隠されている場所としては有力である。
もう一つは王都の地下。
水路のその更に下には、複雑な迷路状になった忌区が存在する。
不浄の力を宿して生まれた者たちを追放するための区画だ。
神聖の祈祷によって封じられたその区画には、不浄の力によって悍ましい姿をした者共とモンスターが生息している。
ただの人間が無防備に立ち入れば、たちまち殺されてしまうだろう。
さらに下、カタコンベの縦穴の最奥には、不浄の力を宿して生まれて来てしまったデミゴッドがいる。
それは、現王朝における最大の禁忌の一つであり、けして誰にも知られることの許されぬ存在であった。
そういった場所に、フリーダが隔離されていたとしても不思議ではない。
どちらにしても、簡単に接触できるものではない。
ただまぁ、難易度はある。
教区と忌区。簡単に探せる方から試してみるしかないだろう。
つまり忌区だ。
というか、強者が集っている教区への侵入など、あまりにハードルが高すぎる。
神聖騎士が守っているのだ、今の俺に排除できるとは思えない。
可能性があるとしたら、正攻法で教区に入り、そこから目を盗んで行動する。それしかないだろう。
もちろん、神官はいるが、神聖騎士を相手にするよりは遥かにマシである。
神聖騎士を呼ばれた瞬間に詰んでしまうが、それでも中に入れたら可能性がないわけではない。
限りなく低い可能性なのだが。
まぁ、今はまず忌区だ。
忌区でフリーダが見つかれば教区を調べる必要はなくなる。
出来れば手助けが欲しいところだが、それは無理だ。
訓練には付き合ってくれたシュタインも、さすがに忌区への侵入は反対する。
マリーには知られた時点でアウトだ。もっとも知れらなければどうということはない。
結論、俺一人でやる必要がある。ということだ。
さて、それを前提に計画を立てる必要があるのだが……。
おそらく、いくつかのアイテムと魔法を一つ入手すれば実行可能だろう。
そうこうしているうちに、体力と魔力が戻ってきた。
両手をニギニギしてみると、握力が戻っている。
さすがに若いだけあって、回復が早い。
俺はベッドの上から降りると、自室を出て食堂に向かう。
かなり腹が好いている。呼びにくるまで待てそうにない。
まだ食事の時間ではないので、誰もいなかった。
もちろん食い物はない。
俺は食堂を通り過ぎると、厨房へと向かう。
厨房には料理長がいた。
夕食のための仕込みをしているのだろう。
「なにかたべるのない?」
近くまで行って尋ねると、料理長は俺の方へ視線を落とす。
「腹が減ったので?」
ぶっきらぼうに聞いてくる。
「うん。できればサンドイッチがいいな」
簡単に作れて、なにより何処でも食べることができる。
すると、すぐに料理長はレタスとベーコンを使って、サンドイッチを二つ作ってくれた。
三歳児にとっては十分な量だ。
「ありがとう」
おれは近くにあったナプキンにサンドイッチを包むと、そのまま書庫に向かう。
中は黴の匂いが澱んでいた。
埃も薄っすらと積もっていて、けっこう長い間誰も訪れていないことが知れる。
両親は当然として、メイドや下男も清掃をしていないことが丸わかりだ。
俺としては助かるのだが。
サンドイッチを齧りながら、並んでいる本棚から目的の魔導書を探す。
誰も利用していないこともあり、分類はきちんとされている状態であった。
魔導書が並んだ棚はすぐに見つかった。
目的の魔導書は、手が届かないところにある。
サンドイッチを食べ終えてから、書庫用の梯子を持ってくる。
魔導書の中でも、かなり部厚い魔導書。
ナプキンを使って魔導書を持つ。
重い。三歳児にはつらいな、と思いながらもなんとか取り出すことに成功する。
ほこりでうっすらと白くなっていた魔導書を拭くと、焦げ茶色の表紙に、存在の秘匿性に関する魔道的考察と書かれたタイトルがはっきりと現れた。
間違いなく目的の魔導書だ。
魔導書を自室に持って帰ると、机の上に置いて開いてみる。
魔道研究を纏めた本であり、学習用の本ではない。
ここの書かれた内容から、自分の姿を視認できなくなる魔術を取得する必要がある。
実際には答えが書かれているわけではないので、理論を元に実行可能な魔術を作成することになる。
さすがに、これはすぐには出来ないので、夜中に集中してやるつもりだ。
今は、ざっと目を通すだけにする。
どうせ全てを理解する必要はないので、必要な箇所を見つけると、しおりをはさんでおく。
とりあえず、魔導書はこれでいい。
次は装備だ。
とは言っても、三歳児が可能な装備は多くない。
せいぜいアクセサリーくらいだ。
アクセサリーの入手に関してはそれほど難しくはない。
貴族であるし、金もある。
最後に俺の計画の中で、最も必要な物の入手。
すなわち武器。
三歳児である俺が使える武器は多くない。
というか、短剣以外の選択肢が存在しない。
短剣でパリィを取って致命を取る。
これ以外だと勝利はおぼつかないだろう。
ステータスさえ上げることができれば、色々と選択肢を増やせるのだが、そのためにはまず今の状況を打開しなくてはならない。
結局の所、手持ちの手札で勝負するしかないのである。
武器の入手に関しては、それほど気にしてはいない。
入手できる場所を知っている。
治癒の短剣と呼ばれている武器。
軽量の刺突短剣。大きな針に近い形状をしている。
見た目は、あまり大したことのない武器に見える。
それでも、治癒の短剣はデミゴッドの使う伝説武器も含めた全武器中、最大の致命ダメージを与えることができる。
これは戦場において、治癒士が使う短剣。
戦場における治癒とは、苦しみからの解放であり、治癒の短剣は確実に解放を齎すことを可能とする。
今の俺にはぴったりの武器であり、これから成長しても、俺が死ぬ時まで共にある武器となることだろう。
治癒の短剣入手は、シュタインに手伝ってもらうつもりだ。
王都のスラムにある廃棄された治療院の封印された部屋に落ちている。
そこでは人体実験が行われていた痕跡が残されていた。
今の時点では、リアルタイムで利用されている可能性がある。
なので、シュタインに手伝ってもらうわけだ。
なんにしても、今日はここまででやめておこう。
ひどく疲れた。
飛ばしすぎかも知れない。
服を着替えるのも面倒になり、のそのそとベッドに潜り込むとそのまま眠りについた。