第一章 貴族転生 - 003
一通り試すと、今ので自分がけっこう疲労していることに気が付く。
息が上がっていた。
この程度でとは思うが、三歳児ならばこんなものかも知れない。
焦りは無用だ。
ステータスは成長するだけでも自ずと上がる。
それに、三歳児の体でむちゃをすると、成長するまえに故障しかねない。
それでは本末転倒もいいところだ。
筋力、体力、そういったフィジカル系の鍛錬はまだ早い。
今は、体の動かし方に注力すべきだ。
逆に言えば、それしかできないとも言える。
さて、それより今は、先にすべきことがある。
「どうした?」
俺は、さっきから俺を注視していたシュタインを見上げて聞く。
三歳児の俺が近くから見上げると、ちょっとした山のように見えた。
「い、いえ……その、なんというか、あまりに……」
シュタインほどの男が歯切れが悪い。
俺は小難しい説明をする代わりに、ロングソードを一本取ってきてシュタインに渡す。
「かまえろ」
息が整ってきた俺は、シュタインから距離を取る。
それは、短剣の間合いはもちろん、ロングソードの間合いの外でもあった。
俺は、何か言いたさそうにしていたシュタインが、ためらいながらも構えを取るまで待つ。
「いくぞ」
手加減は無用などとか、そんなことを言ったりはしない。
それは無駄なことだからだ。手加減するなと命令したところで、三歳児相手に守れるわけがない。
俺が間合いに入ると、シュタインは反射的に動く。
その動きにはためらいが見える。
ロングソードの間合いに入ったのにも関わらず攻撃してこない。
俺は遠慮なくさらに踏み込むと、シュタインがためらっている間にタメをつくり、戦技崩突を打ち込む。
場所はロングソードをつかんでいる腕だ。
腕をしたたかに打たれたはずだが、シュタインは木剣を落とすことはなかった。
だが、俺はすでに動いている。
そのまま二度弱攻撃を叩き込み、さらに一度強攻撃を叩き込んだところで、ついにシュタインは木剣を落とした。
「おれはつよくなりたい」
余計なことは一切言わずに、シュタインに告げる。
これにどう答えるのかはわからない。
だが、三歳児の俺に出来ることはほとんどない。
シュタインはすぐには答えずに、俺の目をじっと見ている。
しばらくして、シュタインは取り落した木剣をゆっくりと取り上げる。
「では、もう一度打ち込んでください」
何も聞かず、シュタインが言った。
俺はそれ以上何も言わずに、構えを取る。
まずは踏み込み。
ここはロングソードど間合い、まずは短剣の間合いに入る必要がある。
初撃は強攻撃。狙いは足。
シュタインの木剣で払われる。
弱攻撃を二回入れた後、右に移動。俺のいた場所を木剣が払う。
明らかに手を抜いた攻撃ではあるが、攻撃は攻撃だ。俺を認めてはくれたらしい。
だが、問題はここからだ。
今の攻撃はとても有効打と言えるものではない。
短剣というのは、手数と致命攻撃で戦う武器である。
三歳児の俺では手数を増やしたところで有効な攻撃にはならない。そもそも、スタミナが無さ過ぎて手数を増やせない。
だから、唯一有効打となりえるのが致命攻撃のみということになる。
致命攻撃を入れるためには幾つか手段がある。
戦技崩突のような体幹を崩す攻撃を連続で当てる。
無防備な背面を取る。
そして、俺がこれからやろうとしている方法。
パリィによって一気に体幹を崩して致命を取る。
ただ、パリィするためには、どうしても相手に攻撃してもらう必要があった。
それをやってもらう。
俺は無造作に踏み込む。
それに合わせて、シュタインの木剣が横なぎに振るわれる。
力が入っていない、だいぶ手加減された攻撃だ。
タイミングを合わせてパリィする。
きっちりパリィが決まり、わずかにシュタインの体が落ちる。
致命を入れられるほどの崩れ方ではない。
攻撃に力が入っていないので、体幹の削りが甘いのだ。
だが問題ない。
稽古で致命攻撃などしないからだ。
そこからシュタインは、様々な剣戟を見せてくれる。
俺は、それをひたすら繰り返しパリィする。
パリィというのは、相手の力を相手自身に返すことで体幹を崩す。
そういう戦技なので、ほとんど力は必要なく、俺でも繰り返し使うことができた。
だが、それでも三歳児の体力ではたかが知れている。
さほどの時間も持たず、限界を迎える。
シュタインの縦切りにパリィを合わせた。
両手で持っているにもかかわらず、すっぽ抜けるように短剣を取り落としてしまう。
頭頂に叩き込まれる寸前。紙一重の所で、木剣が停止する。
手加減していたとしてもみごとなものだ。
まぁ、打ち込まれていたところで文句は言わないが。
俺は落とした自分の木剣を取ろうとするが、力が入らず持つことができない。
握力が無くなっている。
さすがに調子に乗ってやりすぎたようだ。
今日はこれまでだろう。
「すまない。かたづけて」
シュタインが片づけをしている間、俺は自分の両手を開いたり閉じたりしてみた。
ここはグローセ・ヴェルトであることは間違いなさそうだが、同じではないということだろう。
俺はゲームの中に転生したということではなく、ゲームに類似した世界に転生した。
そういうことではないだろうか。
現実的に考察すると、グローセ・ヴェルトがこの世界を模したゲーム。
正確には、この先起こることを予測してゲーム化した。あるいは、ゲーム開始時点よりも過去の世界に転生させた。
そういった可能性が考えられる。
まぁ、この辺りの考察は、もっと情報を集めてからの方がいいだろう。
とりあえず、エンデ・クリークが起こることを前提に行動していく。
最悪を想定して計画を立てるのは、危機管理の基本だろう。
「ラーズ様、戻りますか?」
シュタインが聞いてくる。
「ああ、たのむ」
短く俺が答えると、シュタインはまた四つん這いになろうとする。
「もういいよ。おれはへやにもどる。シュタインもしごとにもどって」
それだけ言うと、俺はさっさと歩き出す。
マリーは恐らく気にしない。俺のことなど思い出すこともないだろう。
目の前にいれば気にする仕草をするが、あくまで自分が優先だ。
俺がいなくなれば、だらけ切って過すことを優先する。
俺の扱いは家猫と同じ感覚なのではないだろうか。
世話自体はメイドがするので問題ない。
これからも、せいぜい怠惰に過して欲しいものだ。
部屋に戻った俺は、体を休めながら今後のことについて考える。
試してみたが、やはり三歳児では限界がありすぎる。
一時間も持たなかった。これでは、あまりに非効率過ぎる。
どうすればいいのか?
答えは分かっている。
ステータスを上げればいい。
早急に生命力、魔力、体力を増やす。それで、もっと長時間訓練が可能になる。
そのあと、力と知力だ。技量や信仰力は後回しでいいだろう。
現実のグローセ・ヴェルトでステータスの確認はできないが、ステータス自体は存在している。
定量化こそ出来ないものの、様々な事象からそれは確認できる。
そのことを前提にして、ステータスを伸ばす方法は幾つか存在している。
まず、成長によるもの。
何をしなくても、十代後半くらいまでステータスは伸びて、20才くらいまでにほぼ固まる。
次に、訓練によるもの。
走り込みをすれば体力が伸び、魔術訓練を行えば魔力が増える。
ただ、やり過ぎれば普通に体が壊れるので、限度はある。
これらは二つは、基礎的なものだ。
ようするに強くなるための前提条件に過ぎない。
本当に力を付けるためには、第三の要素が最も大切になる。