第一章 貴族転生 - 020
いったん離れた呪螺の法師が、右手に印を持ち少し掲げると、黄金の紋様がかすかに浮かび上がる。
そのあと、全身が僅かに金色の光に包まれた。
祈祷により、呪螺の法師のステータスがアップしたのだ。
動きは早くなり、攻撃は威力を増す。
だが、それは俺にとってなんの問題にもならない。
行動自体には、まったく何の変化もないからだ。
呪螺の法師の姿が消える。
次の瞬間、重い衝撃があり、俺は致命を差し込んだ。
パリィ致命が綺麗に決まる。
呪螺の法師が白い霧となり消え去った。
俺に来るのが分かっていて、タイミングも分かっているのなら、どれほどステータスがアップしようと、こうなるのは必然である。
消え去った呪螺の法師が印を落としている。
螺旋の印だ。
捻じれた祈祷の印。巡る螺旋は進む力を少しずつ、だが確実に強化する。
バフ系の祈祷を強化するための印だ。
たまたまだが、欲しかった印が手に入った。
俺は開けた洞窟内を見て回り、奥まった部分があるのを見つける。
今いる空間の天井は巨大な木の根が覆いかぶさるように出来ている。
俺が見つけた空間は、その木の根の洞である。
その中を調べると見つけた。
微かに黄金の光を放つ、捻じれた木の根。
これが『神支の聖根』である。
持っていくためには、切り取る必要がある。
だが、時間をかけて切ると、『神支の聖根』はその光を失う。
一瞬で切り取る必要があった。
俺は、治癒の短剣から打刀に持ち帰る。
腰を落として柄に手を掛ける。
鞘走ると同時に魔力を流す。
生じる青白い斬撃。
戦技、夢影の月光。
『神支の聖根』は切り取られ、奥まで深く斬撃が切り裂いていた。
俺は『神支の聖根』を取ると背中に背負っていた袋に入れる。
外に出るまでに時間はかからない。
しばらくは死に生きる者達が沸いてくることもないだろう。
「まだいらしたんですか?」
洞窟を出ると、ルーカス達は河原に座って待っていた。
「さすがに君を置いていくほど白状ではないよ」
あからさまに苦笑を浮かべてルーカスが答えてきた。
「一人で勝手にいくの良くないぞ!」
どうやらレーナは怒っているようだ。
「でもこれは、僕が個人的に請け負った依頼なので……」
俺からすれば当然の答えなのだが。
「水臭い。僕らの仲なのに!」
レーナは納得していないようだ。
でも、僕らの仲ってなんだ?
「すみません。次は気を付けます」
俺はとりあえず謝っておく。次があるかどうかなんて分からないし。
「いやぁ、早かったじゃないか。攻略したんだろ? 猟醜の騎士戦といい、あんた何処まで強くなるつもりだい?」
一方、呆れたように言ってきたのはイーダだ。
彼女のようにあっさりとしてくれるのはとても有難い。
「まだまだですよ。僕なんて、吹けば飛ぶような存在です。だから、少しでも強くならないといけないんですよ」
それは本心から言った言葉だった。
とは言っても、人間がどれだけステータスを強化しようと、最弱クラスのデミゴッドにすら肩を並べることなどできない。
「まいったね。君からそんな言葉を聞くと、空を見上げた時のような気分になるよ」
なんとも不思議なたとえをされた俺は、どういう反応をすればいいのかわからずに。
「はぁ……」
微妙な答えを返した。
「帰ろう」
それまで黙っていたグレーテが口を開く。
「そうですね。そうしましょう」
結論が出たところで、全員で王都に帰還する流れになった。
途中一度モンスターの襲撃を受けたが、ルーカス一人で対応した。
腐敗の剣を使い圧倒していた。
俺が猟醜の騎士戦を倒したのだからといって、ひどく渋っていたが押し付けた。
要らないからというより、この先使う局面がなさそうだから譲ったのだ。
話してはいないが、この戦いは俺にとって、デミゴッドを想定しての模擬戦だった。
その舞台を整えてくれたのだから、そのお礼という意味も含んでいる。
それより、ルーカスはいい感じに腐敗の剣を使いこなしていた。
初めてで、あれだけ使うことができるということは、かなり相性のいい武器なのだろう。
そういう武器というのは、生涯に渡って頼りになる相棒となる。
結果的に、俺が持つよりも良かったということだ。
王都に付く手前で一旦分かれる。
報酬は支払われた後に、自分の取り分を後日受け取るということで決着する。
「ラーズ君。あまり無茶なことはしないでくれよ」
別れ際、ルーカスが言ってくるのはそんな言葉だった。
どこまでいっても心配なのだろう。
「大丈夫ですよ。こう見えても、僕は慎重なんです」
勝つための準備を整えてから戦う。これが基本だ。
確実にというわけにはいかないが、世の中ってのはすべからず確率だ。
どこかでサイコロを振らなくては結果などでない。
「そのくらいにしときな。ラーズにも考えがあるんだろうさ」
そう言って、ルーカスの肩を叩いたのはイーダであった。
「ただまぁ、心配するのはうちらの勝手なんでね。こらえといてくれな」
笑いながらイーダが続け、横に並んでいるレーナとグレーテが頷いている。
「ありがとうございます。心配してくれる人がいるっていうのは、なんというか……嬉しいものですね」
本当に気のいい連中だ。
俺も珍しく本音を漏らしてしう。
「それじゃ、僕は用があるので、これで失礼します」
別れを告げて、最寄りの咒鵠の礎に向かう。
ルナとの約束はすでに果たせるが、その前にやっておきたいことがあった。
咒鵠の礎に触れると、すぐにフリーダを呼び出す。
「わかりましたか?」
顔を合わせるとすぐに質問をぶつける。
「あなたね……いきなり、何を聞いてるのよ」
フリーダが半ば呆れたように答えるが。
「でも、調べておいてくれたのでしょう?」
意に返さず断定すると。
「はぁ……。そうね、調べたわ。戦が始まる前に、身元不明の人物がいきなり卑聖のメッシングに戦いを挑んできた。その人物は、卑聖のメッシングとの戦いをあっという間に終わらせた。分かったのはその程度ね」
そう、俺が知りたかったのは、誰が卑聖のメッシングと戦ったのか、ということ。
「いえ、それで十分です。僕が知りたかったことは知ることができました」
俺は一つの可能性を考えていた。
そもそも、この世界に転生してきている人物が俺以外にもいるのではないかということ。
それは俺以外にもプレイヤーが存在している可能性。
同郷だからと言って、味方とは限らない。もちろん、敵とも限らないのだが。
今、フリーダから聞いた限りでは、プレイヤーである可能性が濃厚になってきた。
しかも、ほぼ間違いなく導きの巫女を得ている。
どんな律を掲げているのかまでは分からないが、おそらくステータスをかなり上げているようだ。
最弱クラスとは言え、デミゴッドを圧倒するにはそれしかない。
グローセ・ヴェルトにはレベルの概念が存在していた。
卑聖のメッシングを倒した何者かは、レベルを上げることに専念しているようだ。
今まで俺はレベルに関しては意識してこなかった。
それは、レベルの構成要件に起因している。
この世界では、ステータスを上げることでレベルが上がる。そして、レベルが上がることで、ステータスを上昇させるために必要なルーネ量が増加してゆく。
要するに、レベルとは強さ示す一つの指標に過ぎず、強さそのものではなくある種のバッドステータスである。
それに俺は、ステータスを上げるのに制限を掛けていた。




