第一章 貴族転生 - 019
さて、ここでまた攻撃パターンに変化が出るはずだ。
最終形態。本気モードというやつである。
俺は打刀を鞘に戻しながら、周囲の様子を確認する。
一旦消えていた死に生きる者達であるが、戦っている間に新たに湧き出してきたようで、ルーカス達パーティメンバーが対応してくれていた。
さすがに実績のある一流パーティ、こっちに流れてこないようにきっちり抑えきってくれている。
俺もしっかり役割を果たさなくてはならないだろう。
再び距離を取った猟醜の騎士は、半融の馬と融合を初めている。
ここからは分離攻撃はなくなるが、堕ちた権能が使えるようになる。
それは、かつて神であった頃の残滓であり、また未練でもある。
猟醜の騎士から青白い炎が上空へ向かって放たれる。
それは多数に分裂した後、猟醜の騎士を中心に円を描いて広がり、一部が俺の後方へと着弾する。
外れたわけではない。
水面に落ちた青白い炎も、地面に落ちた青白い炎も猟醜の騎士へと向かって移動を始める。
俺は青白い炎に囲まれた形だ。
触れれば大ダメージになるのだが。
タイミングを見計らって後方に跳ねる。
青白い炎を跳び越すと、猟醜の騎士へと引かれていく青白い炎を追いかける。
猟醜の騎士の元へと青白い炎がたどり着いたとき、俺もそこにたどり着いていた。
すでに鞘に手を掛けている。
炎が消えた瞬間、すり足で踏み込み、居合縦切り。
半融の馬と融合した猟醜の騎士に斬撃が入る。
そのまま横なぎ、上段からの斬撃、そして突き。
三連続で攻撃が届く。
そこで、猟醜の騎士が青白く光った。
俺はバックステップで距離を取り、猟醜の騎士を中心に地面に広がる青白い炎を交わし続ける。
地面そのものを燃やし尽くすかのような青白い炎だが、交わす隙がないわけではない。
ただなくても、戦技居合を使って地面を削り隙を作る。
周囲をあらかた燃やしたところで、猟醜の騎士が動き出した。
手にした腐敗の剣が青白い炎を纏っている。
いよいよ追い詰められた猟醜の騎士が、戦技を使ってくるつもりだ。
さぁ、迎え撃とう。
青白い炎を纏った剣を構え全速力での疾走。
瞬時に間合いが詰まる。
間合いの外で跳ね上がる。
頂点で猟醜の騎士が戦技を放つ。
こちらの間合いの外から離れたのは、青白い炎の斬撃。
ただの斬撃ではない。縦横斜めが四方向。計六方向の連撃。
それが、落下してくるより先に放たれる。
応じる俺は試合横なぎで半分を切る。
打刀を鞘に戻しながら残りの斬撃をステップだけで交わしていく。
全て交わしきった時、猟醜の騎士が落ちてくる。腐敗の剣と共に。
この時俺は、打刀から治癒の短剣に持ち替えている。
全ての体重と力を込め、頭上から振るわれる腐敗の剣。
それに左手のバックラーではじく。
完璧なタイミングだった。
生じる衝撃。体幹を削り切られた猟醜の騎士。
馬体が下に落ち、晒される弱点。
融合したからこそ、それが叶う。
俺は、治癒の短剣を猟醜の騎士の弱点に差し込む。
その瞬間、猟醜の騎士に急激な変化が訪れる。
まるで溶けだした粘土のように、どろりと形がくずれ初め河原に広がっていく。
猟醜の騎士がいた場所には汚泥と、腐敗の剣が残されているだけとなった。
どうやら勝利したようだ。
俺は汚泥の中から腐敗の剣を取り上げる。
腐敗の状態異常を敵に与える剣。それ以外にも、デバフ耐性が付与される。
それなりに優秀な武器である。ありがたく持っていこう。
もちろんルーカスのパーティメンバーとの話し合いで、誰が入手するのかが決まる。
俺が使わなくても、それはそれで構わない。
打刀とロングソードがあれば、ほとんどの敵に対応できる。
それに、他に欲しい武器もあるし、優先順位は高くない。
今はマジックキャスト用の杖と、祈祷用の印が欲しい。
「こっちは終わりました。そちらを手伝いましょうか?」
パーティで死に生きる者との対応を続けているルーカスに向かって声を掛ける。
大半は猟醜の騎士が片付けてくれたたため、残りはそれほど多くなさそうだが、一応聞いておく。
「いや、さすがにこれくらいは俺らに任せてくれ。君はそこらで休んでいてくれたらいいよ」
死に生きる者の頭を砕きながらルーカスが答える。
「それでは僕は、今から洞窟に潜ります。三十分ほどで攻略するつもりですけど、待つ必要はないので適当な所で引き揚げてください」
ここからは別件だ。
ギルドからの依頼とは関係ないので、一応声をかけておく。
「おいおい、正気か? 猟醜の騎士を倒したばかりだろ。あたしらも付き合うから、少し待ちな!」
ツーハンドソードの横なぎで目の前にいた死に生きる者の上半身を吹き飛ばしながら、イーダが話しに割り込んでくる。
「洞窟の攻略はパーティだと不利になるので、遠慮しておきます。それより、ここに腐敗の剣を置いておきますので、回収しておいてください」
俺は拾ったばかりの腐敗の剣を、地面に突き立てて洞窟に向かった。
背後から声を掛けられたが、無視して洞窟に駆け込む。
洞窟内は狭いのでパーティでの攻略には向かない。
猟醜の騎士戦でかなり持久力が削れたが、このくらいなら黄金の雫杯を使わず自然回復で十分だ。
腰にぶら下げたランタンに火をともすと、洞窟内が仄暗く見えるようになる。
星見系統魔法を使えば、もっと明るくできるのだが、この先何があるのか分からないので魔力を節約しよう。
魔力に不安がなかったとしても、この程度の小規模なダンジョンで必要かどうかは微妙なところだ。
打刀を抜くと、すぐに歩き出す。
この洞窟にはこの世界に来る前に数えきれないくらい潜っている。
それこそ、目を閉じていても迷うことはない。
出てくるモンスターも死に生きる者のバリエーションなので、聖属性を付与した武器があれば楽勝だ。
ボスモンスターの待つ最下層へと真っすぐ向かう。
今回は寄り道抜きだ。
最深部までたどり着いたところで、俺は打刀から治癒の短剣に持ち替える。
聖脂を剣身に塗り付けて、聖属性を付与しておく。
俺の推測が当たっていたら、この先にいるのは呪螺の法師だろう。
死に生きる者達は、その影響を受けて増えている。
ボス級の敵がいることを示す白い霧が、通路に広がっている。
この先にある開けた場所に続く通路で、一旦潜るとボス級の敵を倒さないと外に出ることはできない。
もちろん俺は迷うことなく中に入る。
中にいたのは想定通り呪螺の法師だった。
薄汚れた法衣を纏っているが、わかりやすく人間ではない。
法衣の中にいるのは、ねじくれた木の枝が絡み合った何か。
それが人のような形を取り、人のように動いている。
肉弾戦に極振りしたモンスターで、高速移動と圧倒的な破壊力をもち、パーティで挑めばあっという間に後方から潰されてお仕舞になる。
だが、ソロで挑めばそれほど難しい敵ではない。
誰にヘイトが向いているかなど、考えるまでもないからだ。
そして、攻略方法も簡単だ。
まるで瞬間移動してきたような素早さで間合いを潰し、呪螺の法師が俺の腹に向けて拳をねじ込んで来た。
だが完璧なタイミングで、バックラーがそれを弾く。
重い衝撃と共に、呪螺の法師の体が下がり、弱点を晒す。
右手に握った治癒の短剣を差し込む。
致命を取られた呪螺の法師は、後ろに転がり追撃を避ける。
俺にそのつもりはなかったが、相当なダメージが入ったためだ。