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第一章 貴族転生 - 001

 声が聞こえる。


 泣いている。とても大きな声だ。耳元で聞こえる、赤ん坊の泣き声。


 とてもうるさい。


 誰か黙らせてくれ、これではゆっくりと寝ていられない。


 そこまで考えた時、ふと気づいた。


 泣いているのは、どうやら俺自身らしい。


 ゆっくりと目を開くと、顔があった。


 俺に何か話しかけているが、まったく意味が分からない。


 どうやら母親のようだ。


 すぐに胸を出して、乳首を俺の目の前に持ってくる。


 俺は反射的にそれを咥えて吸っていた。


 口の中に母乳が入ってくる。暖かい、味はよく分からない。おそらく味覚が育っていないからなのだろう。


 俺は母乳を飲みながら、周囲の様子をさぐる。


 見る限り広い部屋の中にいるようだ。視覚の端に中年くらいの女がいる。


 長いドレスとスカート。腕をまくって、動きやすい服装をしている。どうも産婆のようだ。


 俺の母親に声をかけているのは産後の様子を確認しているのだろう。


 その向こう側に、もう一人女を確認できる。


 地味な色使いとデザインのドレスだが、おそらくメイド服だろう。


 俺の母親はそれなりの地位があるらしい。


 それからしばらくして、男が俺の前に現れる。


 母乳を飲んでいる俺を見ているが、厳しい表情のまま手を出してはこない。


 着ている服はそれなりに豪華なもので、地位の高さを表している。


 この男が俺の父親のようだ。


 父親は母親と少し話しただけで、すぐに部屋を出て行った。


 どうやら自分の子供に対して、あまり関心がないようだ。


 だいたい、こんなところだろうか。


 情報を収集するための手段が極めて限定されている。


 どうやら俺は、生まれたばかりのようだ。


 だが、近々に命の危険があるような状況ではないらしい。


 だったら、焦る必要はない。


 追々知れることだ。


 まずは言語の習得をしなければ話にならない。


 それより俺の記憶だ。


 はっきりと覚えている。魂に刻み込まれていると言ってもいい。


 あの女の顔を。俺の頭蓋骨が砕かれる瞬間を。脳に指が入り込んでくる苦痛と感覚を。


 自分の死の瞬間を体験する恐怖。


 あの女に対する恐怖。


 思い出すだけで今もなを、リアルに蘇ってくる。


 ただ一つ、あの瞬間には存在していなかった感情が俺の中にある。


 それは怒り。


 どんなにクソのような人生であれ、あんな理不尽に殺される謂れはない。


 いったい『あれ』が、何者で、いかなる理由で俺を殺したのか、まったく分からない。


 戦うすべがあるのかどうかすら分からない。


 だが、関係ない。


『あれ』がどんな存在であろうが、俺にとっては復讐すべき敵。


 俺の仇である。これからどんな人生が待っているのかはわからない。


 だが確信がある。


 再びかならず『あれ』は姿を表す。


 その時だ、その時俺は復讐を果たす。かならずだ。


 そんなことを思いながら、俺は母親の母乳を飲み下す……。


 情けない。


 俺の新しい人生は始まったばかり。


 先は流そうだ。


 色々と。




 ◆◆◆◆◆ 三年後 ◆◆◆◆◆




 三年が過ぎた。


 この間に様々なことが判明した。


 俺の新しい名前はラーズ・フォン・ダールベルク。


 ダールベルク伯爵家の三男である。


 父はハインツ・フォン・ダールベルク。


 領民から搾取しながらその金で中央政府に働きかけ、なんとか上の役職を得ようと必死になっているようだ。


 権力欲に取りつかれているようだが、どうにも能力の方が伴っていないらしく、何をやっても上手くいかず常に機嫌が悪い。


 子供のことにも妻にも関心はなく、口を開けばなにかしら毒を吐いている。


 ただまぁ、ほとんど屋敷に顔を出すことはないので、今のところそれほど気にする必要はない。


 母はマリー・フォン・ダールベルク。


 美しいがそれだけの母親だ。ただ、父親の影響なのか異様に子供に対して愛情が過多になっている。


 俺だけでなく、子供みんなを甘やかす限り甘やかしている。


 生粋の貴族のお嬢様なので、平民は人間と思っていないようで、使用人に対する当たりは強い。


 十五歳年上の長男ダルク・フォン・ダールベルク。


 十三歳年上の長女アンリエット・フォン・ダールベルク。


 五歳年上の次男クラウス・フォン・ダールベルク。


 三歳年上の次女セシル・フォン・ダールベルク。


 そして末っ子の俺だ。


 兄弟が絡んでくることがないので、どうでもいい。


 ちなみにクラウスとセシルは妾の子であるが、ダールベルク家の家督相続兼を持っている。


 おそらく父親のハインツが、自分の出世の駒に使いたくてそうしたのだろう。


 娘を嫁がせるにせよ、息子をどこかの官僚にねじ込むにせよ、うまくいけば自分の影響力を増すことに繋がるからだ。


 自分の能力が足りていないことは自覚しているのだろう。


 だから出世するために必要なことはなんでもする。


 ある意味筋は通っている気はする。


 まぁ、クソな性格であることには代わりないが。


 俺の母親は本妻なので、ダルクとアンリエットが実の兄弟。クラウスとセシルが腹違いの兄弟ということになる。


 ダルクとアンリエットは年が離れすぎていて、ほとんど接点がないし、そもそも領に入っていて屋敷に住んでいない。


 親父の意向で王都の学園に通っているのだ。


 クラウスとセシルに関しては、母親のマリーが蛇蝎のごとく嫌っており、今の所合わせてもらえる可能性すらない。


 おかげでマリーの全リソースが俺に集中しており、甚だ鬱陶しい状況になっている。


 もし俺が転生者でなければ、ラーズは性格が歪み、しごく普通のクソ貴族として成長したに違いない。


 とはいえ、クソな貴族としてはいたって普通のことなので、特に気にかけるような話ではない。


 そんなことより、遥かに重大な事実が判明している。


 俺が転生したこの世界のことだ。


 確証を得たのは、最近である。


 ようやく書庫に自由に出入りできるようになったからだ。


 それまで、推測できていたことであった。だが、書籍を漁って確認が取れた。


 この国はエーヴィッヒカイト王国。王都はフォルンベルク。


 それは、俺が良く知っている世界。


 グローセ・ヴェルトであった。


 俺が殺される直前にプレイしていたゲーム。


 無関係とは思えない。今はそれが何を意味するのかは分からないが、いずれかならず突き止める。


『あれ』にたどり着くために。


 だが、それは先の話だ。


 その前にしなくてはならないことがある。


 生まれてから三年。なぜグローセ・ヴェルトの世界であるのか確信が持てなかったかというと。


 俺が知っているフォルンベルクの光景と、あまりに異なっていたこと。


 この世界には普通に人が暮らし、建物がしっかりと維持管理されている。


 俺が知っている世界。敵意だけが残り、半ば亡者のようになった市民達。破壊された城壁から入り込んできたモンスター。死亡した後、呪われ復活してきた、死に生きる者達。


 基本的にフォルンベルクにいる人間は、魂を失った者達か、プレイヤーを見ると殺そうとしてくる兵や騎士しかいない。


 荒廃し半壊したような建物が立ち並ぶ街並みは、廃墟の都市といっていいだろう。


 すくなくとも、人による社会活動が可能な状態ではない。


 それが、俺の知る王都フォルンベルクであった。


 今のフォルンベルクはそんな様子など皆無。


 普通に社会生活が営まれている。


 なぜそんなことになっているのか。


 確証さえ得られれば、その答えはとても簡単なものだった。


 グローセ・ヴェルトのストーリーで語られることはなかったが、マップに散りばめられた光景や、点在するアイテムから考察したことがある。

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