第一章 貴族転生 - 017
ここは貧民区。
どこかからか王都に流れ着いた連中が、勝手に作った区画がこの貧民区である。
当然、ここでは法なんて存在しないし、人権なんて物は概念すら存在しない。
裏の組織はあるようだが、息をひそめている。
下手に目立つと神聖騎士のような、圧倒的強者を敵に回すことになる。
どんなに勢力がある犯罪組織だろうと、一人の神聖騎士が動けばそれだけで貧民区ごと消されかねない。
デミゴッドが跋扈するような世界において、組織の力などたかが知れているのだ。
ちなみに、強力なハンターパーティならば、似たようなことはできる。
だが、どんなに強力なモンスターに対しても挑むような強力なハンターでも、デミゴッドに挑むような馬鹿はいない。
戦いにすらならないからだ。
デミゴッドとはそれほどに圧倒的な力を持っている。
この世界におけるヒエラルキーは概念などではない。
強さという絶対的な指標が存在している。
俺が今いる貧民区は、ヒエラルキーの最下層に位置している。
貧民区のことなど誰も気にしないし、誰も関わろうとはしない。
だからこそ、犯罪組織にとっては都合がよく、俺にとっても都合がいい。
王都内に複数ある拠点の一つがここにある。
俺が貧民区から裏路地に入ると、俺を見かけたガラの悪そうな男達が、そそくさと姿を消す。
拠点を作るにあたって、色々と掃除したのでその時の影響だ。
奥まった所にある井戸を通り過ぎると、廃棄された教会が見えてくる。
今にも崩れそうに見えるが、そこそこ補強を入れてあるので問題なく使える。
入口に立ち鍵を開けようとすると、わずかばかりドアが開いていることに気づいた。
「……」
俺は治癒の短剣を抜いて、ドアの陰になるように位置取りをしながら、ゆっくりとドアを開ける。
中にはやたらとでかい、見知らぬ男が立っていた。
他に二人の男がいるが、そいつらは家の中を物色している。
全て知らない顔だ。
三人とも半ば露出した恰好をしており、上半身には、びっちりとタトゥを入れている。
堅気ではなさそうだ。
先に掃除をしてもよさそうだが、家の中を血で汚したくない。
今日はここに泊まるつもりだからなおさらだ。
一旦俺は、治癒の短剣を鞘に戻してから声を掛ける。
「僕の家で、何をしていらっしゃるのです?」
俺が声を掛けると三人とも驚いたようにこっちを振り向いた。
俺の気配にまったく気づいていなかったようだ。
見た感じと同じ程度の実力しかなさそうだ。
「てめぇか? 最近俺のシマで好き勝手してくれてんのはよう」
一番でかい男が脅しをかけてくる。
想像通りの反応だ。
「さて、なんのことです? 生憎、あなたのようないかにも弱者っぽい方に、心当たりはないのですが?」
それ方面の男にとっては、一番許容できそうもない言葉を選んで言葉を返す。
実際効果はてきめんで、瞬時に顔を赤くして、一番でかい男は剣に手を掛ける。
「あぁ? 死にてぇのかてめぇは!」
コメカミに青筋を立てた血管がいかにも切れそうだ。
「いやだなぁ、あなたにそんなこと出来るわけないじゃないですか……ハハハ」
俺は笑い飛ばしてやる。
すると、先に他の二人の男が反応してきた。
「なめてんのか、てめぇ!」
一人はショートソードを抜き。
「ぶっころしてやる!」
一人は短剣を抜いて襲い掛かってきた。
二人とも殺意マシマシだ。
俺は外に二人を誘う。
教会跡だけあって、入り口の前は少し開けた広場になっている。
その真ん中に誘導すると、男達はそれぞれの得物を手に切りかかってきた。
連携はまるで取れていない。
俺は打刀の柄に手を掛けると、居合の体制に入る。
最初に襲いかかってきた男の、ショートソードを持っている方の手首を切り落とす。
そのまま止まらず、もう一人の男も同じように処理した。
「お、おれの、手がぁ!」
「いてぇよう!」
利き腕の手首から先を失った男達は、情けない声を上げながらうずくまっている。
もう、戦意はなさそうだ。
首を刎ねたら後始末が大変になる。
自分で帰ってくれるのならそれに越したことはない。
さて、もう一人の大男なのだが。
後から出てきて自分の得物を構える。
「てめぇ、こんだけのことやらかしたんだ、覚悟はできてんだろうなぁ」
手にしているのはクラブ。
単純な打撃武器だ。
膂力さえあれば振り回すだけでそれなりの脅威になる。
もちろん、当たればの話だが。
「弱いなりに頑張ってはいるようですが、ここは諦めてさっさと帰ってくれると助かるのですが。どうです?」
俺は煽りながら提案をする。
本当に、ここで帰るようなら見逃すつもりだが……そうはならないだろう。
犯罪組織の構成員が舐められたらお仕舞だ。出世どころか居場所がなくなる。場合によっては、命にかかわる。恨まれてナンボの世界の宿命である。
だから、俺は殺さない。
二度と俺に関わりたくないようにする。
それなら、犯罪組織をつぶすよりも手間がかからない。
「ああ、てめぇはぜってぇ殺す」
大男の声が落ちる。
本気になったようだ。
地面を踏み鳴らしながら近づいてくる。
俺はその間に打刀を鞘に戻し、治癒の短剣に持ち変える。
目の前まで来た大男が、クラブを振りかぶる。
「潰れろや!!」
大男が力任せにクラブを振り下ろす。
それに合わせてバックラーではじく。
低い衝撃はあるが大きくはない。それだけの力はこの男にはない。
だが、体幹は一瞬で削られており、体が落ちて動けなくなる。
弱点がさらけ出されるが、俺はそこではなく左肩に治癒の短剣を突き刺す。
「ぐあっ」
大男の口から声が漏れる。
俺は、黙って治癒の短剣を引き抜いた。
左肩関節が破壊されて、左腕がプラプラと揺れている。
「て、てめぇ、やりやがったな!!」
冷や汗を流しながらも、大男が吠える。
どうやら戦意は無くなっていないようだ。
だが、攻撃方法はおんなじだ。
俺はパリィする。これなら目を閉じてても簡単だ。
動けなくなった所で、治癒の短剣で左耳を抉る。
「く、くったれ!! ぜってぇ殺す!!」
立ち上がるのを待っていると、また吠えてクラブで攻撃してきた。
いくらなんでも学習能力がなさすぎる。
パリィした後、鼻を抉った。
「殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!」
大男は繰り返しながら、血走った目でクラブを振り下ろしてきたが。
もちろん、簡単にパリィする。
次は右耳を抉る。
俺はそんな感じで、左の脇腹、右の脇腹まで刺したところで、大男の元気が無くなってくる。
「くそっ、くそっ、くそっ」
そんな言葉を繰り返しながら、大男がクラブを振りかぶったところで。
「次は左目に突き刺しますよ」
俺の言葉を聞いて、大男が固まった。
「その次は左膝、その次は右膝、歩けなくなったら右目、その次は左肩、武器を持てなくなって抵抗ができなくなったら、できるだけゆっくりと心臓に差し込んでいきます。それでよろしければ、どうぞお続けください」
できるだけ優しく聞こえるように言ってあげる。