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第一章 貴族転生 - 016

 この廃屋の主の登場だ。


 俺はその場に留まり出現を待つ。


 ここにやってきた理由は当然打刀を入手するためではあるが、それとは別にもう一つ理由がある。


 俺の目の前で顕現した死に生きる者は、着流しに破れた編笠山を被っている。


 骨だけとなっても、他の死に生きる者達とは一線を画していた。


 怨牢の翁という名があるのだが、おそらくこの世界で知る者はいないだろう。


 それを知るためには、怨牢の翁を倒した後、その遺品に残るテキストを読むしかない。


 つまり、まだこいつが存在しているということは、誰もそれを知らないということの証明である。


 それに怨牢の翁の存在が知られていないということは、遭遇したハンターは誰一人として生きて帰った者がいないということでもある。


 この腐敗した土地で死ねば、死体はすぐに溶けてなくなる。


 極まれに死に生きる者となった場合のみ、死体はのこるが、それは俺が倒すことで消滅した。


 そう、ここに来た理由は、こいつ……怨牢の翁と戦うためであった。


 俺は全身の力を抜いて、息を落とす。


 ゆるりとした呼吸と、視線は何処にも向けない。


 掛け値なし、これから全力を尽くす。


 これから、死線を何度も何度も潜り抜けなくてはならない。


 それは出来るかどうかではなく、やらなくてはならないこと。


 これから先、こういったことは日常茶飯事になるだろう。


 薄く赤黒い光を纏った怨牢の翁がゆっくりと、俺の正面に向かって歩いてくる。


 まったく同じ歩調と歩幅。


 それは、その一瞬に切り替わった。


 俺の体は動いていた。


 意識などしない。それでは間に合わない。


 俺の体があった位置を、刀身が通り過ぎる。


 その刀身から青白い光が伸び、地面を歩幅で十歩分ほど切り裂いていた。


 戦技、夢影の月光。


 居合系戦技であり、最強と呼ばれる戦技の一つである。


 俺はこの戦技を怨牢の翁から盗む。


 間近で何度も見て習得するのだ。


 夢影の月光を放った怨牢の翁は、止まらず間合いを詰めてくる。


 横なぎ、胴を狙ってくる。


 その時、俺も前に踏み込み、さらに一歩分間合いを消している。


 ズンという衝撃、翁の体が沈む。弱点が晒されるが、俺は致命を取らずに距離を取った。


 振りの出始めをパリィした。それだけだ。


 すぐに体幹が回復した怨牢の翁が刀を鞘に戻し構えを作る。


 戦技がくる。


 夢影の月光から放たれるのは二種類の斬撃。


 威力と距離に優れる縦の斬撃。範囲と速度に優れる横の斬撃。


 放たれるまではどっちがくるか分からない。


 居合はまごうことなき最速の戦技だ。


 見てからかわすのでは間に合わない。


 だから感覚に頼る。


 俺の体が動く。後ろへのステップ。


 青白い光の斬撃が、俺の胴があった場所を薙ぎ払う。


 怨牢の翁は止まらず、すり足で間合いを詰めてくる。


 俺もそれに合わせて前に出る。


 この後、立て続けに連撃がくる。


 だから、その出始めを止める。


 続く衝撃、怨牢の翁の体が沈むのに合わせて距離を取る。


 間合いを取ったことで、怨牢の翁は刀を鞘に戻した。


 次に来るのは戦技夢影の月光。


 サイドステップ、縦に伸びた青白い光の斬撃が俺の肩を掠めて消える。


 同時に間合いを詰めて、通常攻撃をパリィでつぶす。


 通常攻撃をことごとく潰すことで、怨牢の翁からの攻撃を夢影の月光に限定させる。


 これを俺は何度も何度も繰り返す。


 やがて、周囲が薄暗くなってきた頃。


 怨牢の翁が放つ居合から、青白い光の斬撃が放たれることがなくなった。


 魔力切れである。


 俺の方の持久力も限界に近い。


 これ以上戦ったところで、もう意味はない。


 何度目だろうか……俺はパリィで体を落とした怨牢の翁に治癒の短剣を差し込む。


 聖属性の乗った致命攻撃。


 その一撃で、怨牢の翁の体は白い靄へと変わり消失した。


「安らかに……」


 俺は怨牢の翁が消えた場所に向かって両手を合わせる。


 無念を抱き、死に生きる者と化してまで、その未練を残した武芸者。


 少なくとも、その技は俺が継いでいくことになる。


 俺は廃屋の中に入ると、僅かばかりの光を頼りに探っていく。


 すぐに見つけた。


 打刀と怨牢の翁が纏っていた着流しに編笠山。


 それを回収する。


 その脇には巻物があり、中には怨牢の翁が残した最後の怨嗟とも言える文章が記されている。


 恨みと絶望。自分の編み出した技が誰にも継がれることなく消えていくことに対する虚無感。


 そういった諸々の書かれた文章。


 俺は巻物を取ることなく、屋敷を後にした。


 主のいなくなった廃屋は、このまま誰に知られることもなく朽ち果てることになるだろう。


 入手した装備を紐で括って背負い、打刀を腰のベルトに通す。


 外に出ると、黄金の雫杯を使う。


 これで失った持久力が瞬時に全快した。


 少し時間をかければ徐々に回復するのだが、今はすぐにでもやりたいことがある。


 腰を落とし、重心を僅かばかり前にかけながら、鞘に納めたままの打刀に手をかける。


 目を半眼にして、息を止める。


 記憶に焼き付いている戦技、夢幻の月光。


 それが頭の中で再生されるのと同時に、俺の体は同じ動きをなぞった。


 剣身が鞘走るのと同時に、魔力を乗せる。


 一瞬で抜き放たれた刃は、青白い光を放ち虚空を切り裂く。


 束の間の斬撃が消えた後、地面には切り裂かれた跡が残されていた。


「なんとかなったな……」


 成功するとは思っていたが、あくまで可能性だ。失敗する可能性もあった。


 ただまぁその時は、明日の戦いでロングソードを使うだけだ。


 難易度が上がるだけで、それ以外に支障が出るわけではない。


 それから俺は、夢幻の月光からの横なぎと縦切りを繰り返し、7回目で魔力切れを確認する。


 魔力が切れても居合は問題なく出すことができる。


 光波による斬撃が伴わないため、威力が半減し間合いが十分の一に縮まるが、逆に言えばそれだけの話だ。


 打刀と居合という最速の斬撃はそのまま使えるわけだ。


 それだけでもデミゴッド達と戦える戦技だろう。


 概ねこれで、明日のための準備は整った。


 俺はここに来た時に使った咒鵠の礎を使い王都に戻る。


 立ち上がると、周囲の建物がはっきりする。


 貧相なあばら家が不揃いに立ち並んでいる。


 通りは凹凸が激しく、こぶし大の石が至る所に転がっている。


 お世辞にも整備されてるいとは言えない道。


 そこに、ボロ着を纏った人々が行き来している。


 男が地面に座り込んでいる。金を持っていそうな人間を物色しては声を掛けている。


 大抵は失敗するのだが、たまに金を投げ与える者がいるのでそれなりの収入になるのだろう。


 そんな男は何人もいるが、互いに距離を置いている。


 これが女ならば、自分の体を使っての商売となるのだが、こんな場所にいる女を買った場合のリスクはかなり高い。


 俺から言わせれば、高級娼館だろうが路上だろうが、大差ない程度のリスクでしかないのだが。


 そういった連中はまだまいで、スリやひったくり、裏路地に入れば強盗もいる。


 とは言っても、俺のように武装している人間に対しては遠くから見ているだけだ。


 ハンターに向かって、下手にちょっかいを掛けても、金の代わりに拳か蹴りが恵まれるだけだ。


 王都の警邏も関わらないし、ハンターギルドも一切関与してこない。ここの住人を助けてくれる者なんて存在しない。


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