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第一章 貴族転生 - 015

「金? 金なら、あるだけ出すわよ!? 足りないなら、どうにかしてかき集める!!」


 金で解決するなら話が早い。俺だってそうするだろう。


 だが、俺としてはそういうわけにはいかない。


「ところで、ルナさまの律について教えていただけませんか?」


 俺はすぐには答えず、はずらかすようにそう話しかける。


「はぁ? ばっかじゃないの? そんなの、答えられるわけないじゃない!」


 ルナは半ば呆れながら、怒り気味に言ってくる。


 まぁ、当然だろう。


 巫女が掲げる律は、デミゴッドの力そのものであり、神が死に至りし時、デミゴッドを新たな神へと至らしめる物でもある。


 巫女とデミゴッドの双方が失われても、律が無事であれば次に継がれることになる。だが、律が砕かれてしまえば、全ては失われてしまう。


 それは最悪の可能性だが、最も高い可能性は、律を奪われてしまうこと。


 律を失った巫女は巫女で無くなる。自身の最大にして唯一の存在理由を失ってしまう。


 その恐怖は余人には計り知れないものだろう。


 だから、巫女もデミゴッドも、自分の律を明かすようなことはしない。


 どれほど僅かであれ、律を失うような可能性を排除するために。


 だからこそ価値がある。少なくとも俺にとっては。


「なるほど……でもそれが条件です。それ以外に条件は存在していません」


 俺は、はっきりと告げる。


 わずか十歳そこらに過ぎないルナが、これほどまでに必死になって足掻いている理由。


 その焦燥感は相当なものだろう。


 何しろ、巫女たるルナが拝するデミゴッドが死んだのだ。それ以外にルナが導きの巫女へと至ろうと焦っている理由は考えられない。


 なれば一刻も早くそのデミゴッドを特定する必要がある。


 その死がエンデ・クリークへと繋がるのかを判断するために。


 こればかりは、さすがに俺も譲ることはできない。


 ただまぁ、直接聞かなくても、情報を入手する方法はある。


 そのために咒鵠の礎に連れてきたのだ。


 すでに、ルナの律が何であるのかを特定できることは確定している。


「あんた……金じゃだめなの?」


 また急に弱気になったルナが、俺にお伺いを立ててくる。


「あいにく、金に困ってはおりませんので」


 俺はハンターギルドに登録してはいないが、素材集めを通して複数資金を得る手段を持っている。


 実家であるダールベルク家から資金援助を必要としなくなって、もう五年以上も経っていた。


 金に困っていないのは真実だ。


「で、でも……なんとかなんないの?」


 ルナは今にも泣きそうな顔になりながらもゴネる。


 しかたない、ここは俺の方から口実を用意することにする。


「ルナさまのご推察通り、私はすでに導き手を得ております。そして、それはルナさまではございません」


 俺はそれだけを口にして頭を下げる。


 すべてを語っている訳ではない、だがこれでルナは考えるはずだ、俺の言葉の意味を。


「えっ? 何言って……」


 言いかけたところで話しを止める。


 俺の言葉で何かに気づいた。


 本来なら、もっと早くに気づくべきことなのだが、年齢だけでなく心理的に追い詰められて余裕がないこともあるのだろう。


 ルナは下を向いてブツブツと何かをつぶやきながら考え込む。


 聞き取れるわけではないが、内容は概ね想像がつく。


 俺はすでに導きの巫女、すなわちフリーダと契約をしている。俺は律を得ているのだ。


 その律はルナの律とは別物であり、ルナの律を必要としていない。


 つまり、俺はルナにとって安全な相手だと言えるだろう。


 そのことに気が付いたのだ。


 もっとも、俺の律である無名の律だけは特別で、力なき律であるがゆえに、唯一他の律と排他的ではない律でもある。


 無名の律は、ルナが掲げる律を取り込むことが可能である。


 もちろん可能なだけでやったりはしないが、わざわざそんなことを教える必要はない。


 俺はルナが考えている間、黙って待ち続ける。


「わかったわ……その条件で……」


 ひどく言いずらそうだが、それでも受け入れるようだ。


「賢明なご判断です」


 俺は軽く頭を下げて、手にしていた『咬暉の交じり枝』をルナに渡す。


「それでは、教えていただけますね?」


 笑みを浮かべながら俺は尋ねる。


 スマイルは無料サービスだ。


「な、何言ってんのよ? 『神支の聖根』はまだじゃない!」


 ルナは俺の言葉に、慌てて語気を強めて言ってくる。


 もちろん俺は満面に微笑み浮かべたまま答える。


「これは失礼いたしました。どうやら、勘違いさせてしまったようだ。情報の対価が『咬暉の交じり枝』なのです。『神支の聖根』はついでに取りにいくだけ……つまり、あくまでサービスなのです。情報一つに対価が二つ。そうでなければ、つり合いが取れないとは思いませんか?」


 俺は両手を大袈裟に広げながら頭を下げる。


 過剰演出というよりも、胡散臭さの演出である。


 たぶん嫌われるだろうが、巫女が容易く他人を信じるようでは世も末だ、子供と言ってもこのくらいはさせてもらう。


「ちっ……ほんと、ムカつくわね、あんた。……わかったわ……」


 しばらく俺を睨んでいたが、それでもしぶしぶ踏ん切りをつけたようだ。


 ルナが両手を正面に差し出し、手を開いて掌を上に向ける。


 そこから上に向かって、とても薄い金色のルーネが形成されていく。


 出来上がったのは、律を指し示す紋章。


「ありがとうございます。これで、契約は果たされました。……そうですね、入手出来次第こちらから連絡を取ります、その時『神支の聖根』をお渡しいたしましょう」


 俺は深々と頭を下げながらそう告げる。


「ふん。ここまでしたのだから、失敗なんて許されないわよ? 絶対に『神支の聖根』を持ち帰ってきなさい」


 ルーネは念押しするように言ってきた。


 まだまだ甘い。俺なら監視を付けることくらいはする。


 だが、それでも完全に信じ込まない態度は悪いことではない。


「御意に、ルナさま」


 俺はそれだけを口にし、右手を胸に置いて礼をする。


 貴族が目上の相手にする敬礼で、非公式の場でやると若干顰蹙を買いかねない。


「あんたね……」


 ルナは若干引いていたが、それ以上は言わなかった。


 どうも、煽り耐性がついてきてしまったようだ。


 残念なことである。


「それでは、私はこれで失礼します」


 それだけを言い残すと、咒鵠の礎の権能を発動し転移する。


 いわゆる、ファストトラベルというやつだ。


 場所は、王都外壁南東部にある咒鵠の礎。


 一瞬で周囲の景色が変わり、ルナの姿も消えていた。


 赤金の粒子が舞う中で座り、フリーダを呼び出す。


「めずらしいわね、あなたの方から連絡してくるなんて」


 すぐに応答があった。


 咒鵠の礎に触れた瞬間、導きの巫女にはこっちの様子は全て知られることになる。


「概ねご存知だとは思いますが、明日猟醜の騎士に挑みます」


 俺は端的に告げる。


 諸々のことはあったが、結局最大の問題はそこに集約する。


 他のことなど些末なことだ。


 丁度いい相手とは言ったが、簡単に勝てる相手ではないし、舐めたら瞬殺されることに変わりない。


 勝てる可能性があるのは、あくまで十分な対策をした上での話だ。


「黄金の雫杯ね?」


 フリーダも分かっていたかのように……いや、わかっていたのだろう。


 すぐに、そう聞いてくる。


「ええ、その通りです」


 俺がそう返答を返す前に、俺の目の前には黄金の粒子でできている、半透明な杯が浮かんでいた。


 それに手を伸ばし、触れそうになった瞬間、半透明な粒子となり崩れて消えた。




 第一章 貴族転生 - 016




 だが、消滅したわけではない。


 必要となったとき、それはまた一度だけ現れる。


 使用できるのは一回だけだが、咒鵠の礎に触れることでまた復活する。


 生命力と魔力と持久力が一瞬で回復する。生命力に関しては、そう比重は高くない。


 大抵の攻撃は当たれば死ぬからだ。


 だが、魔力と持久力に関しては違う。


 一回でも回復することができれば、継戦能力が倍になる。


 圧倒的に格上な相手と戦う時、それは勝率に直結する。


 今まで必要としなかった理由がそれである。


 勝てる確率が低い相手との闘いを避けてきた。


 これまでとは、状況が変わったのだ。


「ありがとうございます、フリーダ。これで不安なく戦えそうです」


 俺は礼を言う。


「あなたの導きの巫女なのだから、礼を言う必要はないわ。そもそも、今まで使ってこなかったことが異常なのよ」


 フリーダが呆れたように言ってくる。


 そうして、そのまま聞いてくる。


「それで、どうするつもり?」


 どうするのかとは、猟醜の騎士のことではない。


 俺が知った律のことだ。


 もちろん、フリーダも見ていた。


 当然、それが示す事実もまた認識しているということ。


「褪金の律、でしたね」


 褪金の律……卑聖のメッシングが掲げる律。


 卑聖のメッシングは神たるアイリスに連なる者ではあるが、代を重ね過ぎその血は疲弊し、かろうじて律を保てているのが現状だ。


 今にも消え去りそうな律。


 同様にデミゴッドとしての力もまた褪せている……。


 ただ、それでもまだ卑聖のメッシングはデミゴッドであった……。


 ルナが見せてくれた律によって得られた情報を元に、得られた答えがそれであった。


 俺は、話しを続ける。


「正直、微妙ですね。その死の影響がないとは言えない。いや、あることはあるでしょう。ただ、あまりに薄い。他のデミゴッドにどれほど影響が届きうるのか……正直微妙です」


 そう、卑聖のメッシングは弱いのだ。


 デミゴッドとして。


 それは、猟醜の騎士に比べたら強い。


 だが、その程度だ。圧倒的には程遠い。


 デミゴッドの死という衝撃はあったにしても、影響としては極めて限定的だろう。


 そもそも、自領にあるゲーリゲス城に引きこもっていて、中央政府に関わってくることはなかった。


 それが如実に現れているのが、ルナへの対応だ。


 ハンターギルドに素材を求めにくるなど、教区でどのような扱いを受けたのか白状しているようなものだ。


 しかも護衛についているのが神聖騎士が一人。


 戦力としては十分以上だが、巫女の扱いとしてはいささか問題がある。


 これは想像だが、付けられた神聖騎士の役割は護衛だけではないだろう。


 ルナがそれに気づいているのかどうか……。


 護衛が味方とは限らない、ということに。


 まぁ、そこら辺りは今心配することではないな。


「わかったわ。彼女に関しては、とりあえず私の方で気にかけておいてあげる。それでいい?」


 俺の意を酌んだフリーダが先回りして言ってくる。


 俺は苦笑を浮かべながら答える。


「はい、それでお願いします」


 話は早いのだが、色々と端折られるとなんだか、気持ちが置いてけぼりになった気になる。


 少し寂しい感覚だろうか……。


「それでは」


 俺が短く別れを告げると、フリーダは僅かに微笑んで頷いた。


 咒鵠の礎から離れると、フリーダの姿が消え、周囲の様子がはっきりとしてくる。


 幽世(かくりよ)から現世に戻ってきたのだ。


 この場所は王都の城壁から一時間ほど移動してきた位置にある森の中だ。


 ここから三十分ほど進んだところに廃屋があり、死に生きる者が住み着いている。


 ある程度近づいた所でロングソードを抜き、剣身に聖脂を塗る。


 聖脂を塗った剣は、死に生きる者に対して大きなダメージを与え、復活を阻止することが可能となる。


 死に生きる者との戦いにおいて、とても効果的な対策である。


 廃屋は一階建てのあばら家で、半ば朽ちている。


 廃屋の周囲には草木が生えておらず、紫がかった色の地面が見える。


 毒に冒されていて、その周囲に生命は育たない。


 この場所では周囲に遮る物がないため囲まれるとまずい。


 だが、視界が開けているので、囲まれないように立ち回りやすくもある。


 ゆっくりと近づいていくと、地面から骨が立ち上がり、死に生きる者が再生される。


 それを確認すると、動き出す前に薄く金色の光を纏ったロングソードを差し込む。


 その瞬間に死に生きる物は白い靄となって消失する。


 聖属性のダメージによるものだ。復活もしない。


 同時に三体の死に生きる者が地面から出現する。


 俺は一旦距離を取る。すると、さらに追加で三体の死に生きる者が現れた。


 全部で六体だ。


 距離を取った俺に向かって、一番近くにいる死に生きる者が歩いてくる。


 二体はほぼ人の骸骨だが、残り四体は人と獣が交じり合った姿をしている。


 二体の人の骸骨は錆びた剣を持ち、三体の獣人の骸骨は身長の倍はある槍を持つ。


 後の一体が厄介で、弓を持っていた。


 これで、この場所に出現する敵は全てだ。


 俺は左手にバックラーを装備すると、弓持ちに向かって走る。


 先に弓持ちを叩いておかないと、やっかいなことになる。


 幸いなことに、死に生きる者は動きが遅い。


 回り込むことなく、途中にいた三体の死に生きる者をすり抜け、ロングソードを差し込んだ。


 消失するのを確認せず、そのまま前方にいた二体の死に生きる者と対峙する。


 剣持の死に生きる者。剣を振りかぶっている一体を、横から切り払う。


 そのタイミングで、背後から槍が突き出されたので、サイドステップで交わす。


 俺は背後の敵を放置して、正面のもう一体に向けて思いっきり跳ねる。


 死に生きる者が剣を振り回すより早く、上段から繰り出された俺のロングソードが頭蓋骨を砕いていた。


 さらにもう一回前方にステップしながら後ろを振り返る。


 三体の獣人の死に生きる者が構える長槍。俺はその間合いの外にいる。


 俺が引っ掻き回したために、互いの距離が開いていた。


 攻撃が失敗した敵と、反応できなかった敵は混乱していて、後の一体のみが俺に向かってきている。


 俺は突出した死に生きる者に向かって距離を詰める。


 間合いは圧倒的に長槍が有利だが問題ない。


 俺が近づくと、それに反応して死に生きる者が長槍を突き出してくる。


 俺がやることは簡単だ。


 俺の拳より一回り大きい円盾。バックラーは盾としての性能は小さいが、それを圧倒する性能がある。


 突き出された長槍に向かって、斜め下からはじくように払う。


 ズンという衝撃と共に、獣人の死に生きる者の体が一気に沈み込む。


 一発で体幹を削り切られた敵は、その弱点を無防備に晒している。


 ロングソードを使い致命を取る。


 パリィからの致命攻撃。


 これがバックラーを使う理由。圧倒的なパリィ性能を誇る。


 残り二体。


 俺は同じことを繰り返し、全てのザコの消滅を確認する。


 さて、これで準備はできた。


 ロングソードを鞘に戻し、治癒の短剣に持ち変える。


 ここからの相手は野武士だ。


 死に生きる者となってなお、その技は冴えわたる。


 バックラーを持ち出したのもそのためだ。


 治癒の短剣に聖脂を塗りながら、廃屋に近づいていく。


 すると、廃屋の中から赤黒い光が漏れ出てくる。


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