第一章 貴族転生 - 013
一瞬で差し込むことができ強力なのに、すきというものがまるでない。
独特な間合い管理と呼吸を必要とするため、熟練は必要だが強敵であろうがザコであろうが、相手を選ぶことなく差し込める。
今後、主力として使っていきたい武器と戦技である。
この機会に入手しておくことにする。
入手方法自体は難しくない。
王都近くの廃屋に住み着いていた、異国から流れてきた武芸者が亡くなり、そのまま死に生きる者となった。
そいつを倒すことで入手できる。
弱くはないが、今の俺に勝てない相手ではない。
ある場所も分かっているので、手間さえかければすぐに入手できる。
今まで入手してこなかったのは、いつでも入手できると先延ばしにしていたからだ。
このさいなので、入手しておくことにする。
戦技居合も打刀を入手すればすぐに使えるようになるため、攻め手には困ることはない。
今必要ななのは武器ではない。
防具に関しても、回避主体で立ち回る俺には必要性は高くない。
というか、重装備などして回避に影響がでたら詰みかねない。
裸で戦うというのが最強説もある。
ただ、そんな恥さらしなマネはできないししたくないのでやったりはしないが。
なので、防具入手の優先順位は高くない。
結論から言うと、黄金の雫杯を入手すること。それが最優先事項だ。
黄金の雫杯は体力、持久力、魔力を瞬時に回復することができる装備品である。
今まで入手していなかったのは、フリーダに頼む必要があるからだった。
最初の出会いから七年が過ぎ、俺とフリーダの関係性も随分変わった。
俺はもう幼児ではなくなり、フリーダはあの時のままだ。
今でも、フリーダは俺に対して保護者のような感情を抱いているらしく、俺が危険な敵と戦う度に哀しい顔をする。
口には出さないが、なおのこと心を抉ってくる。
それでも立ち止まるという選択肢はないので、会うたびに気づかないフリをしてごまかしている。
もっとも、俺の気づかないフリがどこまで通用しているのかは定かではない。
フリーダが俺の導きの巫女である以上、俺の行動は常に把握されているのだから。
たとえばルーカスのパーティだ。
初めての出会いはアプグルントという湖の畔であった。
どこまでも浅瀬が続いているという、ひどく特殊な湖で、ここにしか生息していないモンスターが何種も確認されている。
俺は素材を入手するために訪れていたのだが、そこに依頼を受けたというルーカスのパーティがやってきた。
その時依頼内容について聞いたが、教えてもらえなかった。
それが、今から三年前の話だ。
俺はフリーダからの依頼ではないのか、と思っているのだが、知ったところで今更である。
ルーカスのパーティと繋がりが出来てからずっと、未だに関係は続いている。
良く考えたら、今回の依頼に関してもそういうことなのか、と納得できる。
もし俺が、ハンターギルドでこの話を聞いたら、一人でリーセブル河の洞窟に向かっていただろう。
力を借りるのが苦手とかいう話ではなく、パーティでの攻略は俺の発想にないからである。
だから、ハンターギルドに入る前にたまたま出くわした。
そういうことなのだろう。
俺は、ハンターギルドのラウンジから出ると、一番近くにある咒鵠の礎へと向かう。
ハンターギルドの巨大な建造物があり、ハンターが主に利用する出入口。
つまり、外壁側の出入口付近に咒鵠の礎は存在する。
俺は、ハンターギルドを半周してそこへと向かった。
咒鵠の礎は赤みを帯びた金色をしており、そこから同色の粒子が周囲に舞っている。
行きかうハンターはそこを平気で素通りしていく。
見えていない、というより認識できていないからだ。
咒鵠の礎を認識できるようになるためには、導きの巫女と契約する必要がある。
つまり、ハンターの中に導きの巫女と契約できている者は存在していないということなのだ。
俺はさっさと要件をすますために、足早に近づていてると、唐突にハンターギルドの中から怒鳴り声が聞こえてきた。
「馬鹿にすんじゃないわよ! こっちは貴族よ、貴族! さっさと、それを寄こしなさいよ!」
無視してもよかったのだが、俺はふと足を止めてしまう。
女の声だったからではない。声が子供のそれだったからだ。
一瞬逡巡するが、咒鵠の礎に向かうのをやめて、中を覗いてみることにする。
純粋に好奇心が勝った。
中に入ると、俺と同年代くらいの女の子が、ハンターパーティと対峙している様子が見えた。
「なんなんです、あれ?」
俺は様子を見ていたハンターの男に近づいて尋ねる。
すると、男は肩をすくめて簡単に教えてくれた。
「さぁな。納品にきたパーティに、いきなり絡んできやがったんだ」
それだけの説明だったが、概ね飲み込めた。
貴族が素材を買い付けに、ハンターギルドを利用すること自体は良くある話だ。
ただ、その場合、依頼を出すか俺が行こうとしていた販売所を利用するのが当たり前の話である。
いきなりパーティに交渉を吹っ掛けるなど前代未聞のことだろう。
「ねぇ、あんたたち、聞いてるの? 今すぐそれを寄こしなさい。どうせ金なんでしょう? だったら心配ないわ、金なら払うから!」
可愛い顔を紅潮させて、やたらと強気でその娘は押してくる。
おそらく最低の交渉をしている自覚はないのだろう。
しかもここはハンターギルドの建物内である。ギルドに喧嘩売ってるようなものだ。
ハンターパーティが苦笑を浮かべたまま黙っているのもそのためだ。
ただ、自称貴族の娘が強気で迫っている理由も簡単に推測できる。
彼女の背後に控えている騎士がいる。
白と金の特徴的な鎧。千樹の紋章が胸部にくっきりと刻まれている。
間違いようがない。神聖騎士である。
デミゴッドにも届きそうな武力を持つ相手に、喧嘩を売るようなハンターなどいやしない。
それもあって、ハンターパティは沈黙を守っているのだ。
そうなると、自称貴族の娘の正体が貴族というのはどうにも怪しい。
神聖騎士が、たかが貴族など守護するために乗り出してくるはずがないのだ。
自称貴族の娘が欲しがっている物も含めて、どうにもきな臭い話になってきた。
状況を確認したら、すぐに立ち去るつもりだったが……さて、どうしたものか。
「あんた、話聞いてるの? 黙ってたって何にも解決しないわよ。さっさと、あんたらが持ってきた『咬暉の交じり枝』を私に売りなさい」
その言葉を聞き俺は悟った。
「ちっ、そういうことかよ……」
俺の口から洩れた言葉だ。
ロビーの奥に動きがある。
まずい。ハンターギルドが介入してくる。
「お待ちください!」
俺は大きな声を出して割って入る。
自称貴族娘とハンターパーティだけでなく、この場にいる他の者たちの注目も俺に集まる。
だが、神聖騎士だけはまったく反応を見せない。さすが、というところか。
「ああっ? なによ、あんた」
前に出た俺に向かって、自称貴族娘が威嚇してきた。