第一章 貴族転生 - 012
それに、猟醜の騎士とエンカウントしたら、正面から戦って倒さない限り生き延びる方法はない。
つまり、時間稼ぎしながら逃げ延びる作戦は最初から破綻しているのだ。
「いいですよ。ただし、ひとつだけ条件があります」
俺が交換条件を出すと。
「なんだい? 報酬のことなら、ある程度君の要望に応えるよ」
ルーカスは嬉しそうに聞いてきた。
「報酬は特に必要ありませんよ。くれる物は貰っておきますが。僕の条件は一つ、猟醜の騎士が現れたら、僕を残して直ちに逃げてください」
俺としては当然の提示だったのだが。
「はぁ? 何言ってんだい! そんなこと、できるわけないだろ!」
唖然としているルーカスに代わって、イーダが話に割って入ってきた。
「すみません、言葉が足りませんでしたね。猟醜の騎士と戦うにあたって、完全なヘイト管理ができないと勝つことができませせん。僕以外の誰かがいると、負けてしまう。全員が無事に生き延びるために、僕に猟醜の騎士との闘いを任せてください」
俺は言葉を追加する。
猟醜の騎士には攻略法が存在する。
それは、範囲攻撃を使わせないことだ。
状態異常をまき散らすひどく厄介な範囲攻撃『腐食の厭戦』。
複数の敵との戦闘時のみ使ってくる。
生物には毒による継続ダメージを、武器には腐食効果により、攻撃力の低下を齎す。
しかも『腐食の厭戦』は、一定時間場に効果が残る。
対策しても、すぐにまた同じ結果になるのだ。
なので、最初から使わせないことが正解である。
ちなみに猟醜の騎士が持つ腐敗の剣には『腐食の厭戦』の効果は乗らない。
全員が腐敗の剣を入手していたなら集団戦も可能だが、腐敗の剣は猟醜の騎士を倒さねば入手できない。
そういうわけで、単独での討伐が猟醜の騎士戦での最適解ということになる。
ただまぁ、そのことを理解しているのは俺だけなので。
「でるわけないよ、ソロハンターの死亡率って、とても高いんだよ?」
それまで黙っていた全身ローブを纏った白面女が話に入ってきた。
「心配してくれてありがとうございます、レーナさん。でも、僕の言ったことは真実です。猟醜の騎士は複数の敵と戦闘に入ると、確定で範囲攻撃を仕掛けてきます。それを食らったら、極端に難易度が跳ね上がる。たとえ、クランを組んで戦ったところで、それは変わりません。これまで、他のパーティが全滅したのも、おそらくそれが原因でしょう。この依頼で全滅を避けるのなら、誰かが一人で猟醜の騎士と戦い勝利する他ない。そして、それが可能なのは、恐らく僕だけでしょう。だから、僕に任せてもらえまんか? 生き延びるために」
俺ははっきりと宣言する。
もちろん俺が戦う理由はそれだけではない。
正直、猟醜の騎士はちょうどいい相手なのだ。
デミゴッド戦を仮想した戦闘として考えるなら、これほど都合の良い敵はいない。
元神とは言っても、しょせんは元だ。零落した存在であり、デミゴッドと比べたら明らかに弱い。
ただ、弱すぎることはない。
殆どの人間は抗うこともできずに瞬殺されるだろう。
だが、圧倒的な経験を積み重ねてきたプレイヤースキルを持った人間にとっては、状況が変わってくる。
たとえば俺だ。
強敵とのひりつくような戦闘を思い出し、錆付いている感覚を研ぎ澄ますために利用する。
将来かならず訪れるデミゴッド戦を想定している俺としては、これ以上なく都合の良い敵であった。
俺の説明を聞いてなお、ルーカスもイーダも苦い顔をしている。
「君は……君なら勝てるのかい?」
それまで沈黙を守っていた、青白い顔をした枯れ枝のような女が聞いてくる。
「はい、そう言っています、グレーテさん」
俺は、あえて強い言葉で答えを返す。
ここで中途半端な返答をしたなら、猟醜の騎士とのタイマン勝負はさせてもらえない。
それでも、ルーカスとイーダの表情は変わらない。
ただ、ルーカスは大きく一つため息をつくと。
「何か、僕らが手伝えることはないのかい?」
納得はしていないようだが、受け入れる気にはなったようだ。
俺としてはそれで十分だ。
「もちろん、お願いしたいことがあります。とても、大切なことです。というより、手伝っていただけないと、僕の勝てる可能性は低くなります」
言っていることは本当だ。
猟醜の騎士と接敵する状況としては最悪に近い。
リーセブル河の洞窟で、市に生きる者共が氾濫を起こしている。
つまり無限沸き状態にある。
猟醜の騎士との戦闘中に介入してくる可能性は高い。
別に猟醜の騎士と共闘するわけではなく、俺と猟醜の騎士の両方に襲い掛かってくるのだが、それが厄介なのだ。
ヘイト管理が難しくなる。
俺だけにヘイトを向けられないと、敵の攻撃を交わしづらくなるし、こちらの攻撃を差し込むタイミングも読みづらくなる。
つまり、難易度が上がるのだ。
討伐事態は不可能ではないが、出来れば猟醜の騎士との戦闘に集中したい。
「そりゃなんだい? 教えて貰えるんだろ?」
イーダが聞いてくる。
「ええ、もちろんです……」
俺は、簡単に説明して付け加える。
「もちろん、全ての不死者達を引き受けて欲しいとは言いませんが。僕が対応したさい不死者の後始末をお願いしたいのです」
死に生きる者どもを倒した場合、そのまま放置するとすぐに復活してくる。
それを防ぐためには、聖属性を付与した武器で倒すか、復活が完了する前、復活途中で再度倒す必要がある。
それを、後始末と呼んでいる。
「ちっ。さすがに舐めすぎだよ。不死者くらい、あたしらのパーティで全部引き受けてやるよ。あんたに、一匹たりとも近づけさせたりするもんかい」
イーダは自信に満ちた、迫力のある笑みを浮かべながら言う。
俺はの言葉に対して頷いた。
「ええ。ぜひ、頼りにさせてください」
ルーカス達のパーティの実力は良く知っている。
パーティメンバーでこそないものの、共闘すること自体は初めてではない。
頼りになることは知っているのだ。
ただ、それでも、言葉通りに受け入れたりはしない。
口にはしないが、猟醜の騎士との戦闘に不死者が介入してくること前提で戦う。
その上で、介入してこなかったらラッキーというスタンスだろうか。
得体の知れない死にゲー世界で生き延びるためには基本だろう。
「わかった。それじゃあ、明日日の出の時刻に、南門前で落ち合おう」
ルーカスはそれだけ言い残すとメンバーを連れて去っていった。
俺に関わってこようとはするが、一定の距離感を保ってくれるのはありがたい。
これから明日までの間、事前準備をしなくてはならない。
もちろん俺もだ。
俺は幼少時から、パリィ主体で戦ってきた。
だが、猟醜の騎士に対しては、パリィできる機会は少ない。
とは言っても、今主力として使っているロングソードと治癒の短剣だけで攻略できない相手ではない。
ただ、将来デミゴッド戦を想定した戦いをするとなると、ここでは新しい武器種を試しておきたい。
ロングソード一本で、大抵の敵とは戦えるので問題なかった。
だが、俺が最も得意とする武器種は別にある。
武器種刀。その中でも打刀。ロングソード以上に俺の戦い方と合っている。
居合という戦技。