第一章 貴族転生 - 009
「だめよ、子供がそんなことを気にするものじゃないわ」
俺の背中をトントンしながらフリーダが言ってきた。
もう、ほとんど赤ちゃん扱いだ。
「あ、あの……」
俺は思いっきり戸惑っている。
ぶっちゃけどうすればいいのか分からない。
「まずはお風呂に入りましょう。こんなに汚れちゃって。まったく、こんな無茶なことをするものじゃないわよ。どんな力があっても、ね」
俺はあやされながら何処かに連れていかれている。
お、おもったんとちゃう……。
俺が知っているフリーダは、余計なことはまったく話さず、自分の目的のために無表情で淡々と取引を持ち掛けてくる。
そんな存在だったはずだ。
なのに、なんだこの圧倒的なアットホーム感は。
連れていかれた先に、秘匿された入り口があった。
幻影によって壁にしか見えないが、足を踏み出せば普通に通ることができる。
そこからしばらく通路が続き、扉があった。
その頃俺は、不覚にも寝落ちしそうになっていた。
三歳児の体を舐めていた。
疲れ切っており、抗いがたいほど強い眠気が俺を襲っている。
一番の理由は、フリーダに抱かれていることの心地よさ、圧倒的な安心感。
これ以上眠気に抗うのは不可能そうだ、とあきらめかけたとき、目的の場所に付いていた。
いつの間にか俺は服を脱がされており、同じく全裸になっていたフリーダに抱かれて湯舟の中にいた。
「もう少しだけ起きていなさいな、小さな騎士さま」
ともすれば湯舟の中で寝落ちしそうになっている俺を、やさしくあやしながらフリーダが話しかけてくる。
両手で自分の顔を叩いて気合を入れる。
一瞬眠気が去ったような気がしたが、本当に一瞬だった。
首がかっくんとなり、風呂の湯に顔を派手に突っ込んでしまった。
「うあっ」
慌てて顔を上げるが、それも一時的なものだ。
「あらあら、もうだめね。じゃあ、このまま頭を洗っちゃいましょうね」
フリーダは俺の頭をわしゃわしゃし始めた。
たくさんの泡がもあもあと沸く。
あわてて目をつむる。
「えらいわ。しばらくじっとしててね」
わしゃわしゃごしごし、と一通りやって、頭からざぶんとお湯をかける。
全部の泡が流し終えると、フリーダは俺を抱えて湯舟から出る。
すぐにタオルに包まれて、ごしごしされるが、そこが限界であった。
俺の眠気はもう耐えられものでは無くなっていた。
ここで俺は、意識を手放した。
俺が目を覚ますと、薄暗い部屋にいた。
窓から月の冷たい光が入ってきていて、部屋の中を照らしている。
どうやら自分の部屋にいるようだ。すでに夜になっている。
まいった、俺はフリーダに運び込まれたらしい。
ベッドの上から降りると、机に近づく。
机の上には、夜の中でしか判別つかないような薄い黄金の光を放つ木の枝が置かれている。
俺は迷わずそれを手に取る。
祝呪の枝というアイテムである。
置いていったのはフリーダなのは間違いない。
このアイテムは導きの巫女にしか生み出せないからだ。
俺は枝を取ると、そのまま折る。
すると、周囲に黄金色の光の粒子が広がった。
ゆっくりと光の粒子が床に落ちていく間に、俺が両手に持っていた祝呪の枝がさらさらと粒子になって消えていく。
これで、俺とフリーダの間に契約が完了した。
フリーダが俺の導きの巫女になったのだ。
同時に俺は、無名の律を授かる。
俺が倒した敵のルーネが感じられるようになった。
忌区で倒した大ネズミやガーゴイル、それになんといっても、あやうく死にかけたガルネーレン二匹分のルーネが大きい。
溜まっていたルーネをすぐに無名の律へと捧げる。
持久力と魔力のステータスにすべて割り振る。
力に割り振って、ロングソードを使えるようにできるのも手だが……。
しばらくは継戦能力を高める必要がある。
今回の戦闘ではフリーダが現れたから助かったが、そうでなければ詰んでいた。
どんなに慎重に計画を立てたところで、想定外の事態は起こる。
そんな時に動けなくては戦えない。
グローセ・ヴェルトでは戦えない者は直ちに死ぬ。
そういう世界だ。
三歳児だからといって何の言い訳にもならない。
なにはともあれ、俺は無名の律を得た。
これで戦うための力を得ることができる。
両手を見ながらにぎにぎしてみる。
小さな手だ、何の変化も見られない。
それでも、もう無力ではない。
戦えば確実に強くなることができる。
武器と魔法と祈祷。
それぞれを使用するに必要なステータスを得ることが可能となったのだ。
ここからようやく始まる、俺自身の戦いが。
何時やって来るかわからない、エンデ・クリークに向けて備えることができる。
まずはエンデ・クリークを生き延びて、ようやく俺の目的に向けて動くことができる。
いつかかならず、俺を殺した『あれ』に向かって中指を突き立ててやる。