誤解と対決
いつもなら、ダンジョンに来れば落ち着いているのだが、今日は違った。
ライブ配信をしたらどうなるのだろうかと、不安で仕方がない。
いきなりUtubeの登録者数とアーカイブの再生数が跳ね上がっており、今でも増加が止まらない。
しかもSNSでは、「SS級」とか「悪霊」といった書き込みがあり、世間の事情に疎い幽奈には訳が分からなかった。
(とりあえず、今日は下層まで降りて、そこで配信するか考えてみる)
ダンジョン探索中に、配信をしない者など幽奈以外にはほとんどいない。探索と配信はセットというのが常識であった。
だが、彼女はごく限られたシーンしか配信しないようにしている。
過去には戦っている最中を配信したことはあったが、すぐに削除している。
そんな変わり者の少女は、ただ黙々と歩き続け、どんどん階段を見つけては降りて行った。
あっという間に中層へ辿り着き、以前シャム達が襲われていた場所を通過した。
そしてまた階段を降り、さらに下の階層へ。
もしダンジョンの到達速度を競う勝負をすれば、幽奈は誰とやっても勝てるのではないかと思うほど無駄がない。
いくつもある迷路のような通路を抜けて、さらに下の階段を降りた。そこは奇妙な紫色の壁に変わっており、雰囲気が一層不気味さを増している。
「あ、久しぶり。うん、元気だったよ」
この時、幽奈は突然天井の辺りを見上げて話し始めた。
「うん。私、この前はいろいろあって。なかなか来れなかったの。今日はここで集めるね」
どう見ても誰もいない場所で独り言を呟いていると、曲がりくねった通路の奥から何かが駆けてきた。
様子を見るも何もない。すでにこちらを捕食者と決め込む、異形の狼達だ。
メガブラックウルフと呼ばれており、一匹あたりが熊とさほど変わらない体格をしている。
さらには常に集団で襲いかかってくる。窮地に陥れば遠吠えして仲間を呼び、気づけば三十匹以上に囲まれていた、などという話も珍しくない。
黒い魔物達はすでに二十匹を超える数が集まっており、自分達の勝利を疑ってすらいなかった。
しかし、幽奈は目前に迫ってきたブラックウルフの集団を前にしても、特に先ほどと様子が変わらない。
「ええ、でも私。あんまりそっちの言葉はわからないから」
というよりも、むしろ何かとの会話に夢中になっている。完全にながら作業でもしているかのように、その細くしなやかな指先を軽く握る。
すると、彼女の全身に青と黒のオーラが吹き上がった。これは魔法の一種であり、衣服が傷んだり、汚れることを防ぐ効果がある。
幽奈はこの魔法により、制服やローファー姿でも探索に困らなかった。
だがこの魔法は、便利な代わりに一つの大きな欠点がある。それは見た目の問題だ。
今の幽奈は第三者から見て、まるで悪霊のように映るという、本人があまり気づいていない欠点があった。
◇
「ここにいるのね。あの悪霊って奴が。じゃあ行くから」
:安定の塩あいさつw
:こんなに挨拶が手短な探索者他におらんわw
:草
:頑張れよ
:ノアー!
:ノアちゃんちっす
:やっぱり来たか
:マジでソロで探索してるらしいよね
:自殺行為だからやめとけって
:シャムちゃん一行でも無理だったやん
:ノアちゃんならいけるってばよ
:ちーす
その少女は、女子にしては背が高く、切れ長の瞳には気の強さが溢れ出ていた。金髪のショートカットは暗いダンジョンでも光っているよう。
彼女の名前は足立希空。非常に珍しいソロ探索者であり、いくつもの武器を携帯しているが、中でも特徴的なのが自身の身長すら超える大剣だった。
このような大きな剣を引きずりながら、彼女はダンジョンへの階段を降りていく。
額当てに小型のライブ配信用カメラを設置しており、薄暗いダンジョン内をよく撮影できている。
希空のブーツの音が、いつもより静かなダンジョン内に響いていた。途端にゴブリンやスライム、吸血蝙蝠といった魔物達が、獲物を見つけて群がってくる。
「雑魚にかまってられない」
そう吐き捨てるなり、大剣を振り回すようにして回転。なんとダンジョンの壁ごと魔物を切り裂いて、あっさりと絶命させてしまう。
:うわあ
:出た! ノアの特技回転切り
:これ酔いそうになるんだけど
:やっぱすげー
:この技だけでソロ攻略できるって凄い
:最初の魔物相手ならこんなもんでしょ
:シャムちゃん達とは別ベクトルのヤバさ
:力こそパワー!
:こんな大剣で、あんなスピードが出るのか!?
:化け物すぎぃ!
希空のライブ配信は、普段からそれほど盛り上がっていない。しかし、彼女にとって配信は二の次であり、何よりも重要なのはダンジョン攻略だった。
そして今回に至っては、ただのダンジョン攻略よりも優先したい目的がある。
「SS級の悪霊……がいるんだっけ? あたしが仕留める。絶対」
並々ならぬ気迫で、金髪女子はハイペースで探索を進める。途中の道のりで苦戦することは全くなかった。
実にあっさりと、彼女は幽奈がいるフロアまで降りて行くことに成功していた。
「ここはもう……下層か。ってか、なんかいない?」
ここに来て、いつもとは明らかに違う雰囲気に気づく。奇妙な魔力を感じる。迷路のような道を進みながら、希空は警戒心をいっそう強めた。
意外なことに、このフロアに来てからは魔物に一度も襲われていない。というよりも、魔物の死体ばかりが転がっている。
地面に倒れた魔物の数は尋常ではなかった。まさか、このフロア全ての魔物が倒されたのではないだろうか。
時として山のように積み重なった死体もある。虫や狼、熊が魔物化していたようだが、いずれも倒されている。
「あたし以外にここまで潜ってる奴がいんの?」
歩きづらくなった通路を進みながら、勝気な少女はライバルがいると予想していた。
しかし、曲がり角の奥からゆらりと姿を現したそれは、彼女が思い描くライバルの姿とは遠く離れたものだった。
「……お前!」
「……ア……コ、こんにち」
その少女は黒い何かに包まれ、不気味なオーラを噴出させている。
探していた相手を見つけた。確信した希空は、大剣を振り回しながら飛びかかった。