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カメラの謎

 シャムがSS級の悪霊と遭遇した事件は、日本のみならず世界中でニュースになった。


 彼女のチャンネルは想像していた伸びを軽く超えており、登録者数は一千万を超えていた。登録者と動画の再生数は増加の一途を辿り、収まる気配すらない。


 本来であれば喜ばしいはずだが、騒動の中心にいる少女は憂鬱な気持ちを隠せなかった。


 確かに配信者としては素晴らしい成果だろう。しかし、探索者かつ除霊師としての活躍として考えるなら、最悪の出来に他ならない。


 逃げてしまった。何よりもその事実に苦しみ、学校にも事務所にもすぐには行けず、ただ家にこもっていた。


 二日後、ようやく落ち着いたシャムは事務所に向かった。マネージャーは新しい女性に変わっている。


「あのね。あの人のことなんだけど、ずっと連絡がつかないのよ」

「へー、そうなんですね」


 事務所のソファに腰掛けながら、ライバーとして急上昇中の少女はぼんやりと答える。


 マネージャーのことはいい。元よりあまり信頼できる人とは思っていなかった。それよりショックだったのは、付き合いの長い探索者達に見捨てられたこと。


 そして何よりも、あの女だった。


(……あたしじゃ……今のあたしじゃ、絶対にかなわない)


 側に接近されてはっきりと感じたのだ。大人と子供どころではない、大きすぎる力の差を。そして体感した本物の恐怖が、ずっと頭から離れずにいる。


「——っていうスケジュールにできたら嬉しいなぁって思うんだけど。シャムちゃん、聞いてる?」

「え、ああ。すみません! ちょっとぼーっとしちゃってました」

「あんなことがあったばかりだものね。無理はしないでね。しばらくはお休みでいいから」

「あはは! ちょっとだけ、今はのんびりします。でも、また元気にやっていくつもりなので!」

「さっすが期待の新人ナンバーワン! 頼もしいわ! それと、少し話は変わるんだけどね。あの時参加した探索者たちについてなんだけど」


 マネージャーは何か気まずそうにしている。出された紅茶を飲みながら、シャムは緊張を押し隠した。


「みんな謝罪の連絡をしたんだけど、シャムちゃんからお返事がないって。あの時はどうにかしていたから、許してほしいってうちにも連絡が来てるんだよね」


 実は、シャムのスマートフォンには彼らからのチャットが届いていたが、返事をしていなかった。


 どうやら事務所としては、穏便に事を済ませようということらしい。当の本人はそれが面白くない。


 ダンジョン探索という以前に、自分を見捨てて逃げた人を許せという方向に持っていかれること自体、納得がいかなかった。


 気がついた時には、手にしていたティーカップを強めに皿に置き、新しいマネージャーを驚かせてしまった。


「今後あの人達とは仕事しません! 許すつもりもありません」

「シャムちゃんー、気持ちは分かるよ。でもとにかく今は落ち着いて、ね?」

「落ち着いてます。話は以上ですよね? お疲れさまでした!」

「え? シャムちゃん! ちょっと」


 とうとう怒りを抑えられなくなったシャムは、事務所を早足で出て行った。


 ◇


「これからどうしよっかな」


 次の日、人気ライバーは並木道を歩きながら嘆息していた。もうすぐ高校の正門前。多くの道行く学生が、ちらちらとこちらに視線を送っている。


 久しぶりの登校は、なんと気が重いことか。


 いつもなら友人に囲まれて、笑いながら教室へと向かうのが常だったが、今日はずっと早い時間に登校していたので、友人達は誰もいない。


 そう思っていたのだが。


「シャムちゃん!」

「あ、静ちゃん」


 茶髪の三つ編みをした一人の少女が、こちらへと駆けて来る。名前を白鳥静といい、クラスは違うがふとしたことから友人になった。


「大丈夫!? 本当に、大丈夫だった!?」

「うん。もう大丈夫」


 背の高い静の顔を見ると、丸く大きな瞳から涙が溢れ落ちていた。


「わたし、心配だったの。シャムちゃんにもしものことがあったらって。そう考えただけで、わたし……」

「大丈夫だよー。もう元気だし、ね? もう平気だから!」


 シャムはあくまで気丈に振る舞ったが、静は悲しそうな顔をしたままだ。寄り添うように隣を歩いてくる。


「ダンジョンなんて怖いところに行くの、もうやめたら? シャムちゃんなら、配信だけでも生活していけるし。お家だって大きいでしょ」

「あ、うーん。それは、」

「しかもあの人達。シャムちゃんのこと裏切ったんでしょ。ありえない。ありえないよ」

「……あ! そうだ。今日早く行く予定あったんだ。じゃあね!」

「え、シャムちゃん!」


 今は思い出したくなかった。あの裏切られたやるせない気持ちを、まだ整理できていない。


 シャムは予定もないのに、とにかく急いで教室へと入った。まだ登校している人は少なかったので、彼女はホッとした。


 友人達に会う時には、いつもどおりの自分に戻らなければいけない。落ち込んでいる姿なんて見せたくない。


「おはよー! おはよ。おっはよー」


 まだ少ないクラスメイト達と挨拶をかわしながら、窓際の席へと進む。


(大丈夫、いつもと変わらない、元気なあたしだ)


 そう思い、ほんのわずかに安堵していた。だが、机の前に来たところで足が止まる。


 机上にあるものが視界に入り、目が釘付けになった。


 それは見間違いようもなく、あのダンジョンに捨ててきたカメラだ。


「なんで、ここに」


 心臓が高鳴っていた。どうしてダンジョンの、あの危険な場所に捨ててしまっていたカメラが机の上にあるのか。


 誰かがダンジョンから、ここに持ってきたとしか考えられないが。


 シャムは周囲を見渡した。同級生達の中で、ダンジョン探索者はいたか?


 何人かは知っている。だが、あれほど厄介な階層に潜れる猛者はいない。


 一体誰が? なぜここに?


 そう考え落ち着きをなくしていたシャムの瞳が、すぐ先を見つめて止まる。


(たしか……千川さん、だっけ)


 千川幽奈。長いストレートの黒髪と、雪のように白い肌をした、謎が多いクラスメイト。前髪まで長くしているせいか、顔が分かりづらい。


 しかし、髪の間からチラリと見えた瞳が、自分と合った気がした。


「お、おはよー」

「あ……おは、よう」


 か細い声で返事をしつつ、どうやら目を背けたことが分かった。そういえば普段はほとんど気配すら感じることがないが、幽奈はいつも朝早く登校している。


(もしかして千川さんが? いやいや、ありえないよそんなこと! でも、カメラを置いていった人なら見てるかも)


 シャムはいつも通りのスマイルを浮かべ、幽奈の机に近づいた。


「ねー千川さん、ここにあるカメラなんだけど、誰が置いていったか知らない?」

「え!? ……あ……」


 まさか話しかけられると思っていなかったのか、幽奈は飛び上がらんばかりに驚き、妙にまごついた。


「あ、そっか。知らないよね。ごめんね!」


 シャムはその後、いつもの彼女に戻っていった。


 幽奈は結局、自分がカメラを置いたことを言い出せずに放課後を迎えた。

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