操り人形
戦う姿になった二人は似ている。
ともに呪いと恐怖の権化とも言うべき、異形のオーラを纏っていた。
静は幽奈の持つ武器を警戒している。得体の知れない何かを、あの剣から感じ取っていた。
幽奈は虚な姿で前のめりになっているのに対し、静は直立しており姿勢が美しく、かえって不気味であった。
ジリジリとお互いの魔力が膨らみ、見えない力がぶつかり合っているような錯覚を感じる。その圧力に警戒心を高めたのか、仕掛けたのは静からだった。
ゆっくりと胸の前にだした右手から、黒い何かが噴出され、猛烈な勢いで幽奈へと飛んでくる。
かつてシャム達を襲ったのと同じ、取り込んだ悪霊を道具として襲わせるという魔法だった。
今まで目に見えない形で呪っていたのとは違う、なりふり構わない強大な呪力。しかも一発だけではなく、二発、三発と続け様に悪霊の塊が襲いかかってきた。
「……」
しかし、幽奈は動じる気配がない。右手に持った剣で薙ぎ払うかと思いきや、左手を口元に寄せ、息を吐いただけだった。
だが、その微かな風が、どう言うわけか悪霊の集合体を崩壊させてしまう。一体はただの吐息。二体目は手で叩くように落とし、三体目に至っては魔力を吸収して消し去った。
「……!」
前傾させた戦闘姿勢を解き、幽奈はただ歩き出す。警戒するほどではないと思われたのか、静は悔しそうに顔を歪ませた。
しかし、その美しくも歪な顔に、余裕の笑みが戻る。
「さすがだね幽奈ちゃん。うん、私一人では無理だったかも」
「……あれ?」
この時、茶髪の三つ編みが二重にブレたように映った。
少しして、静の姿そのものが三つに変わっていることに気づいた時、並木道に悪夢が訪れていた。
「やっと帰れたよー。幽奈ちゃん、おいていくなんて酷いじゃない」
背後から別の静がやってくる。発言的に、一昨日一緒に行動した静かもしれなかった。
彼女は悪霊として、自らを分身させるという力を手に入れている。複数の体でシャムのマネージャーや元仲間、白髪の男を執念深く見つけ出し、殺していたのだった。
右からも左からも、静が歩いてくるのが分かる。並木道はいつの間にか、沢山の静で溢れていた。二十人はいるに違いない。
幽奈は囲まれている。圧倒的に不利な状況に陥ったと思われるなか、なぜか右手に持っていた剣を地面に突き立てた。
「これで全員?」
呑気な問いかけに、初めからいた静が笑みを漏らした。静達の中で最も禍々しいオーラを放っている。
「おやすみ、幽奈ちゃん。良い夢を」
完全に幽奈は包囲されていた。彼女達の両目が紫色の怪しい輝きを帯びる。一斉に呪いを放ち、中心に立つ少女を殺すために。
しかし幽奈は動揺していなかった。のんびりとした動作で両手を広げ、バンザイに近い姿勢を取る。
だが指先は不自然に前に向けているようだった。
「ああ、幽奈ちゃん。そんな変な姿勢でお眠りなんて——」
嘲笑おうとした静から、余裕が消えた。何か周囲に奇妙なものが見えることに気づいたからだった。
それは白く細くいかにも見落としそうなもの。でも気づいてしまう。なぜなら自らの分身達が、歪な姿勢になって止まっているから。
「それは……糸?」
彼女達の体に、いつの間にか何かがついている。それは何本もの糸であった。まるで糸操り人形のような状態にされ、どの静も驚愕の表情で固まっている。
よく見れば幽奈の両手の指先から、幾つもの白い糸が真っ直ぐに垂れていた。
「何をしているのっ!?」
彼女が質問を発した時、もう分身達は動かされていた。まるで子供が乱暴に人形を扱うかのように、沢山の静達が本体の彼女へと押し寄せてきた。
静達は糸に操られている。包囲して滅ぼすという作戦は、すでに意味をなさなくなっていた。
あっという間に静はその他大勢の静達に囲まれ、身動きが取れなくなってしまう。
さらには糸がいつの間にか変化し、彼女達をまとめて梱包でもするかのように縛ってしまった。
縛られていない残りの静達は、カタカタと歪な動きで、幽奈から見て一直線になるように並ばされていた。
まだ操られている残された静の一人が、地面に刺さった剣身を掴み、引き抜く。
そして倒すべき敵に剣を差し出している。
幽奈が剣を受け取った瞬間、手渡した静が消滅した。
「や、やめて。やめて幽奈ちゃん!」
黄金の剣を持つ少女が、一歩、また一歩と迫ってくる。
幽奈は剣を両手に持ち、魔力を込めていった。
すると黒と黄金の光が半々に煌めきだし、少女は善とも悪とも、神とも悪魔とも取れる輝きを身に宿した。
光と闇の化身へと変貌した少女は、剣を腰の位置に振りかぶり、風のようにひらりと静達に迫る。
光と闇が、瞬きすら許さない速度で彼女達をすり抜けた。
すれ違いざまに繰り出された一閃は、受けた静達でもすぐには気づかないものだった。
幽奈が剣を下ろした時、遅れて静達の体に黄金の切り傷が浮かび上がっていく。
「ああ……あ……シャム、ちゃん」
「静ちゃん……」
崩壊し消え去っていくその姿を、幽奈は泣きながら見つめていた。
全てが終わった時、ポトリと地面に何かが落ちる。それは古びたペンダントだった。
拾いあげ、綺麗にハンカチで拭く。まだまだ新品同様に見える。
短い付き合いではあったけれど、静の笑顔は忘れられない。きっとこの先も。そう幽奈は思う。
放課後になり、幽奈はシャムのお見舞いに向かい、静の全てを伝えたのだった。




