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SS級の悪霊

「ひぃゃあああああ!」


 真っ先に逃げ出したのはマネージャーだった。我を忘れ、手にしていたカメラをその場に投げ出し、股間を濡らしながら逃げ去っていく。


「お、おい! ま、待て。待ちやがれえええ!」


 次に逃げ出したのは、誰よりも漢気に溢れているはずのアッキーだった。


「……! 何してんすかぁ!」

「は、はああ。待って!」


 続いてあまね、ミナの二人も逃亡し、シャムはたった一人になってしまう。


:カメラ転がってる!

:やべー酔いそう

:え、みんな逃げたん?

:シャムちゃんと悪霊がぎりぎり見える

:置き型カメラっていうか、マジホラー状況

:シャムちゃんマジでやばくないか

:助けないと

:見捨てやがったのかよあいつら

:最悪すぎるだろ!

:どうすんだよこれ

:通報しよう

:ダンジョンの中じゃ、もう間に合わないだろ

:もしかして詰んでる?

:シャムちゃん逃げられないのか

:逃げるとか最悪

:本当に怖い

:助けを呼ばないと!

:シャムちゃん!


 絶体絶命の状況。頭の中に数多の怨念が入り込み、死の世界へと引き込もうとする。


 ダメかもしれない、と勝ち気だった少女も思わずにはいられない。恐怖と後悔、怒り……あらゆる感情に揺さぶられ続ける。


(まだ、死なない。死にたくない)


 憎悪の塊は膨張し、まるで悪霊が積み重なった巨人のような姿へと変わる。しかしシャムはまだ諦めていない。


 自らの内に眠る炎の如き魔力を、決死の思いで解放する。白い輝きが身体中から溢れ出し、触手となった悪霊は悶え始める。


 しかし、この勢いがいつまで続けられるかは分からない。相手はあまりにも巨大過ぎた。それでも、まだ終わっていない。味方に裏切られてもなお、シャムは諦めようとしなかった。


(あたしは……こんなあたしで終わりたくない! 絶対やだ)


 このままでは魔力を使い切り、そのまま無惨に蹂躙される運命。死ぬしかないという絶望、なおも往生際悪く足掻く白き魂。地獄への門はとうに開かれていた……はずだった。


 奮闘も虚しく、魔力が蝋燭の火のように消え入る寸前。悪霊達の本体が、膨張しきった醜い憎悪が、叫び声を上げながら身をよじらせている。


 不気味な巨大霊が、恐怖に身を焼かれているようだった。


(小さく……なってる? やったの、あたし?)


 悪霊達が消えていく。正確に言えば、どこかに吸い寄せられているのだ。とうとう悪霊の塊から解放されたシャムは、力なくその場に落下した。


「んぅ! く……」


 よろつきながらも体を起こし、初めて見る奇怪な現象に眼を凝らす。すると、霊達が尋常ではない速度で、何かに吸われていた。


 彼ら彼女らよりもずっと小さな何かが、少し離れたところから魔力を吸い続けている。


:シャムちゃん!

:助かった!?

:今のうちに逃げて!

:何が起きてるの?

:え、まだ怖いんだけど

:悪霊が怯えてね?

:掃除機みたいに魔力吸われてる

:ひいいい

:助かったけど、もっとヤバいのが現れたのか

:もう逃げよう

:今しかない、逃げろ

:えええええええ!

:どんどん吸収されて萎れてる

:悪霊が消されてる

:なんかいる

:女の子?

:今までにない怖さを感じるんだけど

:きゃあああ!

:漏れちゃうよぉ


 天井に届くほど大きかった悪霊の本体は、もはや枯れ木のように痩せ細り、地面を掻くようにしてそれから逃れようとする。しかし逃げられない。わずかも残さないとばかりに、凶悪なそれは全てを喰らい尽くしてしまう。


「あ、あああ」


 シャムはそれが何なのか理解した。


 青と黒の魔力が注がれ、こちらへと迫ってくるそれ。黒い光に塗れた姿は、細身の女であることだけが分かる。


 長い髪が激しく揺れ、瞳から丸く紅い光が発せられていた。


(これが、これがあのSS級の悪霊?)


 歯が自然と音を立てていた。寒くもないのに体が震えた。迫ってくるそれが、あまりにも規格外の力を持っていることに気づかずにはいられない。


 この女は怪物だ。それも、どう足掻いても勝てない。さっきの悪霊なんて可愛く思えるほど、理不尽な化け物だ。


 逃げなくてはいけない。シャムは理解しながらも、足が言うことをきいてくれない。恐怖で叫びそうになる自分を、必死に抑えるので精一杯だ。


 我慢が限界を迎えようとする直前。ふとシャムは目を疑った。あれほどの存在感を持った悪霊と思わしき女。それがふと消えたからだ。


「いなく、なっ……た?」


 静かな世界に戻りつつある。微かに吹く風の音も聞こえてきそうなほど、穏やかな時間がやってきた。そう思いたかった。


 真横から、何かが耳元近くで囁く。


「ア。ダイ……ジョ……ウ」

「い——いやぁあああああ!」


 その姿を直視することもできず、シャムはようやく動くようになった足で駆け出した。


 見栄も誇りも考えていられない。


 ただ逃げ去ることしか、このとき彼女は考えられなかったのだ。


 残されたのは未だに配信中のカメラと、得体の知れない謎の女だけ。


 視聴者達は、まるで自分が現場に取り残されてしまったような錯覚を覚え、画面の外で震える者さえいた。


:どうなってんだよこれ

:あのシャムちゃんが逃げた?

:怖過ぎるって

:っていうか、さっきのが例のSS級悪霊ってやつ?

:まだ配信続いてるんだけど

:運営に通報して止めてもらうか

:あいつら酷過ぎる。シャムちゃんを置き去りにして逃げやがった

:まだあの心霊いる?

:すげー怖い! ってかまだあのヤバい奴いるよね?

:マジでこれ以上観るの無理だわ

:なんか足音聞こえね?

:ちょっとずつ音が

:ひいいい

:こわすぎだって!

:あああああ

:来てる、近づいてる??

:何が起きてんの?

:カメラになんか近づいてる

:足音だ

:さっきの女か

:怖い怖い怖い怖い

:持ち上げた?

:あ

:あああああ

:ああああああああああ

:もう無理、抜ける

:こわい

:目が光ってる

:漏らしちゃった

:目が、目が

:悪霊だ

:あああああ

:無理、無理、無理

:カメラに手が

:やめ


 視聴者達の恐怖が最高潮に高まった頃、唐突に配信は停止した。


 ライブが止まる寸前に映し出されたのは、カメラを拾い上げた女の、赤く輝く怪しい瞳だった。

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