友達?
「この子、友達になれるかも」
どう見ても殺し合いが始まる直前、幽奈はぼうっとした表情で呟いた。
:え?
:なんて?
:友達になれる?
:どうした!?
:ちょ、殺しに来とるがな!
:一体何を感じたの!?
:感性が人と違いすぎ
:殺されるー!
:相手は殺す気しかないよ
:ってかやばい!
:もう来てるって!
:あ
:え
:ああああ
:お、終わった?
:ん?
:どうなったん?
:よく分かんない
:ま、まさか!
:これってもしかして
:乗った?
:んんん???
ライオンの大口が開き、少女の首筋に噛みつこうとした。
視聴者達はその瞬間をまざまざと目にしたのだが、カメラの映像は急激に変化し、全く予想もしない状況へと変わる。
続いて目にしたのは、疾走する魔物の背中だった。カメラが動き、前のほうに三つの後頭部が見える。
どうやら幽奈はキマイラの突進を交わしたうえ、その背中に飛び乗ったようだ。魔物は何が起こったのか理解できず、足を止めて背後に目を向ける。
どの顔も驚きで目を白黒させていた。
黒蛇が背中に現れた侵入者を排除しようと顔を向けたが、彼女の黒と赤に彩られたオーラを前にして動きが止まってしまう。
するすると幽奈は前に進み、ライオンに目を合わせるようにして、
「走って」
と呟いた。
ライオンの目と、幽奈の目が合う。普段は金色の瞳が、今は赤く悍ましい輝きに彩られており、獰猛な魔物は普段とは違う、怯えの色を浮かべた。
「ク、クオオオオ」
そして言われるがまま、キマイラは走り出した。
「あっち」
「グウウ」
視聴者達はこの姿を見て、チャットを打つ手が止まってしまう。一体何が起こっているのか、理解の範疇を超えていたからだ。
彼ら彼女らを置き去りにするように、幽奈を乗せたキマイラは走り続ける。
時に深層でも屈指の魔物達が行手を阻むこともあった。漆黒の蠍や斧を持ったミノタウロス、空を泳ぐサメといった危険な魔物達が現れるたび、少女は背負っているピンクの袋に手を伸ばした。
「えい、えい、えい」
一声発しながら、投げられたのはなんと斧。クルクルと回転しながら、斧は向かって来る魔物達の頭頂部に突き刺さっていく。
ここまできて、視聴者達はとんでもない状況であることをようやく察した。
:どうなってんのこれ!?
:斧投げゲーみたいになってる!
:すげー命中率! 全然外してない
:キマイラに乗りながら投げてる!?
:どんな訓練したらこんな離れ技ができるのか
:すげーーーーーー!
:マジ怖い
:当たり前だけど疾走感がやばい
:無双ゲームみたい
:気持ちいいくらい斧当たるな
:え、斧何本持ってんの!?
:強すぎる
:こんな真似できる探索者他におらんやろ
:ひええええ
:グロいーーーー!
:ぜったい会いたくないキマイライダー
:えい、っていう声の可愛さとやってることの怖さのギャップがエグい
:ああああああああああ
:これ、友達になってるの?
:ひいいい!
:魔物が可哀想に思えてくるほど怖い
:唯一無二の配信だわこれ
:いつも思うけど、だんだん観てるこっちが怖くなるんよね
:ああー!
実はこの時、同接は四百万オーバーとなっていたが、スマホを見ていない幽奈は気づかなかった。
彼女はキマイラに乗ったまま、さらに下の層、下の層へと降りていく。あまりにもあっさりと深層を進む姿に、視聴者達は脅威を覚えずにはいられない。
「そうだ。練習だから、素手でやらなきゃ」
変わらず魔物達はやってくるが、幽奈はカメラを持っていない方の拳で殴り続け、ただそれだけで瞬殺していった。
開けたフロアにたどり着いた時、ようやくキマイラから降りる。
「ありがと」
キマイラの顔は三つとも青くなっており、恐れを抱いているのは明らかだった。すぐに駆け足でその場を離れていく姿は、明らかな逃走そのもの。
「とりあえず、今日の練習はここまでにしようと思います。では、帰ります」
:れ、練習!?
:練習とは
:これを活かすコラボ配信ってどんな感じなの!?
:シャムちゃんも絶句するやろ
:シャムちゃんのドン引き姿みたい
:この子は人間じゃありません
:とにかくヤバい探索者だってことは分かったw
:せんちゃん凄い
:ここから帰るのも大変よね
:気をつけて帰ろ
:せんねこの底が知れなすぎてやっぱり怖い
:キマイラが怯えまくってて草
:ん?
:帰ってるの今?
:あれ?
:なんだなんだ
:おおお!?
カメラが少しの間真っ暗になったかと思えば、数秒後には地上に出ていた。幽奈はダンジョンを出て、小さな森を抜けてビル街へと歩き出している。
「あ、えーと。早く出れる方法があるんです。じゃあ今日はこのあたりで……え」
ピタリ、と何かに気づいて彼女は足を止めた。
「え、え!? お金が、お金が!?」
突然の投げ銭に、まったく予想していなかった幽奈は戸惑い、画面内がぶれまくっている。
:ダンジョン出るの速すぎぃ!
:マジどうなってんの!
:すげえショートカット
:またしてもせんちゃんの秘密が増える
:ってか、今投げ銭気づいたのかw
:わりと最初から投げ銭飛んでたよ
:では俺も少額ですが送ります
:俺も
:私も送るね
:いつもありがとうせんちゃん
:次の配信も楽しみにしてる
:赤チャ送りますー
:せんちゃん、これで飯でも食べて
:じゃあ俺も送る!
:赤チャ飛びまくってんなw
:すげえ量の投げ銭で草
:こりゃ止まらんね
:良かったねせんちゃん、コラボの軍資金は潤沢だよ
:おおおおおお!
:ビビりまくってるの可愛い
:同接もすげー!
:では赤チャ送りますー
:おめでとうせんちゃん
:コラボも楽しみにしてるー
:もうお祭り状態じゃん
「あ、あああああああ! し、しかも、同接が」
気がつけば同接は五百二十万を超えていた。あまりのフィーバー状態に、幽奈はプルプル震えていた。




