幸せな日常
雑談配信やダンジョン探索、そしてシャム達とのコラボをしたことにより、幽奈の日常は変わった。
以前は教室にいても気づかれない空気だったけれど、今はクラスメイト達から話しかけられるようになった。
他のクラスの生徒からも挨拶されることがある。ドギマギしながらも、その変化に幸せを感じていた。
そんな毎日が続いたある日のこと。シャムは放課後になって、友達三人と一緒に幽奈をカラオケに誘ってきたのだった。
「か、か、カラオケは……ちょっと」
「えー! でも幽奈ちゃん歌上手そう」
「だよね! 一回行ってみない?」
「歌なんて自己満だよ!」
友人三人の押しに幽奈は流されそうになり、トドメにシャムからの一言が来る。
「今カラオケで友達割っていうのやってるから、来てほしいなー!」
「友達……」
幽奈は友達という一言に弱く、もう断る気になれないのだった。
◇
しかし、もともと大人しい彼女にとって、やはりカラオケは厳しい。
ほとんどみんなの歌を聴いているだけで精一杯であり、自分の番になるともはや死にそうなほど緊張してしまう。
そんな様子に誰もが笑っていたのだが、シャムは何か普段と違っていた。
カラオケの後はショッピングモールで買い物をして、あっという間に時間が過ぎていく。
遊び回った五人は、モール中央にある噴水の前で手を振っていた。
「ウチらこっちだから、じゃーねー幽奈ちゃん、シャムちゃん!」
「じゃあね」
「おっすー! またね!」
家の方向が違うので、三人とはここでお別れ。駅まで一緒に歩くと思いきや、ここでシャムから意外な誘いがあった。
「幽奈ちゃん、水族館好き?」
「え、うん」
「あとちょっとだけ、付き合ってくれない? ここの水族館、とっても凄いんだよ」
「うん」
幽奈は水族館が好きで、一度は友達と行きたいと考えたことがあった。夢がまた叶った気がして、また嬉しくなる。
二人は軽い雑談に花を咲かせながら、美しい海を生きる生物達を見て回った。幽奈が特に好きなのはペンギンで、泳いでいる姿を眺めているだけで楽しい気持ちになる。
しかし、シャムは何か彼女らしくない、ぼうっとした表情を見せることが多くなっていた。
「凄いよねー。海の動物って。みんな小さくっても、なんか逞しい感じがする」
「そうだね。私も、ペンギンさん凄いなって思う時ある」
「……そういえば、前の探索仲間とも来たことあったっけ」
「!」
シャムが以前探索で組んでいた仲間の話題がくるとは、幽奈は予想もしていなかった。
「ミナさんとっても詳しかったんだ。あたし、以前はまるで実のお姉ちゃんみたいに慕ってたっけ。結局、あたしから嫌っちゃったけど」
「シャムちゃん……」
探索仲間であるミナが、先日謎の急死を遂げた。それは瞬く間にニュースとなり、二人の耳にも届いていた。
「もしかしてさ、次はあたしかもね。あーあ、短い人生だったなー」
「え、え! そ、そんなこと!」
「あ、嘘嘘! じょーだんだよ。あたしなら大丈夫! 何があっても、しぶとく生きてやるんだから。しぶといのだけが、取り柄だからさ」
幽奈は知っていた。シャムは最近、登校の際にも除霊用の札や、多くの探索用アイテムを持参していることを。
ミナが死んだことは、誰もが偶然とは思えないのだ。ネット界隈でも常に話題に上がっている。
シャムがいうには、アッキーからはもう連絡がなくなったらしい。ニュースにもなっていないし、彼はいつもどおりSNSで呟いたりしているから、無事ではあるようだ。
一連の死亡事件について、警察は必死の調査を続けている。しかし、容疑者と思わしき人物は見つからない。
徐々に不気味な何かの足音が、自分に近づいているのではないか。そうシャムは思わずにはいられなかった。
しかし、気丈な彼女はそれを態度に出さないだけである。だけど、本当に周りはそう思ってくれているのだろうか。雑談をしながら、ふとシャムはそのことを知りたがった。
「幽奈ちゃんには、あたしってどう見える?」
「え? えっと……凄い人に、見えるよ。なんでもできて、とっても明るくて、配信とか凄くって」
「そっか。なんか嬉しい。でもね、あたし……本当に欲しかったものは逃しちゃったの」
「本当に欲しかったもの?」
二人はクラゲのコーナーに来ていた。なぜかペンギン達の姿が見えなくなり、違うところを見ることにした。
「うん。あたしね、前も言ったと思うけど、除霊師っていう職業の家柄なの。家系で一人だけ、正当な後継者っていうのがあってね。代々一人だけいて、その人が引退したら次の正当後継者を決める、みたいな」
シャムは何か言いにくそうにしている。彼女にしては珍しいと、幽奈は思った。
「除霊師の後継者って、すっごい名誉なことだって、あたしは昔から聞いて育ったわけ。実際、とっても凄いなって肌で感じたよ。だから、あたしは絶対に後継者になるって決めてた。でも、なんかダメだったんだよね」
「ダメ、だったの?」
「親戚でね、あたしより優秀な子がいたから。その子が後継者でほぼ決まってるの。あんなに頑張ったのに……って辛かったけど、しょうがないんだよね」
クラゲ達が見えなくなったので、今度は小さなサメ達が泳ぐフロアへと進む。
「そうだったんだ」
「ってか、実力もそうだけど、めっちゃやらかしちゃってさ。ある女の子の霊がいてね。変なペンダントに取り憑いてたの。除霊しなきゃいけなかったのに……霊に懇願されて、できなかった。あれが一番おっきなミスだったなー」
「……」
「ホントはね。ダンジョン探索者になったのも、事務所に入ったのも、後継者になるために挽回したかったの。でも、なんか裏目っぽい気がしてて、最近。全部、無駄かも」
気づけばシャムの瞳には涙が溢れていた。
「シャムちゃん。無駄なんて、そんなことないと思う」
「ん。だといいよね」
幽奈もいつしか泣きそうになっていた。その瞳に気づいたシャムはハッとして、無理に笑顔を作る。
「ああ、大丈夫! やっぱこれからだし、あたし! こんなこと話しちゃったの、幽奈ちゃんだけだよ。秘密ね」
「あ、うん。誰にも言わない」
秘密を打ち明けてくれた。それは幽奈にとって、これ以上ないほど光栄なこと。すぐに心の中で秘密を守ることを強く誓っていると、シャムは妙なことに気づいて周りを見渡した。
「ってか、なんであたし達がくると、みんないなくなるの?」
「え?」
少ししてシャムは、何かに気づいたようにハッとした。
「待って。さっきのペンギン、元の場所に戻ってる。ちょっと幽奈ちゃん、ここで待ってて」
「え? うん」
ペンギンコーナーに戻った後、しばらくしてシャムは戻ってきた。
「今度は幽奈ちゃんが行ってみて」
「う、うん」
よく分からないまま、言われたとおりペンギンのもとへ。
すると、ペンギン達が一斉に彼女から逃げていった。小走りでやってきたシャムは、大発見とばかりに目を輝かせる。
「凄いよ幽奈ちゃん! みんな幽奈ちゃんから逃げてる!」
「……う……」
「あ、あーごめん! なんか、きっとあるんだよ。きっと!」
「うう……」
大好きな海の生き物達からも恐れられていることを知り、幽奈の心は最終的にへこんだ。
でも、代わりにシャムは少しだけ元気になった。気がつけば二人は、以前よりずっと親しくなっていた。




