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崩壊の始まり

 中層に入ったとされるフロアから、たった一度階段を降りただけ。


 なのにどうしたというのか。この異様なまでの魔力は、肌に伝わってくる圧力は、中層という場所では感じるはずがない凶悪さに満ちている。


「なんか……寒いっていうか。奥のほうから凄いの感じない?」


 薄暗い一本道の通路を歩きながら、人気配信者は囁くように問いかけた。


「中層にしちゃ珍しいな。まさかこのダンジョンは、ここが下層なのか。ただ、このくらいの魔力なら普通に感じるもんだろ」


 ベテランの筋骨隆々とした男は、通路の奥に感じられる魔力に戸惑いはしなかった。


 あまねとミナ、二人の探索者もまたベテランであり、特に動揺している気配はない。


 マネージャーの持つカメラが緊張で震える。手ブレ補正があるおかげで、ギリギリ視聴の妨げにはなっていないが、どうにもおさまる気配がなかった。


「くそ……何なんだよ。この程度で……? あれ、ちょっと待った! なんだあれ!」


 カメラを気にしながら、彼は左手で暗い闇の向こうを指差した。青白い光がいくつか浮かんでいる。


 シャムは足を止めてじっと観察した。それはこちらにゆっくりではあるが近づいており、徐々に形が分かってきた。


 人間の形をしている。しかし、もう人間ではない。彼ら彼女らは、まるでゾンビの如く虚ろな表情のまま、ぼんやりと浮かぶように近づいてくる。


 すぐさまシャムはポーチに閉まっていた札を五枚取り出し、自らの魔力を込める作業を開始した。


 悪霊系と呼ばれる存在に対しては、物理的な打撃よりも浄化の力が有効である。


「ちい! めんどくせーのが来やがったなぁ。お前ら、シャムの準備ができるまで盾になるぞ」

「うす」

「オーケー」


 アッキーに言われるがまま、二人の探索者は前に出て、リーダーである少女を守るための陣形を作った。


 ほんの数秒後、シャムはあっという間に五枚の札に自らの魔力を注ぎ、除霊するための準備を整えた。ここまで早くできるのは、探索者でも僅かしかいない。


「準備オッケー! 後は……えっと……」

「ああ? どうしたんだよ」

「いや、なんかあれ。数が増えてない?」

「あぁ? 何が」


 褐色の肌をした巨漢は、前を向いて魔物の姿を改めて確認した。肌で感じる魔力が、より禍々しく大きくなっている。同時に悪霊の姿も、徐々に様子が変わってきていた。


 三、四人の亡霊かと思っていたそれは、今や十人を軽く超えている。しかも奇妙なことに、それらは時折重なり合い、同化しては離れてを繰り返しながら迫っているように映る。


 当初は余裕を持って構えていたアッキー、あまね、ミナの三名は、奇妙な魔物が迫るにつれ、徐々に焦りを感じはじめた。


:うわぁぁ

:なんだよあれ

:ちょ、ちょっと待ってくれ。デカすぎん?

:怖い怖い怖い

:札五枚とかでいける相手か?

:中層であんな化け物みたいなの出るっけ

:もしかして、イレギュラーじゃね?

:これはやばいかも

:シャム、逃げたほうがいいよ

:もしかしてあれがSS級の悪霊?

:こんな階層から出てくるとか罠だろ

:やばいってこれ

:なんか、よくみたら全部繋がってない?

:でけえええええ


 徒歩の速度でゆっくりと迫るそれは、近づくにつれてシャム達の想像を超えてくる。天井に頭がつくほどの巨大な母体に、幾つもの霊が抜け出て、戻ってを繰り返している。


 悪霊と何度か戦ったシャムですら、初めて目にする存在だった。


「嘘……何なの、こいつ」

「これは逃げたほうがいいんじゃない?」


 ミナが明らかに怯えを含んだ声で提案したが、アッキーは首を横に振った。


「問題ねえ! うちにはシャムがいるんだ。何かあったら俺たちが助ける。なああまね、お前もそう思うだろ?」

「そうっすね」

「分かった。あたし、やってみる!」


 言うなり銀髪を翻しながら、少女は跳躍した。ダンジョンで鍛えた並外れた身体能力を誇る足が、壁役となっていたアッキーの肩を蹴り、さらに天井近くまで飛び上がる。


 誰もが固唾を飲んで見守る中、いつの間にかシャムは札を敵めがけて投げていた。


 指先から解き放たれた五枚の札には、青白い光が溢れ返っており、ギラつきさえ帯びたそれは獣の如く悪霊に飛びかかる。


 五枚の札はそれぞれ悪霊の全身に満遍なく張り付き、白く大きな光を発した。


「うぐぉ!? こ、こりゃすげえええ」


 光が悪霊を焼いているかのようだ。霊という霊が悶絶し、不気味に蠢いている。着地するなりシャムは両手を前に突き出し、囁くように言葉を続ける。


 呪文のようなそれは、追い討ちとなる聖なる魔法の準備。ダンジョンが発生して数年、人間に備わるようになった魔法の一つを、彼女は追撃に用いることにした。


 この間、他の探索者達は眩しさにただ体を丸めているわけではなかった。もしシャムが襲われれば盾になるべく、前を譲らず立ち塞がっていたのである。


 直後に両手から放たれた白い線状の魔法は、魔物を葬り去るには贅沢なほど強烈なものに思えた。


 まるでテレビアニメに出てきそうなほど、見事な光の大砲。視聴者もパーティメンバーも、眩しすぎてまともに直視できない。


「や、やった! これは凄いぞぉ! 事務所総出で表彰だぁ!」


 光が悪霊を焼く姿に勝利を確信したマネージャーは、すでにこの後どんな幸せが自分を待っているかを想像し、喜びに震えた。


 同接はすでに二十万に迫ろうとしている。噂のSS級悪霊の正体と、その顛末を見届けようと、視聴者が溢れんばかりにライブを観戦していた。


「……やって……ない?」


 だが、シャムは気づいた。今までの除霊とは似ているようで違う、致命的な違和感に。


 まるで虚しく空を切っているように、魔法からは反動が感じられない。魔法を解くべきか、それともこのまま続けるべきか。迷う少女を嘲笑うかのように、悪霊は沈黙したままだ。


 だが、事態は急激に動いた。


「うああああ!?」


 突然の叫びだった。左側を守っていたあまねが頭を抑え、うずくまって苦しんでいる。


「きぃいあああああーー!」


 次はミナが頭を抑えながら、よろよろと後ずさっていく。


「お、おおおお! おがああああ!」


 今度はアッキーの番だった。彼もまた悶絶し、その場に片膝をついた。


「みんな! あれは?」


 触手のように伸びている何かが、三人の頭に喰らい付いていた。まるでスライムのように滑らかなそれには、人々の悶え苦しむ顔が何十、何百と現れては消える。


「く! こんのぉ!」


 シャムは光を当てる向きを変え、アッキー達三人をそれぞれ照らした。あっという間に触手のような悪霊は焼き払われ、彼らは苦しみから解放された。


 しかし、代わりにいくつも伸びてきた悪霊の塊が、シャムの全身を丸呑みにした。


 悲鳴を上げることもできず、細くしなやかな体が宙に浮かび上がってしまう。


 意気揚々とダンジョンにやってきた五人を、地獄が出迎えていた。

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