嬉し泣き
「え? 私とシャムちゃんで」
「そう! でも四人だから、あと二人は必須なんだよねー。おっ? そういえばここに、もう一人フリーの人がいたり?」
ちら、とシャムは横目で希空に視線を送る。
(こいつ。最初からこれが目的?)
乗せられているようで、話を振られた少女は面白くない。
「あたしはパス! 大体、せんねことはライバルだから。もうちょっとで、あたしもダンジョンクリアしてみせる。すぐに並んでみせるから」
(あれ? なんか意外な反応じゃん)
断られたことはシャムにとって意外だった。配信なので多数の視聴者も観ている状況は、大抵の人なら流される場面である。
外堀から埋めていくことが上手いシャムは、これまで交渉相手をなんだかんだで同意させてきたのだ。
しかし、希空はそうではない。また幽奈にライバル心を燃やしているということも、今になって分かった新情報だった。
突然のライバル宣言に、幽奈はビクッと体を震わせた。
「え? ライバル? 私が、希空さんの?」
「そう! あたしはアンタのライバルだから」
「え、え?」
「分かってる。あたしとアンタじゃ成立しないって言いたいんでしょ。眼中にないみたいだし」
「ち、ちが……」
(なんかバチバチ!? そんな仲になってたの?)
予想とは全く違う展開になり、パーティメンバー二人を集めようと計画していたシャムは焦り始めていた。しかし、ここで失敗したくない。だから食い下がろうとする。
視聴者達はチャットを送りつつ、この先がどうなるか興味津々だ。
「ライバルかー。さすが希空ちゃんは熱いよね。ってか、だったら一度くらいは共闘した方がいいと思うんだよね」
「はあ? なんで?」
「だって、どういう人かっていうのを肌で確かめないと、よく掴めないっていうか。ふわふわした認識じゃ、目標は達成できないと思わない? それに、幽奈ちゃんの魔力って凄いんだよ」
「それは知ってる。一度、戦っちゃったから」
この時、希空は少し俯いていた。ダンジョンで襲いかかった負い目を、まだ引きずっている。
「えぁっと。その……希空さん」
あの時のことを気にしている希空に、何か言いたかった。もう気にしてほしくなかったのだが、当の本人は避けるように席を立つ。
「そろそろ時間だよね。あたし、ここで抜ける」
「ちょっと! まだコラボ中だよ」
「約束の時間は過ぎた。じゃ」
「え!? ちょっとー」
シャムはさっと歩き去っていく後ろ姿を、引き止めることができなかった。チャット欄では途中退席というなかなか観ない状況を楽しむ声、シャムを気遣う声、希空を非難する声が乱れるように飛んでいた。
「希空さん、行っちゃったね」
「もう、勝手なんだからー! でも、あたしの目標は叶ったようなものだけどね!」
「え?」
想定外のことが起きてしまった。しかし、願望は概ね実現したとばかりに、銀髪を靡かせた少女は、隣にいるおとなしい少女の手を握った。
「せんちゃん! 一緒に絶対、Dダンジョンに挑戦しようね! あたし、どうしてもせんちゃんとダンジョンコラボしたい。それも最高の場所で!」
「あ……あああ! シャム、ちゃん!」
こんなにも誰かに自分を求められたことがあっただろうか。幽奈はあまりの感激に、瞳から光るものが溢れ出てしまった。
「え? せんちゃん、大丈夫!?」
「ん。大丈夫」
視聴者達も彼女達の行動に大盛り上がりだ。
:ダンジョンコラボきたー!
:しかもDダンジョンで!?
:うおおおおー!
:これは熱い!
:せんちゃん、まさかの涙
:あんな出会い方した二人が、まさか一緒に探索するなんて
:シャムちゃんとせんねこがマジで組むのか!
:二人は役割分担がしっかりしてそう
:すげーーーーー!
:過去最大の配信予告きた
:せんちゃんかわいい
:嬉し泣き
:日本のDダンジョンっていったら、あそこか
:明日は切り抜き動画で溢れ返りそうw
:やっったーーーー!
:超熱い、熱すぎる!
:シャムちゃんいい判断したわ
:もう元のパーティ連中はいらないね
:残り二人はどうする!?
:希空やらないのかよあいつ
:あと三人集めよう!
:配信楽しみにしてる!
:うおおおおおおおおお
シャムの配信は、気がつけば同接二百万となり、彼女が行ってきた過去配信でも最大のものとなった。
ハンカチで幽奈の涙を拭きつつ、配信主はインパクト最大のタイミングで、最後の挨拶へと移ることにした。
「はぁーい! じゃあ次はあたしとゆ……せんちゃんのダンジョンコラボになりまーす! できればあと二人、メンバー来てくれないかなぁ? ベテラン探索者の皆さん、メールお待ちしてますよぉ。ここ、ここにメールねっ」
(あっぶな! 間違って幽奈ちゃんって言いそうになっちゃった)
そう語り両手の人差し指で下を指し示す。シャムの配信画面には、事務所の仕事用のメールアドレスが表示されており、我こそはという探索者からの志願を募った。
「じゃ! 今日はここまで、お疲れシャムー! せんちゃんもほら、一緒に! お疲れシャムー!」
「え!? お……お疲れ、シャムぅ」
幽奈は戸惑い顔を真っ赤にしながら、どうにか同じ挨拶をする。配信が終了してもなお、余韻から動けずにいた。
「ありがとう幽奈ちゃん!」
「え、うん。配信、凄かったね」
「そっちもだけど。ダンジョンのこと! あたし、どうしても幽奈ちゃんと組みたくなったんだ。だから今日は、とっても幸せ!」
「シャムちゃん」
自分と一緒に行動できることが、幸せ。そんなことを言われた幽奈は、またしても泣きそうになってしまう。シャムは少々慌てた。
「あはは! じゃあ次までに、いいメンバーをあたしが揃えておくね。がんばろーね!」
「うん。ありがとう」
その後は簡単な食事を取った後に解散した。
(こんな素敵なことになるなんて)
幽奈は家に帰って眠りにつくまで、幸せ気分が続いていたのだった。
だが、実はこの後家に帰ってから、もっと彼女を驚かせることがあった。突然グループチャットに招かれたのだ。
入ってみると、そこにはシャムの他に希空がいた。しかも希空は、すぐに幽奈に友達申請をしてきたのである。
(あ、あああ!)
あまりの急展開と喜びに、幽奈はスマホを抱きしめて部屋の中をゴロゴロと回ってしまうほど取り乱していた。




