待ち伏せ
ひとまず雑談配信の約束はしたけれど、この後どうしよう。
そう思いつつ、幽奈は一人学校の正門から出ようとしていた。
すると、そこで何か騒ぎが起きていることに気づき、足を止める。
(あれ? シャムちゃん?)
シャムは先ほど友人達と、少し早めに教室を出て行ったはずだったのだが。
褐色肌の体格の良い男と、大人の女が必死になって彼女を引き留めているようだった。
「だから! ちょっと話だけでも聞いてくれって言ってんだよ」
「ずっと待ってたんだよ! シャムちゃんのこと!」
「話すことなんてないし! ちょっと、掴まないで! 離してよ!」
彼らは元パーティメンバーのアッキーと、ミナであった。二人はシャムの腕を掴み、無理矢理でも何処かに連れて行きそうな勢いだ。
シャムの友人達は、アッキーを恐れて口を挟めずにいた。しかし、一人だけ必死に叫んでいる女子がいる。幽奈も時折会っていた、白鳥静だった。
「やめて! シャムちゃんに触らないで!」
しかし、彼女の発言は二人に聞こえていない。シャムと無理矢理でも話をすることで頭がいっぱいだった。
「このままじゃ俺達も、お前も死ぬことになるんだぞ! 分かってるのか!?」
「はあ!? 何言ってんの」
アッキーは必死の形相だった。ミナもまた、鬼気迫る顔で離れようとしない。
「本当にヤバいのよ。チャットでも話したけど、あたし達、あんたのマネージャーが雇っていた霊能力者から話を聞いてるの。実は……あの時の探索は……は!?」
しかしその時、アッキーとミナはすぐそこまで近づいていた幽奈に目を向け、そして固まった。
「ア、アノ」
「悪霊だ……あの悪霊ダァああああ!」
「待って! きゃあああー!」
幽奈の姿に怯えた二人は、まるで脱兎の如くその場から走り去ってしまう。
「え、えっと」
「二人とも、大丈夫!? なんか、変な誤解されちゃったみたいだね。シャムちゃんも!」
呆然と眺める幽奈と、俯くシャムを前にして、静はオロオロとするばかりであった。
◇
それから一時間後。シャムは友人達には先に帰ってもらい、幽奈と静の三人で話をすることにした。
これは他の友人には話せない内容だし、伝えたところで理解はできない。
静もそれは同様と思うのだが、彼女がどうしてもというので、そのまま聞いてもらうことにした。
「あの人達ね。ダンジョンのことがあってから、しばらくはただ謝罪しているだけだったの。でも最近になって、あたし達も殺されるとか、そういうことを揃って言い出すようになってさー。おかしいよね、なんか」
「どうして殺されるって話になるの?」
幽奈が不安げに尋ねたので、シャムはミナから来たチャットのことを説明した。
どうやらあのダンジョンで遭遇した悪霊は、元マネージャーが悪霊師という存在を利用した、仕組まれた戦いだったという。
しかし、その悪霊は想定よりも遥かに大きな融合を果たしてしまい、手におえない化け物となった。
だがここで、さらに恐ろしい悪霊が出現したことで、結果的にシャムは助かったのだとか。
幽奈はここまでの話を聞いているうちに、どうにも嫌な気分になってきた。
「そ、それって。つまり、私が悪霊って……こと?」
シャムはブンブンと首を横に振った。
「我慢できなくなっちゃって、ずっと無視してたけど返信しちゃった。そんなわけないって、あいつらにチャット送ったよ。あの子は人間だって。でも信じようとしなかったんだよね」
「おかしいよね。幽奈ちゃんをお化けみたいに」
静も信じがたいとばかりに苦笑した。幽奈は俯きながら、シャムの話の続きを待っている。
「うん。でも、こっちはプロの悪霊師から話を聞いてるんだっていうの。しかも、このままでいけば次はミナさんで、その次はアッキー。最後はあたしだって言うんだよ」
「え、えええ」
隠キャすぎて普段は吐息しか発せられない少女が、あまりの内容に声をあげてしまった。
「なんか、あまね君の遺体にはダイイングメッセージがあったらしいの。そこには血文字で三、と書かれていたらしいよ。これがカウントダウンして、最後はあたしになるとかチャットで言ってきたの。もうとんでも論すぎてビックリ!」
普通に考えれば、とてもあり合えない話だと、幽奈は思う。悪霊師などと名乗る男も胡散臭い。
だが、語っているシャムの声が、どうも普段とは違っていることも、幽奈は気がついていた。
「許せない。いきなり学校まで来て、無理矢理シャムちゃんを連れ出そうとして。こんなワケのわからないことばっかり言って!」
この場で唯一、はっきりと怒りを露わにしていたのは静だ。
「あんな人たちと、もう組んだりする必要ないよ。お願いだって聞かなくていいの。シャムちゃん、ダンジョンに潜る人が欲しいなら、私だっているよ!」
「え? 静ちゃん、ダンジョン潜ったことあるの?」
「多少ね。魔法だってちゃんと使えるし」
その後もシャムと静の話し合いは続いた。幽奈は相槌を打ったりしながら、アッキーとミナのことを思い出している。
悪霊師という職業についてもシャムから教えてもらった。そんな世界があるのかと戸惑いつつも、あまり関わるべきではない気がする。
しかしそれより辛かったのは、先ほどの反応そのもの。完全に恐れられ、逃げ去られてしまった。あまりのショックに、魂さえ抜けかねない。
「悪霊って……みんなに思われてる」
「幽奈ちゃん? どうしたの? 幽奈ちゃん、しっかり!」
シャムに揺すられカクカクしているうちに、どうにか幽奈は失いかけた意識を取り戻した。
「変だよね。幽奈ちゃんが悪霊だなんて。とっても優しくていい子じゃない」
静は微笑しながら、なんとかフォローを試みる。
「うん! 今日もあたし、幽奈ちゃんに救われちゃった。悪霊じゃなくて、ヒーローって感じ! ありがとっ!」
「あ……」
勢いよくシャムにハグされ、幽奈はまたしても固まる。
「あれ? 幽奈ちゃん、幽奈ちゃーん?」
静に声をかけられても、もはや反応はない。今度は喜びのあまり、立ったまま気絶してしまった。




