たった一人で
「え!? 消えるの!?」
シャムは驚き立ち上がった。希空もまた立ち上がり、そのままコンビニを出る。
ダンジョンには、一つの法則がある。それは最も奥にいるボスとされる魔物を倒した時、ダンジョン自体が消滅するというもの。
つまりこの駐車場ダンジョンは、深層最初で終わりだったということであり、他ダンジョンと比べれば浅かったのだろう。
また、ダンジョンが消える際、原理は不明だが中にいた者は、無事に地上に戻される仕組みとなっていた。
遂に不気味な階段は消え去り、中に入っていた数名の探索者と、幽奈が地上に姿を現していた。
:クリアしたぁーーー!
:すげー
:おめでとー!
:まじかよ
:たった一人でダンジョンクリアしちゃった!?
:これって快挙じゃね!?
:やばすぎる光景を目にした
:超ハイスペック探索者だわ
:おおおおおーーーーー!
:やっったああああ
:せんちゃん最高
:これは熱すぎる!
:リアタイで観れて良かった
:素晴らしすぎる
:ありえない
:マジすげええ
:ああああああああああ
:ってか、野次馬逃げとるw
:おもしろすぎ!
:野次馬
:草
:すごいいいい!!
:現場パニックになってるな
:おおおおお!
:おめでとうーーー!
この時、幽奈のあの姿が突然駐車場に現れたことで、コンビニ周辺がパニック状態になり、逃げ惑う人々で溢れた。
当の本人はその状況を前にして、呆然と立ち尽くすのみ。
「……え、えーと」
野次馬達が残らず逃げ去り、幽奈は画面をチラリと見つめた。
「……ひえ」
その一言を発した後、彼女はたったまま気絶してしまう。
気がつけば同接は三百万を超え、圧倒的なバズりを記録していたのだった。
◇
「……ちゃん。幽奈ちゃん!」
「……え、え」
誰かに揺すられている。そう思い目を開けると、そこには泣きそうな顔で肩を揺らしてくるシャムがいた。
「良かったぁ!」
「え、シャムちゃん、どうして」
「えっとね。ちょっと心配になって、来ちゃった。ってか幽奈ちゃん、立ったまま気絶してるんだもん。ビックリしちゃったよぉ」
どうやら数分ほど気絶していたらしい。連日人が押し寄せていたコンビニ周辺は、今やすっかり静かになっている。
「来てくれたんだ。ありがと」
「あはは! 幽奈ちゃん、本当に凄いんだね。あたし、めちゃくちゃ衝撃を受けたっていうか……ってか、それって?」
「え? あ、これはその。カメラをつけて移動できるようにしたの」
「へ、へえー。お人形さん、だよね? かわいいね」
シャムはフォローしつつも引いていた。何しろ撮影用のカメラに設置していたのは、歩行できる日本人形のような物だったからだ。
大量の返り血で真っ赤に染まった人形は、ホラー以外の何物でもない。
「うん。おばあちゃんから貰ったの。可愛くて好き」
その不気味さには気づいていないのか、幽奈は嬉しそうに微笑を浮かべる。そんな二人の前に、静かに歩いてくる少女がもう一人。
「せんねこ」
「え!? あ、あ」
「希空ちゃん。幽奈ちゃんも会ったでしょ。ソロ探索者で、有名な人」
シャムの紹介で、ようやく幽奈は彼女が誰であるかを思い出していた。希空は話しかけてきたはいいが、その後は黙ってそっぽを向いている。
「と、とりあえず! ここにいてもなんだし、今日は帰ろっか!」
◇
帰りの電車内で、幽奈はどうにも気まずい思いをしていた。
シャムと希空、二人に挟まれるようにして座っていた彼女は、一方からは気さくに話しかけられていたが、一方からは無言の圧を感じており、どうしていいか分からない。
「幽奈ちゃんって、マジ強すぎじゃない? どうしてそんなに強くなったの?」
「え、そう? 落ち着くから潜ってるだけ」
「えー! なんか裏技とかあったら教えてほしいなぁ。あたし、今よりもっと強くなりたいの」
「裏……わざ?」
電車の広告あたりを見上げながら、考えてみるも特に思い当たる節はなかった。
その後もシャムと話ができる幸せを感じつつ、やはり隣からくる圧に戸惑い続けているうちに、最寄駅に到着した。
「じゃあねー幽奈ちゃん!」
「じゃあね」
幽奈は手を振りながら電車から降り、幸福感に浸りかけていた。だが、同時に希空が降りてきたことで、笑顔が引き攣ってしまう。
(お家こっちなんだ……)
どうしようかと悩みつつ、挨拶をして去ろうとしたが、彼女はそのまま付いてきた。
(あれ? 最寄駅も同じだったの?)
改札を出てからも付いてくきたので、幽奈はまたも困惑する。そんな時、背後から静かに声がした。
「アンタ、幽奈って言うんだって?」
「え、はい」
ビクりとしつつ振り返ると、希空は少し俯いていた。
「……普通の人間だったんだね」
「そう、です」
すると、気の強さが顔に現れている金髪少女は、苦い顔のまま前に出て、唐突に頭を下げてきた。
「え、え!?」
「ごめん。魔物だと思いこんで、切りかかるようなことして、ごめん」
「あ、あの! 全然気にしてません」
幽奈は慌ててブンブンと首を横に振る。
「それに、私もあの時は、その。誤解させるようなこと言って」
「——そ、そうだ! アンタあたしのこと、敵じゃないって言ったよね?」
ハッとした希空は急に顔をあげ、幽奈を正面から見つめた。
「えぁ! あれは」
「あたしだってダンジョンクリアして見せるから。負けないからな! 負けないから!」
元気を取り戻した少女は、幽奈が弁解する前に、駆け抜けるように駅へと戻って行った。
「……あ……最寄じゃなかったんだ」
嵐のように駆け去った希空を見送りながら、幽奈はただぼんやりとする他なく、多くの人を驚愕させ続けた一日は終わろうとしていた。
だがこの日、人々を震撼させたニュースはこれだけではない。
シャムの元マネージャーが死んだという衝撃的な知らせが、テレビ各局から放送されていたのである。




