キラキラした武器
幽奈が鋼鉄の熊を瞬殺した光景は、視聴者達の脳裏に焼きついた。
渦中のダンジョン前に辿り着いたシャムも、先の映像を観て固まってしまう。
「嘘。たった一人で、しかも…‥素手ぇ!?」
信じられない。ダンジョンに潜っている人間は、通常手にしようがない力を得られるとはいえ、まさかこれほどとは。
そして、同じくして現場に辿り着いた希空もまた、スマホでチラ見していたライブに愕然としている。
「まさか……こんな。まだ潜る気?」
下層でたった一人で探索を続ける。それは希空自身がいつもしている。しかし、その愚かさも理解している。
だからこそ、これほどすんなりと下層を進む幽奈が信じられなかった。
しかし、この腕を見る限り、助けに行く必要はなかったかもしれない。現場までやって来たものの、入り口に向かうことになんとなく躊躇してしまう。
想像していた以上に幽奈は強く、どうやら助けはいらないものと思われる。しかし、もうダンジョン前まで辿り着いてしまった。事態が想像の遥か上をいき、入るべきか悩んでしまう。
「あれ? 希空さん?」
「あんたは、二階堂シャム……!」
そんな二人がダンジョン前で出会っていた。
シャムと希空は、この後どうしようか悩んでしまったところで、偶然出会ったのだ。
しばらくの間、二人にはなんとも言えない微妙な空気が流れていた。
◇
ダンジョンの外で二人の有名配信者が出会っているなどつゆ知らず、幽奈は淡々と下層を歩き続けていた。
「あ、最近よく会うよね」
群がる凶暴な魔物を苦もなく倒しながら、配信者はさらっと誰かに声をかけている。
視聴者達は違和感を覚えていたが、ここに突っ込む者はあまりいなかった。先ほどの衝撃から抜けきれていない者が大半である。
現在は地下十階となり、下層としては三階ほど降りたところであった。
普通であればベテランの探索者チームでさえ、苦戦することがあるフロア。そこにたった一人苦もなく進んでいる。
:この調子でどこまで進むんやろ
:女の子一人って……
:希空の例があるけど、あいつはなんか特別感あるしな
:ってか、もうちょっとで深層行くんじゃないの?
:ソロで深層突入は、希空でも無理だったっけ
:え、これひょっとして記録的な面でもすげえライブになるんじゃ
:いやいやいや、無理だって
:すげえ強いことは間違い無いけど、下層も最後のほうは地獄だぞ
:普通ならもう即死しているゾーンだけどね
:やっば!
:これからどうなるんだ
:ずっと潜り続ける感じ?
しばらく配信画面を気にしていなかった幽奈だが、もう一つ階段を降りる際、ふと目を向けた。
「あ、とりあえず石がもう無くなっているので、もうちょっと潜ったら帰ろうと思います。え? もっと? んー、どうしようかな」
一見すると普通にチャットの質問に答えたようだが、後半は上を見上げながら喋っている。
視聴者達の違和感が膨らんだ頃、階段を降りきった彼女は足を止める。
「蜘蛛さんがいっぱい」
爽やかな声色とは違い、状況は不気味そのものだった。四メートルはあろうかという真っ赤な蜘蛛の群れが、開けたフロアを支配している。
シャムはたまらず幽奈のアカウントに通話ボタンを押した。
「あ!」
すぐに通話に出ると、シャムは自然と早口で話し出した。
『幽奈ちゃん! あれ、ブラッドスパイダーだよね!? 大丈夫?』
「あ、うん。大丈夫だよ」
『本当に!?』
「うん」
『そ……そうなんだ。でも油断はしないほうがいいよ。武器持ってないの?』
「あるよ」
『じゃあ、せっかくだから使ったら? そのほうが配信映えもするし、みんな喜ぶよ』
「そうなの? じゃあ使ってみるね」
『う、うん。急にごめんね、じゃあね!』
「心配してくれてありがと。じゃあね」
通話を切った幽奈は、ゴソゴソとうさぎのぬいぐるみが入った袋を漁り出した。
「ちょっとキラキラしたもののほうが、みんな嬉しいかな。あった」
そう言いつつ取り出したのは、少し長めの黒い棒だった。取っ手がついているが、見たところ用途が不明である。
「えっと、これは魔石が埋め込んであって、魔力を注ぐと……こんなふうになります」
幽奈の腕から赤く黒い輝きが発せられ、棒に注がれていく。すると、棒の先端近くから赤い光が生まれ、棒を包むように広がっていく。
視聴者達は最初こそぼうっと眺めていたが、その形がはっきりしてくるにつれ、かつてない恐ろしい予感が脳裏を掠めていった。
:えーと……せんちゃん、それは
:出てきちゃいけない武器が出て来た気がする
:それってどこで手に入れたの?
:剣とか槍を出してくるのかと思ったら違った
:え? え? ちょっと待って
:それ、チェーンソーみたいじゃん!
:光るチェーンソー
:怖い怖い怖い
:ビームチェーンソー登場!
:この前の爪といい、今回のチェーンソーといい、チョイスが普通じゃないわ
:そんな武器初めて見たんだが
:せんちゃん、今日は十三日でも金曜日でもないよ
:えええ!?
:それでやる気なん!?
:蜘蛛達がこっちに近づいてきたな
:は、始まっちゃう
「じゃあ、行ってきます」
赤く巨大すぎる蜘蛛達が、獲物と思わしき少女を見つけて一斉に迫ってくる。
幽奈はただ真っ直ぐに、なんの迷いもなく目標へと歩みを進めた。すぐに間合に入ってきた少女に、蜘蛛は動きを封じるべく一斉に糸を吐きかけた。
この糸は粘つく以上に頑丈であり、絡め取られてしまうと高確率で身動きができない。多くの探索者がこの糸に大変苦しみ、中には帰ってこれなかった人もいる。
ベテランでも油断できない危険な状況で、チェーンソーを持った少女はこれでもかと糸を吐きかけられた。
しかし、蜘蛛の捕縛手段は彼女に触れるたび、あっさりと溶けてしまう。見れば幽奈の体周辺の黒い靄が炎のようになっていた。
(あれは……! 魔力を噴出させてバリアを作ってる?)
シャムはスマホを見ながら、自らの知らない魔法の使い方を知り、またもショックを受けていた。
蜘蛛達は糸が効かないと分かると、すぐさま接近して噛みつこうと試みるが、それが地獄の始まりだった。
機械ではない光のチェーンソーから、禍々しい音が鳴り響く。




