ダンジョン配信
それから数日が経ち、土曜日がやってきた。幽奈にとって勝負の日だ。
「き、ききき、緊張する」
もはや観光名所にすらなりつつある、コンビニの駐車場ダンジョン。ここ最近は見慣れていたその場所に近づくほどに、陰キャ少女は落ち着きをなくしていく。
シャムちゃん:大丈夫だよー幽奈ちゃん! いつも潜ってるんだよね? だったらいつもどおりっしょ! ってか、ほんとにいつも一人なの?
:うん。ギルドに行ってみたけど、組めなかった
こんな時でも、シャムからのチャットにはすぐに返事をする。ギルドというのは全国にある探索者同士の交流所であり、仲間集めや貴重な情報が転がっている。
探索者は基本的に、パーティと呼ばれるチームのような集まりを作り、集団でダンジョンに潜っていた。
幽奈や希空といったソロ探索者は珍しい。ましてや女子である。危険極まりないダンジョンに単身乗り込むこと自体、常軌を逸していた。
かたや、シャムはいつでも優秀な仲間を求め、そういった集まりが作れなければダンジョンに潜ることはない。
シャムちゃん:無理はしないほうがいいよ。危なくなったら、すぐ逃げなよ
:うん。
こうしてチャットを送り合ってはいるが、シャムの心中は複雑だった。間違いなく幽奈は恐るべき魔力を持っている。
しかし、あの姿を見てもなお、信じきれない自分がいる。
千川幽奈という少女は、普通の人間かもしれない。はたまた実は人間に化けている、とんでもなく恐ろしい悪霊かもしれない。あの一瞬だけの魔力を目にしてなお、判断しかねていた。
シャムは魔物について、日々勉強を続けている。多くの知識の中で得た最も衝撃的なことは、悪霊系と呼ばれる魔物は、時として生きた人間を装い、当たり前のように暮らしているということ。
しかも悪霊という存在が、力を得るうちに実体化したという事例も知っていた。SS級の悪霊であれば、むしろ実体化などたやすいのかもしれない。
幽奈が悪霊ではないという可能性は、まだゼロではない。
だから、今日は最後の見極めをするつもりだ。彼女がもし悪霊ではなく、只の人間だったその時は……。
「え、えっと。こんにちは。せんねこチャンネル、です」
シャムはハッとしてスマホを凝視した。気づけば幽奈はダンジョンに入っており、一階の通路を進んでいる。
この通路は世間でもお馴染みとなっている。淡々と歩き続けるシーンが続いていると、視聴者達が勢いよくライブに雪崩れ込んできた。
:始まった!
:きたーーーー
:せんちゃんこんちゃ!
:こんちゃーーー!
:こんにちは
:いきなり潜っとる
:突然のスタートやんけ
:とうとう始まった!
:せんちゃん緊張しとるな
:大丈夫?
:こんちゃー
:落ち着いていけば大丈夫!
:悪霊配信
:ちわっす
:おおおおお
:楽しみ!
:これを待ってたんだわ!
:せんちゃん
:お! 今日は姿映ってる!
:あれ!? ずっと自分視点のスマホだったよね?
:お!?
「あ、配信機材……作りました。あの、カメラをお父さんから借りて、歩行用の人形を作って、それに付けました」
このあたりはシャムから教わった。配信者は自分の姿が見えているほうが絶対にいい。そう言いながらあらゆるアドバイスをしてくれた。
幽奈はシャムからの助言を素直に聞いている。いつもはよく分からない階層からのスタートだったが、今回は最初のところから始めている。それも助言の一つだった。
:歩行用の人形?
:なにそれ? ドローン的なものじゃなくて?
:せんちゃん、そんなん作れるんか
:すげー!
:本当に人間かなこの人
:よく分からないけど、ロボット的な?
:なんかカタカタ音がしてるのって、人形?
:ハイテクすぎぃ!
:やっぱ悪霊じゃなかったか
:どんなロボットか気になるわー
:謎がまた増えちゃったね
:薄暗くてよく分からん
:カメラはけっこう古そう
「カメラは古いです。人形も、ずっと前から家にいる子です」
時折画面を見つめながら、配信主は辿々しく語る。
「あ、あわわわわわ」
しかし、その後突然震え出した。視聴者達がざわめく中、幽奈はずっと画面に釘付けになっている。
「ど、同接数が……ひ、百万!?」
そう言いつつ、ようやく動き出した少女は地下二階へと降りていった。
(見間違え? でも、桁がすっごく大きかった。なんで……)
:なんだ同接かー
:どうせ、え!?
:すげーーーーーー!
:もうこんなに伸びてんのかよ!?
:まだ歩いてるだけ
:ちょっくら散歩すっかー、で同接百万
:すでに異常事態だわ
:うらやましー!
:マジかよ
:草
:そりゃ、今や配信界隈で一番注目されてるからな
:それにしてもすげえ!
:百万おめ!
:バズってるーーーー
画面越しで見守るシャムも、これには驚きだ。しかし、確かに今の幽奈ならおかしくはない。何しろ日本のみならず、世界でも注目されているのだから。
しかし、探索自体は特に山も谷もなく続いてゆく。もう地下二階の階段を見つけてしまい、すぐにまた下の層へと辿り着いた。
ここまで一度も戦っていない。視聴者達はまだかまだかとその時を待っていた。
こうして普通に語っている姿を見てもなお、もしかしたら画面にいる女子は悪霊ではないかという疑いを、画面の外にいる人々は持ち続けていた。
そして彼ら彼女らの要望に応えるかのように、沢山のゴブリン達が配信画面に現れたのである。
幽奈はこの日初めて現れた魔物の集団に、すたすたと無警戒に接近していった。




