雑談配信
教室内の空気は普段と変わらないように思えた。
シャムは変わらず人気者で、幽奈は変わらず日陰者。しかし二人は、時々だが会話をするようになっている。
その僅かな変化に気づいたクラスメイトも何人かいたが、大抵の人は特に気にかけはしない。
幽奈は空気のようであり、時に誰からも存在を気づかれないほど影が薄い。そんな彼女があれほどの力と迫力を持っていたことに、探索界隈に詳しい人気ライバーは内心では大きなショックを受けていた。
シャムはどうしても、もっと幽奈のことが知りたくなった。その為には、やはり本人に語ってもらうのが一番早いだろう。だから配信をしてほしいとチャットで言い続けた。
「じゃあね幽奈ちゃん! 今夜、楽しみにしてるよっ」
「え、あ、うん。……じゃあね」
銀色の髪が楽しげに揺れ、数人の友人と廊下へ消えていく。いつもお祭りのように明るいシャムの後ろ姿に、幽奈は憧れずにはいられなかった。
(今日は……配信する。少しの雑談なら、なんとかできる……と思う)
自信はない。そもそも普段の日常会話すら、ほとんどしていない内気な女子である。しかし、初めて友達ができるかもしれないという望みが、内気な心を鼓舞している。
意を決して真っ直ぐに自宅に帰った幽奈は、すぐに自分の部屋に入り、パソコンの電源をつける。
ダンジョンではスマホで配信をしているが、家ではパソコンでしたほうが良いだろう。そう考え配信の準備を進め、いざ始めようと思った時、ふと登録者数が目に留る。
「え……えあ!? い、一千万!?」
以前見た時より、さらに登録者数が爆増していた。アーカイブの再生数も桁が変わっている。
あまりの増えっぷりに、雑談開始直前になって幽奈は怯む。しかしもう遅い。雑談はスタートしてしまった。シャムに伝えた時間どおりである。
「えっと……始めまし、て」
か細い声が室内に響く。配信スタートから数秒もしないうちに、コメント欄には大軍が押し寄せていた。
:始まったーーーーー!
:とうとうリアルタイムだわ
:SS級の悪霊さんはこちらですか
:ああああーーー
:こんばんは
:ん!?
:あれ?
:え?
:誰もいなくね?
:部屋の中写ってるだけなんだが
:お?
:ぬいぐるみいっぱいある
:ピンク色割合多いな
:女子の部屋って感じ
:え? せんねこちゃんはどこいんの?
:ちょっと待って。もしかして目の前にいるけど、見えてないだけなんじゃ
画面に広がっているのは、誰もいない全体的に桃色で、ぬいぐるみや石が飾られている部屋だった。
「あ、えあっと。ちょっと、恥ずかしくなって」
視聴者はまるで背後から声がしているかのような、違和感しかない状況に戸惑うばかり。誰もがこんな配信を見たのは初めてだった。
すると、テーブルに置いていたスマホが振動する。そそくさと手にした幽奈は、シャムからのチャットであることに気づいた。
シャムちゃん:幽奈ちゃん! 顔出した方がいいよ。今は顔出しくらいみんなしてるから、大丈夫だよ
:うん
返事をしてみたものの、緊張でプルプルと震えてしまう。体が小さく振動したまま、ようやく彼女は配信画面に顔を出した。
ここで、画面を見ていた人達が一斉にチャットを打ち始める。
:出た!
:いよいよ本人が登場
:長い前振りやったな
:おー
:想像していた女と違う
:えー!
:なんか、顔隠れてるけど、まあ普通? じゃん
:前髪長い
:肌白いー
:よく見るとめっちゃ可愛くね?
:これはー!
:おおおおおお
:前髪上げてもらっていいです?
:キャワワ
:全然悪霊じゃないやんけ
幽奈はチャット欄の猛烈な勢いに、ただただ圧倒されていた。しかし、雑談配信なのだから、何かを話さなくてはならない。
緊張でふー、ふーと息を吐きながら、どうにか口を動かしてみる。
「あ、えーと。せんねこって言います。えーと、高校生です。えぁっと、探索とかが好きで、よく潜ってます」
辿々しく語る雑談は、聞いているほうが恥ずかしくなってしまうが、視聴者達は気にせずチャットを送り続けていた。
その時、彼女は信じられない数字を目にする。
(へ? ど、同接数……五十万? 五十万人が、ここに集まってるの)
緊張でまたしても震えがきて、幽奈はすでにいっぱいいっぱい。ここで質問の嵐が舞い込んできた。
:SS級の悪霊だって噂がありましたけど、本当ですか?
:どうみても悪霊じゃねえわこの子
:やっぱガセか
:ソロで潜ってるの?
:細身に見えるけど、探索者だってだけで凄いわ
:綺麗
:部活何してんのー?
:草
:可愛いわー
:シャムちゃんが襲われた時助けたのって、せんちゃんなの?
:やべー俺ファンになりそう
:しつもーん! 希空とやり合ったのはせんちゃん?
:探索歴何年くらい?
:プルプルしててかわええ
:落ち着いてw
:深呼吸深呼吸
:すげー緊張してて草
コミュ障女子には、この質問ラッシュは相当に過酷である。すでに意識すら飛びそうな状態になりつつも、とにかく答える。
「あ、その。私はいつもソロで潜ってて、あ、悪霊……? 普通の人間です。はい! シャムちゃんって最初は知らなかったんですけど、危なかったので。えーと、のあさんっていう人は、この前の人……かな? 大きな剣で危なかったので、すみませんけど、切っちゃいました」
幽奈はすでに精神的疲労が限界に達しようとしていた。もう泡すら拭きかねない勢いである。目に見えてクラクラしている姿に、視聴者達は笑ってしまう。
:めっちゃコミュ障で草
:嘘だろ……こんな子が!?
:あの駐車場で奇跡を起こしすぎやろ
:倒れそうなくらい緊張してるw
:落ち着いてせんちゃん!
:大丈夫!?
:本当かなぁ
:ダンジョン配信見たい!
:やっぱ探索者はダンジョン配信でしょ
:虫も殺さなそうなのに
:なんかおもろい
:がんばれー
:ダンジョン配信してみない?
:ダウン寸前やんけw
:草
:なんか癒される
ダンジョン配信。このチャットが流れた時、今や六十万を超える同接視聴者の中にいたシャムはチャンスと思った。すぐにスマホでチャットを送ってみると、画面越しの幽奈がスマホを手にする。
シャムちゃん:幽奈ちゃん! チャンスだよ。今度ダンジョン配信しちゃお。絶対楽しいって!
:そう?
:うん! 頑張ってみよーよ
シャムに言われると、やってみようかという気分になってしまう。
「ダンジョン配信……します。今度」
ボソリと恥ずかしそうに呟いてみる。するとこの一言が着火点となり、コメントが爆発した。
:きたー!
:きたたたたた
:うおおおおおおおおお!
:ダンジョン配信決定!
:ありがとー!
:いよいよ真相がハッキリするな
:過去一で熱い配信が始まる
:ホラー配信にならなきゃいいけどw
:うおー!
:やったああああ
:超たのしみ!
:待ってる!
:やる前に告知してね!
:怖いけど見たい
:いよいよ正体が暴かれるな
:ってか同接笑
:同接やばくね
:せんねこー
:同接すげーーーーー!
:おおおおお!
:まだ開始して数分じゃんw
:草だわ
:いよいよ正体がはっきりするぞ
:これは熱い!
:オラわくわくすっぞ!
:やったー!!!
「同接? あ、あああああ」
なんとすでに同接は八十万を超えていた。幽奈はあまりにも膨れ上がる配信に恐れをなし、その後はそそくさと挨拶を済ませて配信を終えてしまう。
実はこの配信は、たった九分しか行われていない。しかし、ネット界隈をざわつかせるのには十分過ぎるほどのインパクトを残したのだった。




