シャムと幽奈
高校生になったら、友達ができますように。
幽奈はそのことを何度も願っていたが、どうしても人見知りで行動力がないあまり、中学校と同じように風景の一部になりつつあった。
そんな自分に、まさかあのクラスの人気者であるシャムが遊びに誘ってくれるなんて。
幽奈は感動で胸がいっぱいになり、今までは暗く映っていた学校の帰り道でさえも、光り輝いて見えるのだった。
シャムはあまり話したことがなかった幽奈に、まずは軽く自分の中学生活を伝えた。
それは影に隠れるような性格をしていた少女にとっては、なんとも眩しいエピソードの山々である。両親、ペットの犬、実家、兄と弟、それから友達の話。
さらには部活の話まで広がっていた。
「でさー。中学の頃はめっちゃ部活が厳しかったんだ。でも水泳自体は楽しかったかも。土日くらいしか遊べなかったよ。友達とカラオケ行って、ゲーセン行って、それから適当にゆるトークして時間潰してたっけ」
「そうなんだ。楽しそう」
隣を歩きながら軽快に話しかけてくるシャムに、幽奈は嬉しそうに何度も相槌を打っている。
シャムはたわいない雑談を、楽しそうに語るのがとにかく上手だった。
幽奈は元々が無口なので、こういう時にどう話していいのか分からずにいたが、それでもなんだか楽しい気持ちになってくる。
「そうそう! ダンジョンとかも行ったりしたなー!」
「……え」
「え? 行かない? あたしけっこう早くから行ってたけど。幽奈ちゃんは行ったことないの?」
突然話題が変わったので、幽奈は戸惑ってしまう。そして、あまり話したくない質問をされてしまったこともあり、内心狼狽えてしまった。
「私……は、けっこう好きかも。落ち着くし」
「あ、そうなんだ! やっぱみんな行くよね!」
「でも、私みたいなのが行ってるって知られたら、引かれちゃうかなって」
「全然普通だよー」
いつの間にか並木道を通り過ぎ、駅が見えていた。シャムは楽しそうに会話をしていたが、心の中では真逆の感情が渦巻いていた。
(やっぱり普通の子かな。悪霊が学校生活なんてできるわけないし。でも、ダンジョンの話を出したら妙に反応してたし、うーん)
顔ではニコニコとしつつも、心の中では疑い続けている。そんなシャムの心情など、高校生活で初めて遊びに誘われて舞い上がったクラスメイトは気づかない。
そしていよいよ、目的としていたカフェ前に来たところだった。
「あ、シャムちゃーん」
「あれ? 静ちゃん」
友達と思われるグループの後ろを歩いていた少女が、こちらに気づいて駆けてきた。
「偶然だね、こんな所で会えるなんて。あら?」
「だね! こっちは幽奈ちゃん。同じクラスなんだ」
「こんにちは」
「あ! この前はありがと!」
幽奈はどうにか挨拶を返したものの、声がうわずっている。
(も、もしかして。三人で遊ぶ流れ?)
二人で遊ぶだけで喜びを感じていたところに、さらに一人増える。もはや幸せを通り越して天に召されそうな勢いである。
「あれ? 静ちゃんと知り合い?」
「うん。正門前で会ってー。ね、それより、あれから元気してた? 大丈夫?」
「ん。もう平気」
「良かったぁー。私、とっても心配で。あの人達と」
「あ、その話やめよ。あいつらとはもう、関係ないから」
なんの話だろうか。蚊帳の外になりつつある根暗少女は、幸せだった気持ちから現実に戻って考えてみるが、何も思いつかない。
しかしこの時、静がとても悲しそうな顔をしていることに気づき、幽奈もなんとなく悲しい気分になった。
「うん。分かった。もうやめるね。これから帰るところなの?」
「ううん。幽奈ちゃんと二人でパフェ! 静ちゃんも来る?」
「ええーいいの?」
幽奈はブンブン、と壊れたオモチャのように首を縦に振る。発するべき言葉が緊張し過ぎて出てこない。
「でもごめんね、ちょっと用事が、」
その時、店内から優しそうな若い女性店員が顔を出してきた。
「いらっしゃいませー! 二名さまですか?」
「う……」
「え? 三名ですよ」
この時シャムはキョトンとしたが、幽奈は呻き、静は苦笑いした。
「ごめんね! 私はちょっと外せない用事があって。また誘ってね。じゃーねー!」
「あ、じゃーねー! じゃあ二名で!」
店員が戸惑うも、とにかく二人は店内で話題のパフェにありつくことになった。
◇
「私……影が薄いの……昔から」
「あはは! そんなことないよー。幽奈ちゃんってば、気にしすぎだってば」
その後もどんよりとした空気を纏う幽奈を、シャムは笑いながら宥める。
今日は偶然空いていたこともあり、パフェも紅茶ものんびりといただくことができた。
いつも混雑してばかりの店内しか知らないシャムは、こんな日もあるのかと意外な発見をした気分だった。
意外なことは他にもある。幽奈は以前から暗くて陰湿そうな雰囲気があったけれど、話してみると素直でおっとりしている。
「なんかあたし、幽奈ちゃんのこと誤解してたかも」
「え?」
「正直にいうとね、実はすっごい斜に構えてるヤな奴なのかも、なんて思ったことがあったんだ」
「えええ」
「あ、ごめん! 今は全然誤解だったって気づいたから、気にしないで」
幽奈は少しだけホッとした。向かいに座る少女は、楽しそうにじっと目前にいる存在を観察している。
話すほど人当たりが良く、普通に友達になりたいと思う。
むしろこの好感触が、疑いを逆に強めているのだが、幽奈は舞い上がってしまいその視線に気づかない。
お洒落なカフェの中、二人はいろいろなことを語り合った。幽奈にとって意外だったのは、シャムがダンジョンの話になると熱くなることだ。
どうやら家柄も由緒正しく、それでいて特異な存在のようだ。除霊師という職業についてはよく知らなかったが、シャムは丁寧に教えてくれた。
気づけば外は夕陽が落ち、夜が来ようとしている。シャムとの時間はあっという間で、幽奈にとっては夢のようだった。
しかしその反面、罪悪感が心を苦しめる。それはカメラのこと。どうしても言い出せず、知らんぷりをしたような態度を取ったことが悔やまれる。
「じゃあ今日は帰ろっか。すいませーん、お会計お願いしまっす!」
やはり黙っているのは良くない。しばらく言うかどうか迷っていた幽奈だったが、店を出て駅についたところで覚悟を決めた。
二人は別々の路線で、駅の入り口付近でお別れするところだった。
(あーあ。もうちょっと踏み込んで聞きたかったけど、また今度にしよっかな)
少し前を歩いていたシャムは、軽やかに背後を振り返りにっこりと笑う。
「今日はとっても楽しかったよ。ありがとね!」
「あ、私も。ありがとう……そ、それから。ちょっとだけ、いい?」
「んー? どしたー?」
「じ、実は……その。あのカメラ拾って机に置いたの……私なの」
時間が止まった気がした。先ほどまで緩い空気を纏っていたシャムの目が大きく見開かれる。
想定していたのとは全く違う反応に、幽奈は慌ててしまう。
そして数秒後、銀色の髪を靡かせながら、少女はただ黙ってこちらに歩いてくる。
目前まできて、じっと瞳を覗き込まれ、内気な少女は目を逸らしてしまった。
「やっぱり、そうだったんだ。ねえ幽奈ちゃん、せっかくだしさ。今日はもうちょっとだけ付き合ってよ」
「え?」
今度は甘い誘いではない。口調の冷たさから、幽奈はそう直感した。




