背後にいた
SS級の悪霊が再び現れた。
そして圧倒的な力を見せつけた挙句、音もなく消え去ってしまった。
そのニュースは瞬く間に世間を震撼させ、幽奈は知名度を上げ続けている。
本人はその状況を正確に分かっておらず、ただただ困惑しきりであった。
もっとも、あれからさらに話が大きくなることはなかった。
ダンジョンで希空に急襲された後、どうにも落ち着かないので探索をやめて帰宅したからである。
家に帰ってからもう一度UtubeとSNSを覗いてみたが、信じられないことにまだ登録者やお気に入りが増え続けている。
Utube登録者数に至っては、すでに八百万人に到達していた。
(あああ! どうしちゃったんだろ。怖くなってきた)
たった一人、マンションの一室でパソコンを眺めてワナワナと震える。
幽奈の両親は共働きであり、どちらも帰宅が遅い。なんとなく淋しい気持ちになってくる。
(配信、どうしようかな)
今後ライブ配信をしたらどうなるのだろう。
想像しただけで緊張してくる。もしかしたら沢山の人からチャットが来るかもしれない。
(無理。みんなに話しかけられたら、私もう無理)
普通、ダンジョンライバーはこういったバズり状況を求めているわけであり、願ってもない幸運と思うもの。
だが、あまりにもコミュニケーションに苦手意識がある幽奈は違った。
自分が世間を恐れ慄かせているなど知る由もなく、配信のことでビビり続けていた。
◇
次の日。二階堂シャムは登校する際、希空のアーカイブを繰り返し視聴した。
あの大剣使いのことは以前から知っている。一匹狼であり、自分とは違い仲間を作ろうとしない。
シャム自身、あまり彼女とは絡んだことがない。気にも止めていなかったのだが、今回の事件で俄然注目するようになった。
何度もアーカイブを繰り返し再生し、渦中の悪霊をじっと観察する。
(なんでだろう。何か引っかかる)
悪霊女は確かに、シャム自身が出会ったそれと似ている。
しかし、希空と自分のアーカイブを観るにつれ、違和感が膨らんできた。
困ったことに、それが何か言語化できないのだ。頭の中に霧が立ち込めているような、嫌な感覚に苛立ってしまう。
そのまま学校の教室に到着し、友人達とたわいない雑談をしたり、授業に集中したり、昼休みに芸能人の話で盛り上がったりした。
だが、やはり霧が晴れない。どうしてだろう。
何かに自分は気づこうとしている。気づくべきだという、直感がシャムをこづいているようだった。
(久しぶりに本家に行って、特訓でもしよっかな。あたし、このままじゃ——あ)
考え事をしながらノートにペンを走らせていると、不意に傍に置いていた消しゴムを落としてしまう。
後ろに転がったそれを、白くきめ細やかな手が掴み取り、優しく手渡してきた。
「あ、幽奈さん。ありがと」
「え、あ、うん」
微笑み黒板に向き直った時だった。
(……今の……声……)
二つのアーカイブ動画にあった音声が、シャムの脳裏に響いた。そんな筈はあり得ないという気持ちと、あまりに似ているという二つの矛盾した思考が戦いを始める。
ふと、チラリと後ろを確認してみる。
千川幽奈はいつもどおり、ただ黙々と黒板の文字をノートに書き写している。ほとんど口も開かない。教室でも存在すら気づかれないような人。
(SS級悪霊は、ダンジョンの外にも出てるって噂あったけど。まさか)
この時、シャムは気が動転するあまり、じっと見つめ続けてしまった。
その視線に気づいた幽奈は、チラリとだけ目線を合わせたが、すぐに逸らして俯く。
(も、もしかして。カメラのこと、気づいたのかな。やっぱり言ったほうがいい、かも)
幽奈はこの時、まだカメラのことを気にして慌てていた。シャムがゆっくりと黒板に顔を戻した時、心底ホッとしたほどだ。
だが、シャムの目には全く別に映る。もしかしたら背後にいるこの女子は、世にも恐ろしい悪魔かもしれない。
初めて自分が恐怖した存在が、実はいつも背後にいた?
シャムは震えると同時に、なんとかして真相を突き止めたいと思った。
HRが終わったところで、普段なら友達数人と帰宅するタイミングだったのだが、ここでいつもと違う行動に出る。
「あー今日も終わり終わりー! ねえ幽奈ちゃん。今日この後、予定あるー?」
いかにも普段の彼女らしく、明るく幽奈を誘っていた。誘われたほうは数秒ほど固まった後、目だけが大きく開かれて震えた。
「うぇ!? よ、予定。予定……は」
「もし良かったらだけどさぁ。近くに話題のパフェ屋さんがあって! 食べに行きたいんだよね。でも今日、誰も空いてなくてっ。良かったらどうかな?」
「え、あ……」
しばらく背筋をピンと伸ばしたまま固まっていた幽奈だったが、どうにか顔を上下にカクカクと揺すった。
「良かったー。じゃ、行こ!」
(初めて……誘ってもらえた……)
学校で友達を作ることを諦めていた少女は、突然の誘いに頭の中が真っ白になり、もはやシャムが天使にさえ見えてしまったのだった。




