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悪霊の噂

 とあるダンジョンにSS級の悪霊がいる。


 その噂はたちまちネット中に広がり、今では知らない者がいないほど注目度が高まっていた。


 ダンジョンといえば、ゴブリンやスライム。オークに巨大な虫にドラゴンといった魔物を思い浮かべる人が多い。しかし、悪霊系と呼ばれる魔物もたしかに存在する。


 だが、SS級の悪霊など誰も見たことがなかった。不気味な長い黒髪をしており、気がつけば背後に現れるのだという。


 SS級とは現在のダンジョンにおける最強クラスの魔物をいい、S、A、B、C、Dの順番に下級になる。


 彼女に出会ったという探索者は何人かいたが、いずれも確かな情報を有していない。


 身長が四メートルで足が異様に長いとか、切れ長の目は真っ白で口が裂けていたとか、ボソボソと呪いの言葉を吐いていたとか。人によって証言が異なっていた。


 今夜もネット上は悪霊の話題でもちきりだった。これから登場する女子もまた、ダンジョンのホラーネタに食いついた一人である。


「ねー! 本当にその都市伝説? みたいな話で盛り上がってるよね。マジなんなんだろっ」


 マンションの一室。PCモニターに向かって明るく語りかける少女は、まだ高校一年生だ。しかし、既にダンジョン配信でそれなりに高い収入を得ることに成功していた。


「んー。っていうかあたしも気になってしょうがなかったし。そろそろ悪霊ちゃんを直接この目で見つけちゃおっかな」


 彼女は不特定多数の人たちと、動画サイトのライブで会話していた。事務所に所属しているライバーでもあり、高い人気を有している。


 彼女のファンである視聴者達は、軽く放たれた一言にざわつかずにはいられない。


:え? あのダンジョン行くの?

:すげー。ホラー配信や

:シャムちゃんならきっと大丈夫!

:もしかして戦っちゃう感じ?

:SS級だって噂だけど

:おお、いいね!

:やばい楽しみ

:次の配信はダンジョン?

:シャムちゃんに祓われるなこれ

:誰と行くの?

:あの精鋭部隊で行くのかな

:怖そうだけど楽しみ

:いいじゃん!


「うん。次の配信はダンジョンでライブする。さっすがに一人じゃ行かないよ。あたしの力なら相性いいはずだし、これってチャンスかなって」


 シャムと呼ばれた少女は、小さな手を力強く握り締め、画面の外で闘志をたぎらせていた。


 彼女は今でこそライバーとして高い認知度を得ていたが、本来は悪霊を消滅させる【除霊師】を生業とする家系で育った。


 悪霊を消滅させることについて、シャムは自信を持っている。実は今回の噂に誰よりも強い関心を抱いていた。


 しかし、傍目からはそこまで気にしていない素振りで生活している。長い銀髪に紫と黄色のオッドアイという容姿で、あくまで気怠げに過ごしていた。


「じゃあ今日はこのへんで! お疲れシャムー!」


 視聴者達はこぞって別れの言葉を送り、チャット欄は目で追えないほど流れが速くなった。この賑わいはいつものことで、登録者数や再生数も伸び続けている。


 しかし足りない。現状望む高さには到底達していないし、このまま続けて目的が達成できるかと問わると、断言できない自分がいる。


 配信を切り上げ、PCの電源を落とした。ベランダに出て夜景を眺めながら、スマホの通話ボタンをタップした。


 ほっと一息つく。そして机の近くにあった写真立てに、何気なく目を落とした。


 それは除霊師の本家で撮られた写真で、シャム以外にも数名の男女が写っている。際立つ容姿を持つ少女だったが、彼女は中心には写っていない。


 最も華やかな立ち位置にいるのは、除霊師として正当な後継者となったいとこであり、自分ではなかった。


「もしもし。あたしだけど。例の悪霊だけどさ……今度あたし達で討伐しちゃおうよ。いつものメンバーで!」


 電話の相手は驚きを隠せなかったが、すぐに了承して手配に動き出した。ダンジョン探索のチームとして、シャムは可能な限り強力なメンバーのつてを得ている。


 今度の探索も、いつものチームメンバーなら問題なくこなせるし、SS級の悪霊だって倒せる。


 事実、彼女は今まで何度か悪霊の除霊に成功している。だからこそ、この配信で周りをもっと認めせることができるはず。


 そう二階堂シャムは考えていた。


 ◇


 日本にダンジョンが出現して、すでに八年が経過していた。


 それは国内のどこにでも出現する可能性があり、中には魔物と呼ばれる異形の生物が徘徊しているのだが、不思議とダンジョンの外に出てくることはない。


 また、ダンジョンの中には多くの希少な宝石や金属、その他不思議な物が手に入るため、ある時から探索をする者が出てくるようになった。


 さらにダンジョン内を動画配信すると、多くの人々が普段とは違う世界を視聴して楽しむようになった。


 今やダンジョン探索と配信はセットであり、空前のブームが到来していると言える。


 いち早く流行りに乗ったシャムは、噂の悪霊退治についてもすぐに行動に移すことにした。


「なんか……もう雰囲気出てるじゃん」


 バスから降りるなり、ライバー界の新星は嘆息してしまった。


 都会から少し外れただけの場所であり、背は高くないがビルだっていくつも立っている。至って普通の場所だが、シャムにとっては不気味に映ってしまう。


 彼女はすでに何かを感じずにはいられなかった。


「そんな不気味でもねえだろ。まあ、あのダンジョンは雰囲気ある場所にできちまってるけどな」


 シャムに続いてバスから降りてきた大柄な男が、苦笑しつつ周囲を眺めていた。


 彼はメンバーからアッキーという愛称で親しまれ、褐色の肌とスキンヘッドが特徴的な巨漢だ。縦にも横にも大きく、コワモテで頼りになる風貌をしている。


「アッキー。ダンジョンまでどのくらいだっけ?」

「大体ここから歩いて十分ちょい。けっこうヤバめな見た目だからよ。ビビんなよ」

「誰もビビったりしないって。二人も大丈夫ー?」


 シャムに声をかけられた男女は、微笑を浮かべつつ頷いた。二人もまた探索者として長い経験を持っている。


 しかし、そのすぐ後ろについてきた最後の男は、スーツ姿で清潔感があり、どうにも場違いな空気を醸し出していた。


「シャム、ちょっと緊張してる? いつもどおりでいけばいいんだぜ」


 彼はシャムのマネージャーであり、彼女を育てたのは自分だ、という自負を持っていた。売れっ子ライバーは勝気に笑い飛ばした。


「ぜーんぜん大丈夫! 悪霊だかなんだか知らないけど、あたしだって除霊師だよ。みんなも今日は頑張ってよ。すっごい働きをしてくれたら、特別ボーナス上げちゃうからね」

「おいおい! シャム、そんなの初耳だぞ!」


 マネージャーは突然の発言に驚いたが、他のメンバーは特に気にした様子もなかった。


 五人はやる気に満ちた足取りで、話題沸騰のダンジョンへと向かった。

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